縁を切る | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は夕方散髪に行ったほかは、一日中家にいた。

オリンピックの女子ホッケーとカーリングが思いのほか面白く、はまってしまった。

また一人家にいることに落ち着きも出、価値も感じ出してきた。

ところで元グループのテニスだが、昨日の夕方まではもうやめるつもりでいたがトラウマ解消するうちに、グループとどうなろうとも、グループがどうなろうとも、もうちよっといて逆風を経験して自分のトラウマ解消に利用しようと思い直した。

そして夜の風呂でのトラウマ解消で、俺を排除する元グループと親戚の家が同じレベルで交互に交錯する中で、「敵対する」などの言葉でトラウマが溶け、最後に「縁を切る」になった。

この「縁を切る」は妻に対する感覚と似ていて、元グループメンバーと挨拶も交わさず、感情的な交流もせず、まさに赤の他人に対する感覚だ。

これなら排除や無視をされても心は痛まず、必要なことは成り下がらず上から言える。

上からというのは、こっちが下がらなかったら結果として上になることで、相手も下がらなければ対等になるし、相手が下がれば上になるということだ。

また新しい心境を得て楽しくなってきた。