昨日は第二グループのテニスの練習の試合で、人数が多くて交代して休まなければならない時があった。
俺はいつも不平等に、人より多く休まされると、傷つき気持ちがいじけるのだが、昨日もそれが早速あった。
これは俺が親戚の家で排除されていたことの後遺症なのだが、なかなかこれが治らなかった。
昨日は俺はその場で考え、排除された時だけ集団から「出ている」の言葉とイメージを使うのではなく、いつも集団から「出ていれ」ば排除された時傷つかないのではないかと思い、その後「出ている」で通した結果、第二グループでの自由を得、自由な言動ができるようになった。
やはり今までは排除されるのが怖くて自由になれなかったのだ。
帰ってから家での夕飯時に、妻がお茶を自分と息子だけに入れて俺には入れなかった。
いつものことで俺は今まで傷つき、何も言えなかったが、昨日はそのあと考えて、「排除する」という言葉で傷つかないイメージが持てた。
そこで俺は勢いが出て来て、他のことで妻と息子の優越感を撃破した。
排除するような奴らはこちらから排除すればいいのだ。
風呂で妻を想定してトラウマ解消したら、トラウマがどんどん溶けた。