神の計らい? | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

一昨日は水曜テニス、ヨガに行き、昨日は水曜テニスメンバーと任意の練習をし、午後はM夫とカラオケ喫茶に行った。

水曜テニスメンバーの任意の集まりは、嫌な男が呼びかけたようだが、実際は別の人が誘っていたので、元グループの世話役女性達も来るようだが
、俺はまあいいかと行ってみた。

進行は結果的に、嫌な男が恣意的にできないよう俺も口出しして、まあまあいいように進んだが、ちよっとしたことが起きた。

嫌な男が俺に練習しようと一対一で打ち合ったが、終わってから俺の打ち方に難癖をつけてきたので、俺はこれでいいと思うと抗弁するも、いくらでも言ってきて止まらなくなった。

俺は、もう彼より上手く彼の言い分は違っていると思っていたので、いくら彼が言っても聞かず、周りの人も何事かと注目してきた。

最後に彼は、それなら好きにやればいいと投げやりに言って終わったが、俺は誰もあんたにアドバイスを求めていないけど、という言葉を飲み込み動揺もなかった。

今から考えるに、彼は俺を何処かでねじ伏せたかったが、打ち合いでは叶わなかったので、俺にアドバイスすることで、俺より立場を上にしたかったようだ。

夜風呂で彼のことを想定してトラウマ解消したが、途中から親戚のおじさんになり、トラウマがどんどん溶けた。

俺はこのおじさんになつき、おじさんは俺を可愛がってくれたと、催眠療法で幼少期の過酷な親戚の家での実態が分かってからも最近まで、おじさんを信じているところがあった。

しかし昨日の夜のトラウマ解消で、おじさんは俺を騙していたことを実感した。

嫌な男は表と裏がひどく違う人間で、表の愛想の良さや親切ごかしに合わせていると、彼の支配下に置かれる。

親戚のおじさんも、表では俺を家にいつも呼び寄せ、俺を可愛がっているようにしていたが、裏では俺を利用して地域では有力な俺の家の名前を使っていたのだ。

そして、おばさんらから俺が攻撃されている時は知らない顔をしていたのだ。

嫌な男のおかげで、俺は大きなトラウマが解消できた。

有難いことだ。

このように俺にとって必要な人や状況は、期せずして現れる。

これらは神の計らいではないか。