賞賛はいらない | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中、水曜日コースの人から誘われて任意のテニス練習に行った。

このクラスは中級で他の集まりよりレベルは高く、去年の9月に入った時は俺は一番下だったが、昨日は今までの練習の成果が出て充実し、実力も上になっていた。

嫌な男も来ていたがほとんど彼に影響されず、俺は俺のペースでものごとを運び、彼の好きにはさせなかった。

午後M夫と、俺には初めてのカラオケ喫茶に行った。

ここは年寄りが多く、人も多かった。

そこで俺はやはり歌っている時と歌い終わった後、堂々としていないのに気づいた。

考えたら、やはり賞賛が欲しいという気持ちが働いて、受身になっていたのだ。

そこで「賞賛は入らない」の言葉とイメージでやったら、まあまあ堂々としていられた。

夜風呂で「賞賛は入らない」でトラウマ解消した。

そしたらいろいろな場面が浮かんできた。

テニスでもいいプレーをすると 誰かに賞賛されたい気持ちが出てきて、集中を妨げたことが思い出された。

前にも何回も書いてきたが、俺は中学時代までは優等生で運動もでき、顔も今思えばまあまあだったからだろう、学校では先生やら同級生からいつも賞賛されていた。

俺はそれを内心喜びながら、照れて身を縮めていた。

また俺の家はかつては地主で地域では有力な家だったので、幼少期は周りの大人が俺にチヤホヤして下手に出てくれ、俺は申し訳ないので、子供心にも無意識的に遠慮してそれより下になっていた。

堂々としておれなかったのだ。

これらが俺が賞賛に弱く、年上の人に弱いゆえんだ。

これらのことが思い出され、このトラウマがまたどんどん溶けた。

トラウマ解消は毎日2時間くらいやっている。