毒婦 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は午前中、水曜テニスに行った。

テニスには元グループの女性2人は来ず、俺が嫌いな男が来た。

男は普通に挨拶してきたが、俺はそっけなく挨拶した。

休憩時間になると男は中心になり、雪の状況を言い合っていた。

俺は最初すぐ反応して返そうとしたが、男が無視して自分の話をかぶせてきたのでその後は中に入らず、1人多少不安を抱えて横を向いて、素振りの格好をしながら、対応すべき言葉とイメージを考えた。

最初は「拒否する」だったがイマイチ不安が残り、次に「俺だ」にしたらピッタリき、男に惑わされず自由になった。

そして試合のペアを決める時、俺は男を俺の方から積極的に避け、俺が組みたい人を俺から選んだ。

こういうことは俺は初めてだ

男が俺が組もうとした人と、俺が選んだ直後に組もうと発言したが、俺は「まあいいがな」と一蹴した。

周りの人は笑っていた。

俺は気持ちが良かった。

何もそいつが決めることでもない。

対等なのだ。

多分男は腰を折られショックだったろう。

自分が仕切るのが当たり前と思っている男だから。

それはそれとして、元グループの世話役女性がこんな長い間テニスに来ず、メールもして来なかったことはなく、その原因は俺が強くなったことと関係あると思えてきた。

午後はヨガに行った。

後ろに30代後半くらいの若いベッピンがいたが、片付けの時一度目があっただけで、俺は何にも話しかけれなかった。

残念だが、今は「関係ない」という言葉で話しかけられるイメージが出来てきている。

帰り際に、今まで話しかけ多少反応の良かった女性達で、たまたま隣にいた50代女性2人と少し話し、向こうから、さよならの挨拶もしてきた。

ヨガで親しく話したのは初めてだ。

やはり相手を見るべきか。

夜風呂で嫌な男を想定してトラウマ解消したら、「敵だ」という言葉とイメージが出てきた。

以前からあった言葉とイメージだ。

これで幼児期のいろんな相手に適応してみたが、トラウマはなかなか溶けなかった。

最後に母親に適応したらどんどんトラウマが溶け出した。

母親は敵だったのだ。

毒婦というやつだ。

俺は幼児期から母親が本当に大嫌いだった。

生理的に気持ち悪かった。

今でもそうだ。

母親は人の中に入り込んで人を利用する人なのだ。

自分の子供でもだ。

だから俺はいろいろな修羅場に連れ出された。

俺を盾にしていたのだ。

母親のことを書き出したらまだまだ感情的になるから、うまく書けないのでこのくらいにしよう。

俺は自分を害する奴らを敵対して、自分を守る態度ができていなかったのだ。

だから俺は妻を始め元グループの世話役女性やら、本当は冷たい打算的な女に入り込まれ、利用されるのだ。