テニスグループでの不安 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

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60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は、午前中元グループでのテニス、午後第三グループでのテニスへ行った。

元グループでのテニスは、午後の第三グループのテニスに行くことへの気兼ねがあり、またこの前のトラブルで避けられてる感じもあり、気が乗らず本気でできなかった。

やめたいところだが、世話役女性ともう一人の楽しい女性は、今でも俺に好意を持ってくれているので、やめるのは辛い。

まあ世話役女性は3月でここを離れるから、いづれにせよそれまでではある。

午後第三グループのテニスに行った。
ここは第二グループの中心女性3人と知らない女性1人、教室で一緒にやっている男性1人だった。

実力的には俺が一番上のようで、俺は8割くらいの力でプレーしたが、それでも楽しかった。

帰りに知っている男性がみんなが周りにいる中で、午前中もやったかと聞いてきた。

俺はうんと答えたら、今度は何人くらいでと聞くので、俺は4人ギリギリだわ、あんたも来いや、ととっさに人数の嘘をついた。

中心女性らに第二グループに最初誘われる時、任意には誰ともやってないとウソを言ったので、元グループのことは話したくないのだ。

俺は家へ帰ってから、このことが気になり、落ち着かなかった。

俺は今、いろんなグループに入れて、特に第二グループは女性も多く俺には
理想的なグループだが、それを失わないか不安なのだ。

そこでこれはトラウマではないかと思い、風呂に入って自己催眠した。

風呂に入って自己催眠やると体が温もってトラウマがよく溶ける。

そこでいろいろ想定してやっていると、小学生からずっと一緒だった中学時代の同級生全体を、遠くの高校に行った俺は失い、その悲しみが思い出された。

俺は外に聞こえないように、その気持ちを思い出し泣いた。

その時のありのままの感情が出て来ればしめたもので、泣いて感情を表出すればトラウマは溶けるのだ。

俺は地元の中学までの同級生達から離れたことで、自分の根底を失いそれ以後自信喪失し、さまよってきたのだ。

俺は家庭に恵まれなかったから、学校の同級生達に精神的に依存し、その中での存在感や周りの賞賛で、持ちこたえていたのだ。

そして今同じような環境が出来、女性からも注目されるような状況になったのだが、それらを失いたくないので、不安が出てきたのだ。

俺は、中学時代の同級生やテニスグループを捨てる、という言葉と態度で自己催眠しトラウマを溶かした。

テニスグループの中で、不安なく自由に言動するには、これらのテニスグループを失ってもいいという覚悟と態度が必要なのだ。