体は集団に入っても、気持ちは集団に入らない | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は午前中知り合いに頼まれていた子ども相撲の手伝いに行った。

実はこの相撲協会の世話焼きグループに入ることになっていたので、始め少し緊張したが、面白くなさそうなので入るのをやめるからと知り合いに告げてから、出ている、の言葉とイメージも出てきて楽になり、時々近くにいる人に話しかけたりした。

またここには100人近くの子どもとその家族、関係者が来ており、俺はその中で何か役をやらねばならなくなったら緊張しそうだったので、何を恐れているか考えた。

攻撃されること、拒否されること、いろいろあったが、今のところ最終は馬鹿にされること、笑われるということか。

まあこれはまだ今後の課題だ。

カラオケ喫茶のステージでこの練習はできる。

午後は畑仕事を少ししてから、テニスコートに壁打ちに行った。

1時間ちょっと打ったが、なかなか面白く、バックハンドのコツも得た。

またここでも、集団との関係について学んだ。

普通テニスコートには、全てグループで来ており、一人で来ている人はいない。

俺は一人で来ているので、やはりグループで来ている他の人が羨ましいし、自分が惨めな恥ずかしい気持ちに少しなった。

教室のコーチもいたので声でもかけられたら、愛想よく下手に出そうな感じがした。

そこで、出ている、という言葉とイメージで集団から独立し、集団に媚びない強い態度を意識しながら練習した。

これでまた一つ行くところができた。