どんどん自由になっていく俺 | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中畑で種まき、午後カラオケ喫茶に行った。

カラオケ喫茶には、今日来る日であるグループ女性が来ていた。

他に客は少なく彼女らと歌っていたが、彼女らの内の中心の女性ら2人が早く帰ったので、俺は少し落ち着かなくなった。

それは、一つは歌の順番が早くなり、それだけお金がよけいかかり、俺や彼女らに負担がかかるから。

もう一つは、残っているもう一人の中心女性とは、ステージで誰かが歌ってないと、場が持てないから。

いつもはこういう場合他に客が結構いるから、普通に歌っていれば適当に順番が回って来て、特に心配はなかった。

今回は彼女も歌がなくなってシラケることを心配してか、どんどん歌を注文するチケットを出して歌っていた。

そこで俺は考えた。

彼女は優しく人がよくて少し弱そうなところがあり、俺も先日来からのかわいい女性や先に帰ったもう一人の中心女性みたいに、ズケズケとものが言えない。

そこで俺は、超越する、という言葉とイメージで彼女に対したら自由になれ、少し休憩しようやと言って、歌なしの場をもち、彼女も出ている食べ物を食べようやと応じた。

どうも彼女は周りに気を使い優しいので、俺もそれを感じて踏み込めなかったようだ。

その後また歌に移ったので、今度は俺は飲み屋で歌うデェット曲を注文し、彼女を誘って2曲ほどデェットした。

ここでは周りににいろいろ気を使うからか、男女のデェットはあまりしない。

ましてや夜飲み屋で歌うデェット曲は、いままで聴いたことがない。

今回は客が少なくその客もほとんど歌っていなかったことと、初めごろ俺が一人でデェット曲を歌っていたのを、その中心女性と歌ったらとママが言ってくれていたこともあり、自由になった俺は無理なく彼女を誘い歌ったのだ。

どんどん自由になっていく俺、大丈夫か?