帰省中の息子達や家人の集団から、出てる | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

一昨日は二男夫婦が帰って来てその晩は家で一緒に飲んだ。

昨日の晩は調子が悪く飲みたくなかった。

そこでちょっと不安がかすめた。

飲まずに二男夫婦と家人2人の5人で食事をするが、怖いのは沈黙だ。

この前のカラオケ喫茶でも、怖れていたのはこれだった。

これを解決するイメージは、出てる、というイメージ、感覚だ。

集団から出ているという意味である。

集団に入ろうという欲求、習慣を脱し、集団から出て自由になれば、集団が沈黙しようが俺には関係なく、集団を冷やかすこともできる。

集団の一体感を維持する必要もない。

イマイチこの辺の心の機序ははっきりしないが、この、出てる、という言葉で、その晩の食事も自由に気楽にでき、他のものも気楽だったようで、二男の嫁もはしゃいでいて、酒をいつもより多く飲んでいた。

その後長男夫婦が孫を連れて帰って来たが、やはり同じ、出てる、の言葉とイメージでいると、周りの人やその思惑に関係なく精神的に1人でいられ、落ち着いた気分である。

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