好意的な女性にもっと近づけそうだ | 孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

今日は午前中、隣の市に釣り道具などの買い物に行き、午後は家でテレビを見たり、歌の練習をしたり、考えごとをしたりした。

考えごとは孤独のことと女性のこと、俺の定番だ。

孤独は人間関係が受け身なため。

もてて喜ぶのはこの辺から来ている。

他人に依存して人間関係を保っている。

自分からの積極的な人間関係が作れない。

相手に依存した受け身の人間関係だから、好きでもない人さんや、ひいては妻などと一緒になってしまう。

自分がいいと思った女性に自分から積極的に関係を作れれば、楽しいし、孤独も解消できるのだが。

俺は幼少期から小学3年くらいまで、親戚のおばさんが大好きでいつもその家に泊まり、自分の家にはなかなか帰らなかった。

しかしそのおばさんは、俺をおばさんの家に来るようには誘うが、行ったらそれほど可愛がってはくれなかった。

俺はおばさんの愛情が欲しくてたまらなかった。

最後頃は冷たく突き放された。

俺は赤子の頃からその家を自分の家のようにして、その家族を本当の家族以上に愛していたのに、その家族は自分達の立場をよくするために俺を利用していたのだ。

このことは10数年前、俺が催眠療法を受けるまで分からなかった。

俺はその家で可愛がられていたと思っていた。

俺はその家が大好きだった。

しかし催眠療法を受けてその当時を思い出すと、冷たくされて悲しいことが多かった。

俺はそのことに気づかないようにしていたのだ。

気付けばあまりにも悲しいから。

ということで俺は女性の愛情が欲しくてたまらない、受け身な人間になってしまっていた。

そして俺は今まで、女性を遠い憧れとして捉え、自分より上に置いてきた。

だから気楽には近づけなかった。

ましてベッピンやかわいい女性は何をか言わんやだ。

それが最近やっと、自分に近いものとして捉えられるようになってきた。

明日はカラオケ喫茶に女性グループが来るだろう。

また、B子からも連絡があるだろう。

受け身ではない新たな対人イメージが出来てきた。

俺だ、というイメージだ。

対人関係では今までも出てきているイメージだが、女性特に好意を持ってくれている女性に対しては、初めてであり、自分を直に出せるだろう。


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