ども、あやめだす
卒業シーズンですね〜
我が家の娘も無事なんとか
高校を卒業
することが出来ました
高校を卒業受験も第一志望に初めての合格ですっ
初めてのって言うのは、中学受験(県立)も高校受験も第一志望に受からなかったのでw
大学受験前『第一志望に受かる気がしない(ちょっとしたトラウマ)』と不安そうに言いながらも
決して第一志望に怯むこともなく高みを望み
それに必要なことを娘なりにやっていたからの結果だったなと
旦那も息子も『受かると思わなかった』と言っていたけど
確かに娘にもアラはあるけど
人としての生き方を見れば、流れとしてもなんら不思議ではなく
今までの受験に落ちたことも悪い感じが全くしなかったから
単に娘にとって必要な流れなだけなのだろうとあやめは思っていたし
それがあってこその今回の流れに過ぎないとも。
よく人は現状に後悔するとき
あの時ああしておけば良かった、あの時こうしておけば違ったのかな…
と考えるけれど
(未来に活かせる反省ならいいんだけどね
)
後悔に限らず
あの時もしあの学校に受かっていたら今の大学は望まなかっただろうし
受からなかったかもしれない。
娘や周囲は、結果オーライだねと言っていた。
でも、あやめは違うと思うんだよね
確かに結果オーライなの。
でも、結果オーライになる過程(要点)を踏んでもいるんだよね。
あやめは思う。
じゃああの時、中学受験や高校受験に落ちて泣いたあの日
あの日しか娘は泣かなかった。
次の日から、『きっと行く学校にも良い縁があるよね?友達出来るかな?』と気持ちを切り替えて
『部活、◯◯に入ろうと思ってるんだよね!』
と期待に胸を膨らませていたし
高校受験のときは
『高校で勉強頑張って行きたい大学に行く!でも高校生活も青春を謳歌する!』と
落ちたことを落胆するよりも、これからの未来に目を向け、それを楽しもうともしてた。
それまでの学校選びの段階でも
落ちても自分が納得行く学校をよくよく考えて決めていたから
客観的に見ても
結果オーライになる過程(要点)を抑えていた
そして
基本失敗を失敗だと思っていない人
成功や望んでいるもの為に組み込まれているもの
ぐらいな感覚でw
それを自然にやる
だから、娘にとっての『あの時〜』は
自分にとって良い結果の為の序章としてとらえてもいる。
大学受験前の一時不安に陥ったときですら
その覆われた気持ちを数ヶ月で打ち破って
いつものマイペースな娘で娘なりに挑んだ。
『もしもあの時〜』は戻って来ない。
そしてもし戻れたとしても、その後の日々の積み重ね方はまた自身が選択して行くもの。
日々の積み重ねの先に未来がある。
大きな分岐点での選択よりも
日々の些細な選択の積み重ねに意義がある。
とりあえず1人終わった〜
やっほーい♪これから学費地獄は待っているけどww
あと1人、また1年受験生の親としてあやめなりに頑張るぅ
あやめ
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