私は学生の頃の臨床実習で、恩師である金沢大学皮膚科のT教授がアトピー患者さんに対し、熱心に時間を惜しまずステロイドの使い方などを説明し、何人もの皮膚科医に診てもらっても、何年もよくならなかった患者さんたちが、たった1週間で劇的に改善する姿に感銘を受け、自分もこの先生のような、本当に患者さんのことを思い、しかも腕のいい皮膚科医になりたいと、金沢大学皮膚科学教室に入局しました。
念願のアトピー班となり、来る日も来る日もT先生の治療方法を直接見て、説明の仕方を聞きながら、T先生の診察とほぼ同じことができるまで、ステロイドを使いこなす技術を磨きあげました。
そして、その技術をもって、行く先々の勤務病院でたくさんの患者さんを1週間で改善させ、患者さんからも大変感謝され、自分のアトピー治療に自信をもって毎日充実した診察を行ってきました。
ところが!
ある日、脱ステロイドで1年以上もほぼ寝たきりの生活を強いられ、私のステロイド治療でようやくきれいになり、普通の生活を送れるようになった、”ステロイドのおかげで助かった”ある男性患者さんからこんなことを言われてしまいました。
「山本先生。先生の治療はたしかに素晴らしいです。今日だって体中、ほとんど湿疹がない状態です。でも、今はこんなにきれいなのに、あるとき急激に湿疹が湧いて出てくるのです!
それも、先生が言うような”かさかさした皮膚をひっかいてできる湿疹”ではなく、突然、体の中から湧いてくるのです。
確かにその湿疹もステロイドを塗れば改善します。先生は塗れば治るのだからいいじゃない、と言います。
でも、違うんです!アトピーで何年も苦しんできた患者は塗って治ればそれでいいわけじゃないんです!
日々、突然湧いてくる湿疹におびえています。また、ひどくなるんじゃないかと。そして、そんな恐怖感がある間は、僕は前向きに生きられません。生きてゆく希望が持てません。そして、そんな自分が好きになれません。
今の医療ではアトピーは根治が難しいとされています。ということは、僕はこのアトピーから逃れることができないのですか?毎日毎日、湿疹が湧いてくる自分の体を呪いながらしか生きながらえないくらいなら、死んだほうがましです!」
湿疹が出ても、ステロイドを塗ってきれいにできれば生活の上では支障がありませんから、それでもいいじゃないかと思っていた私にとっては衝撃的な言葉でした。
ただ、皮膚をきれいにすれば患者さんたちが救われる訳ではなかったのです!
本当の意味でアトピーから解放され、患者さんが自分らしい生き方をできるようになるには、「湿疹が湧いてくる恐怖」から解放される必要がある。つまり、アトピーの根治が必要だということ。
患者さんたちの「どうせアトピーは根治できない病気だから」というあきらめの気持ちがある限り、患者さんたちは本当の意味で「自分らしく生きる」ことができないと教えられました。そして、この日を境に、アトピーの根治にむけて、たくさんの患者さんたちとともに本気で研究を開始しました。