今日は学校の保健センターのおばちゃんに

電話越しに怒られた。

自分の検査結果ちゃんと見てなくて

再検査やってなくて期間が過ぎてたから。

結果としてまたやってもらえるんだけど

おばちゃんに

「自己管理できてない」

って言われてチョットむっときてしまった。

でもそんなのおかしいんだよ。

だって本当のことだしあたしがいけないんだもん。

馬鹿やろう、自分。

起こられるようなことしといて

むっとするな。馬鹿者。

余計な手間かけられておばちゃんの方がむっとする側なんだから。

ごめんなさい、おばちゃん。

でも、「自分の体なんだから」と言われても

あたしは何とも思わないよ。。。

自分の体なんてこれっぽちも大切じゃない。

いつ病気になって息をひきとろうと

実のところ恐くない。

そりゃその前の苦しみとか痛みとかは厭だけど、

消えることは恐くないんだよ、おばちゃん。

そんなこと考えてたら

それを思い返させようとしてくれてるのか

ある電話が。

それはあたしの友達からの電話で。

その子にはあと一ヶ月で生まれてくる赤ちゃんが

お腹の中にいる。

あたしと同じ21歳の子供が

子供を産んで育てようとしているのですよ。

産むその子もまだまだ子供だと想う。(あたしなんかに言われたくないと想うけど)

でも、子供を産んで幸せにするという責任を

口にする言葉から感じられるその子は母親になろうとしてる。

きっと子供と一緒に成長していくのだと想った。

そしていつの間にか

あっという間にあたしなんかより先に立って

あたしに向かって言うんだと想う

「子供だねー」

って。

悔しいなー、でも実際そうなんだと想うな。

やっぱり誰かを守って

自分以外の何かに責任をもつ

というのはその人を強くすると想う。成長させると想う。

だから子供ながらに心の中で想うんだ

「自分の幸せがその子の幸せと思えるくらい大事に育てて」

って。ファイトー。




そんな帰り道、

トマト4つで135円!ナス3本100円!人参5本100円!

という安さにビックリして色んなものを衝動買いししてしまいました。。

作った料理で自分を満たす。。。

なにより自分にもっと責任を。

ということなのでしょうか。

ふぅ。



あたしは医療系の大学に通っています。

お医者さんになるでもなく

看護師さんになるでもない

検査技師になるためのところ。

血を取って検査したり尿検査したりする人。

なんでこの道を選んだかというと

医療関係者になりたかったから。

病気や怪我で苦しんでる人の役に立ちたい

そう想ったから。

でも患者さんと直接対面して

苦しんでいる姿を見るのは辛い

そう想って

お医者さんみたいに冷静に患者さんと向き合い

全部といっていい程の責任を受け持つ立場からは背を向けた。

看護しさんみたいに下手したら家族よりも近く

その姿を目の当たりにし、

支えていく患者さんの病院生活を左右する立場からも背を向けた。

今想うとあたしは医療の良い部分を見ずに

悪い部分ばかり、最悪な部分ばかり考えてしまっていたなって想う。

それに検査技師の実体を知らな過ぎたなって。

自分の力を何かの役に立てたいと想う場を

医療の場だけに限って考えてしまっていたなって想うのです。

苦しみがあるのは他にもあるのに。。

そして今日、本当に間違ったかなって想った。。。

今日、病理という授業で癌患者の臓器を見ました。

本当に生々しくて

あたしは目を向けられなかった。

臓器をまわされて自分のとこにきても

今の自分の立場(医療者hになるという道に立っている)を考えたら

触らなくてはと思って触った。

本当に厭だと思った。

なんていうか人のもので、それも生きてた人ので。

それを物のように扱うみんなが信じられなくて。

医療者になる人にはそれが当然なんだけど

あたしはダメ。

見る度に雷が落ちるみたいに寒気がはしってゾクゾクして。

あたしはダメだなって。

周りを見ると興味深々に回ってきた臓器を

見る人手にする人、その臓器を切りたがる人。

その中に笑う顔が混じっている。

これが医療者になる人たちかって。

そうゆうのも慣れていく。

そう聞いた。

人の死にも慣れていってしまうように。。

あたしはそれが厭。

慣れたくなんかない。

そう想ってる。

だからやっぱり自分は違う。そう想った。

ちょっとした確信みたいに。

そんな中でもやっぱり観ることにちょと慣れていく自分もいて。

見るから観るになっていたよう。

それがまた厭だった。

最近自分が医療者に向いてないと感じていたから

余計にその想いの背を押した。

はぁ。

自分弱虫。弱虫。しかも極弱。。

親には言えない。

高いお金出してもらって大学行かせてもらって

しかもあたしは浪人していて一年余計に苦労かけてる。

だから今更違うなんていえない。

このままあの息が詰まるような教室で

当たり障りないようにその場をやり過ごし

人と顔を合わせる度うんざりする。

こんな毎日がずっと続くと想うと先が重く暗く感じられる。

人は将来のことなんかわからない

だから今を精一杯過ごすこともあれば

踏み込めずにビクビクすることもある。

将来が不安なのは誰もが抱く心の錘

その錘は次々とやって来て取り除くことなんて出来ないのかもしれない。

それでも少しでも軽くなればと想う。

自分は軽くなるというより受け止めること、

そこにあることを認めることをしなくてはって想います。。


今日の読んでくれた方、ぐろくてごめんなさい。。

グッナイ☆




微かな笑顔

それが

微笑み

それがニッコリより輝いて見えたりする。

そんな微笑みをみたいと想う

その輝きで自分も日当たりに出たい。

そう想う相手は自分にとってほんの少し。

少しも少し。

その少しが自分にとって凄く大きい。

大きい大きい。

でもそうゆう相手に限って

その輝きは遠く、見ることは望めない。

だから、自分の中で

その輝きを創りだす。想像ですね。

それが本当に眩しくて

それを愛しく思って想いが募る。

でもそれって本物なのかって。


いつまでそれが続くのかなって。

安心といえない不安。

だってそれが叶う時がくるとはいえないし保障もない。

それだったら

自分の記憶の中から

その輝きを失くしたい

そう想ったり。

大切だから。だからこそ。

そしてその相手からも

自分の記憶をなくjして欲しい

そう想ったり。

大切な人なんだけど

その人にとっての自分を想うと

情けなくてちっぽけな気がするから。

そんなこと考える自分だから

情けなくてちっぽけ。



「大丈夫?」

そう聞かれて

「大丈夫じゃない」

なんて言えないよ。

そんな術をあたしは知らない。

そう聞かれたら

「大丈夫」

それしかいえません。

心配してくれるのはありがたいいこと。

でも

あたしを知らないよ。

それが苦しくなる。

そうゆう自分を創らなきゃいけないみたいで。

それが人付き合いなんだろうけど。。

ごめんなさい。

ワガママなんだ。ごめんね。


心がカチンコチン。

あぁ冬だな。。