今日ライブに行って来ました。
好きなバンドのライブに。
このヒトたちの音楽何故か惹き付けられる。
何でだろう。。?
自分でもよくわからないです。
初めてこのバンドの曲を聴いた時
音楽
歌
流れ
言葉
それぞれを曲を通して強く感じた。
それまで音楽というものから
何かをもらったり
感じたりするなんてことなくて。
だからそうゆうモノがある
そう言う人たちがうまく理解できなかった。
ふぅーん(∵)
って感じで。
寧ろ正直に言うと
音楽を通して
ただ自分に浸ってるだけなんではないかと
凄く悲観的に想っていて。
でも
このバンドに出遭ってから
それまでそんな風に想っていた
自分が恥ずかしくなりました。
うまくは言えないけど
音楽が
歌が
それにのせられた言葉が
ヒトを強くしてくれる。癒してくれる。励ましてくれる。。。
そう想いました。
聴き手によって
受け止め方はそれぞれ。
だから
影響をもたらしたりもたらさなかったり。
でもそれを受け止めようとしたら
響いてくるものがある。
今はそう想っています。
私にそう想わせてくれたバンドです。
今日想ったのは
歌い手の気分?モチベーション?は
聴き手のそれにそのままなるのかな。
ということ。
うんうん。
あとね、
この前書いた5円玉。
見つかりました。
というか
ライブに一緒に行った知人に
そのことはなしたら
ちょうどその人がもっていてくれたのです。。。
でもね、
その人はあたしが会いたい人と凄く仲良しなの。
あたしはね
5円玉に会いたいと願っていたのは
ただ
”会う機会がありますよーに”
というの。
でもそれだけじゃなくて
その人に会っても
"恥ずかしくない、馬鹿みたいと想わない自分になっていますよーに”
というの。
そして5円玉をくれた人には
「今会いたい人がいてその人の5円玉探してる」
そう言って具体的に名前は出さなかったけど
5円玉の年でばれたよね。。。確実に。
くれた人はあたしがその人に会いたいけど
会えない理由を知ってるから、確実にばれてましたよね。。。
あぁ。
話が前後しちゃったけど
つまりはね
5円玉のヒトも、くれた人も
二人とも
あたしはとっても大切なの。
でも二人は仲が良くて
会いたい5円玉の人の話を
それをくれた人から聞くと
あたしは二人の前の透明人間みたい。
二人とも大切なんだけど
会いたい人に顔を合わせられるほど
大人になれていない自分が厭で。
そんな自分は
二人に顔向けできないように思えてきて。
空っぽだから。
空っぽ。
だから5円玉くれた人にも
最近は言葉を選んでしまって
言葉を呑み込んでしまう。
そんな風にされるのが
その人が一番傷つくのに。
わかってるのに。
そんな自分に腹が立つ。
もっと。ねぇもっと。
って想うのです。
こんなんばっかりですね。
もっと自分に厳しく。
くるりの岸田さん、すきです。。