​「出生前診断を受ければ良かった」
後悔した日から
たくさんの価値観に触れ

何よりあやちゃんと一緒に過ごして


考え方が変わった。


そんな私の正直な思いを綴っています。少しセンシティブな内容であることをご承知ください。



出生前診断。


この検査はあくまでも母体と赤ちゃんがより安全にお産に望むための検査だと認識しております。


ただ「命の選別」とも言われるこの検査。


医療の進歩ってすばらしいけど、怖いよね。



私はこの検査を否定するわけでも肯定するわけでもありません。


産むか産まないかは親に決める権利があるし、ダウン症の子を育てるか育てないかに選択肢がある今、育てないと選択する人の方が多いのが事実。



そして染色体異常と分かり中絶を選択した人も、悩みに悩んで産まないという決断をしている。きっと一生心の中に留まり続ける悲しい経験だと思う。



でも誰も自分が思い描いた子供に完璧に育てることはきっとできないんです。


ダウン症の子を中絶して、健常な子を産みました。でも途中で自閉症や発達障害と診断されることもあるでしょう。病気や事故で障害を持ってしまうかもしれない。また引きこもりになって社会との繋がりを絶ってしまうかもしれない。


完璧な子に育てるのは親の努力ではどうしようもないこともあると思う。



もし医療がどんどん進歩して、より細かいことまで事前に分かってしまったら、親はどこで線引きをするのだろうか。


成長していく過程で診断されるであろう子供の障害が産まれる前に分かれば、また子供の精子卵子に問題があり将来子供を授かることができないと分かれば、30代で癌を発症する可能性が高いと分かれば、さらに医療が進歩して子供の性格まで分かってしまうようになれば、、、



産むのか、産まないのか。



親は一体どこで線引きをするのだろうか。


親がわが子の命の選別をすることは私は否定しない。




でも大事なのは



本人が幸せを感じて生きること。

自分自身のことを好きでいられること。



障害者でも自分の人生を幸せと感じている人はたくさんいるし、健常者でも自分は不幸だと感じて生きている人もたくさんいる。



ただ子を持つ親はみんな、

子供の幸せを願っているのは確かなのです。



どんなに医療が進歩しても



産まれてくる子が


自分の人生に幸せを感じることができるのか。

自分自身のことを好きだと思えるのか。



それは出生前診断では分からないのである。




あやちゃんは幸せになる力を持っている。


私はそう思います。



(冒頭にも書きましたが、私は出生前診断を否定する気は全くありません。私も検査をしようと思っていたので。でも結局は検査を受けなくて、、、だからこそ安易に出生前診断を受けなくて良かったと思いたくて、この解釈に至りました。この記事を読んで不快に思われた方がいたらごめんなさい。)




私は大物になってやるわよまじかるクラウン

見てなさいっ立ち上がるふんわり風船ハート