ちょっとダウン気味です・・・

 

 

 

とか言いつつこうして記事を書いているぐらいなので、だいぶマシなんでしょうけども。

 

 

 

今日は愚痴みたいなもんやから、スルーしてくれて全然いいの。

ただ愚痴りたいだけ。

でも聞いてくれるんなら、ありがとう。

 

 

 

あっちにも書いたのでご存じの方もおられるでしょうが、幼馴染が自死しまして。

 

 

 

小学生の頃からの知り合いで特別に仲が良かったわけではないけれども、2~3年前から再び交流し始めて亡くなるつい数日前にも会って話してたのでなんかショックで。

 

 

 

私、HSPなもんで多分非HSPの方よりも影響を受けやすいんでしょうけども。

 

 

 

この件を知ったのが月曜日の午後(ひとつ前の記事を書いた後)で、月曜は混乱しつつ情報収集につとめ(でもほぼ何もわからず)、昨日(火曜)は「なるべくいつも通りに過ごそう」と微妙な体調不良を感じつつパートに行き、やっぱりパートの途中からしんどくなって帰宅後はそのまま寝ていました。

 

 

 

で、結局今日も体調がすぐれずさっき(お昼前)起きました。

 

 

 

別に仲が良かったわけではないんですよ。

 

 

 

でもそれなりに繋がりは深かったというか、印象深い人物ではあったんです。

 

 

 

彼は(本人は「彼女」と呼んで欲しいかもだけど)、子供の頃から体がおっきくてずんぐりしてておまけに声もデカいし、ちょっと振る舞いも変わっていた(多分ゲイだから。子供の目には奇異に映ってた)。

 

 

 

それで小学生の頃から「変なやつ」とみんなに思われてちょっといじめられたりしてた(ただイジられてるだけだったのか、ホントの虐めだったのかはわからないけど)。

 

 

 

私ももちろん「変なやつ」と思ってたけど、昔からなぜか「弱い者いじめ」は嫌いだったし、小学生ぐらいの頃の私は学級委員をするような優等生でもあったし、「アホか」とか「うるさいねん」とか言いながらもハミゴな彼と付き合っていた。

 

 

 

そんなこともあってかその後高校で再会しても、やっぱり周りから浮いてた彼と多少は交流があった。

 

 

 

その高校の美術系のコースを卒業した後、彼は東京の映画製作の学校に行った。

その後芸能の道へ進んだことは後に知った。

 

 

 

そこから20年以上が経過してまた育った地元で再会した。

 

 

 

お互い、地元に戻って来ていて。

 

 

 

再会したとき、彼はテレビにも出るような人になっていた(私は知らなかったけど)。

 

 

 

同じく小学生の頃に多少なりとも一緒に仲良くしていた女友だちは彼と久々に食事をしたらしいけど、「元々変なヤツやったけど東京から帰ってきたらめっちゃ嫌なヤツになってたからもう二度と会わへん」と怒っていた。

 

 

 

私も再会後「元々変やけど相変わらず変やなぁ」とは思った。

 

 

 

一度だけ旦那さんを交えて(旦那さんも高校の同級生)彼の家で食事をした。

 

 

 

そのときたくさん話したけど、彼の口から出ていたのはほとんど人の悪口と愚痴だった。

 

 

 

次から次へと口から何かモヤモヤしたものを吐きだしているように見えた。

 

 

 

幸か不幸かうちの旦那さんはそういうものに影響を受けにくいタイプで(多分心の核が強いんやと思う。だから私と結婚しようと思ったのかもねw)、彼が吐きだす毒も笑って聞き流していたので良かったけど、私は少しハラハラした。

 

 

 

私の目に映る彼は淀んでいた。

 

 

 

彼は祈祷師だったので「アンタは人を浄化する前に自分自身を浄化せなあかんで!」と言ってみたけど、自分のチカラを自分のために使うことができない、というようなことを言っていたっけ。

 

 

 

今にして思えば・・・これはまるで後出しジャンケンみたいで嫌ではあるけども、彼のその淀み方は8年前に自死した友人に似ていた。

 

 

 

一緒に食事をした日、彼は芸能界の闇であるとか、祈祷師という仕事のしんどさであるとか、そういうことをずっと話していたし、周りに誰も信用できる人がいないとか、心を許せるパートナーが欲しいと言っていた。

 

 

 

今にして思えば、自死する有名人たちの気持ちがわかる、というようなことも話していた気がする。

 

 

 

おまけに彼は親族とも揉めていて、食事をした頃は法律の専門家を探している時期でもあった。

 

 

 

多分、人との関りとか愛情問題が彼の人生の課題だったんやろな、と思う。

 

 

 

仕事面や経済面では恵まれていたんだろう。

 

 

 

安倍元首相や森英恵さんなど錚々たる有名人が亡くなった際には、よく2ショット写真をSNSにアップしていたし、芸名での彼しか知らない人は、彼のことを華やかな世界で気楽に好きなことを言って生きているオカマだと思ってたかもしれない。

 

 

 

亡くなる数日前に私が勤めるパート先にやってきて「お薦めのシャンプーない? 最近抜け毛が酷くてさぁ」なんて言ってたのに。

 

 

 

「そういうお年頃なんよ! 私もめちゃ抜けてきてるし〇〇くん(旦那さん)も抜け毛には悩んでるで」って言ったら、「やっぱり?! みんなそうなのね!」なんてちょっと安心したような顔で言って。

 

 

 

めちゃくだらん会話をして、私が使ってるシャンプーの一回分のお試しのを買って「良かったら大きいサイズ買いに来るわ!」なんて言ってたのに。

 

 

 

そういう人(抜け毛の解消なんて時間がかかる問題を解決しようと考えている人)が数日後には命を絶つんやから、刑事ドラマなんかで「そんな人が本当に自殺するだろうか。これは他殺かもしれない」なんてのも説得力はない。

 

 

 

自ら命を絶つ人の心の中の動きは、何かのセオリー通りにはいかないんやろう。

 

 

 

私が彼の死に関してしんどくなっているのは、彼の死そのものに加えて、情報がほぼ何もない、というこの状況のせいもある。

 

 

 

これがまた8年前に亡くなった親友のときと似てて。

 

 

 

彼にはもう身内が弟しかいない上に、その弟夫婦といろいろ揉めていたらしきこともあって、彼の死そのもののアナウンスも通夜や葬儀に関する情報も何も伝わってこない。

 

 

 

SNSでもいろいろな人が情報を求めているけれども、今のところわかっているのは会う約束をしていたのに待ち合わせ場所に現れず連絡もずっと取れないことを心配した知り合いが警察に知らせて亡くなっているのが発見された、という程度。

 

 

 

私もそういうSNSでの動きをみて知ったクチで、最初は「何かの間違いでは?」と思った。

 

 

 

結局未だにちゃんとした情報がないから、まだ「間違いかも」と思ってる部分もある。

 

 

 

人の死に際しての儀式(通夜や葬儀や法事)というのは残された者が心の整理をつけるために行うものやと思ってる。

 

 

 

だからちゃんとしたお別れも出来ないまま、ふんわりと耳にした情報だけでもういないと自分の心にわからせるのは骨が折れる。

 

 

 

8年前の親友の件などまだすとんと肚に落ちていない。

 

 

 

だから今も時々、街中で似た後ろ姿など見て「あ!」と思ったりしてしまう。

 

 

 

自死は、病死や事故死とはまた残された者の心の整理のつけ方が違う気がする。

 

 

 

今回もやっぱり彼が生き続けるために私にできたことなんてなかったやろうと思ってる。

 

 

 

思ってるけど「もしあのときああしておけば」みたいな考えは次々浮かんでくる。

 

 

 

私は多分、多少なりともそういうことを感じる質なので、私ごときがたとえば最後に会ったときに「今度ご飯でも行こうや」って言って約束したぐらいで彼のあの淀みを解消する助けになどならなかっただろうとわかっている。

 

 

 

おまけに今この時点でも、自分や旦那さんがあの淀みに何かしらの影響を受けることは嫌やなと思う。

 

 

 

救う自信も覚悟もないのに、やっぱり彼に対して自分ができたことはないんやろう。

 

 

 

彼が彼の命をどう扱おうと私は何か言える立場ではないけど、ほんまアホかって言いたい。

 

 

 

他人がよりよく生きるための手助けをする仕事をしてたくせに、生きろという立場に居て実際そう言ってたくせに、何やっとんねん、と言いたい。

 

 

 

でも面と向かって説教がましく罵ることももうできないんよな。

気怠い朝のカップル・・・?

(コジ兄が湯たんぽで寝てるとこに無理やり入り込んだお嬢さん)

 

 

 

今までよりもちょっとだけ高級な回転寿司に行くようになったら、もう前のところには戻れなくなってしまった。

合計金額を前に合わせるために食べる量を減らしてるので、ダイエットには良いかもしれぬ。

みなさま、おかわりないですか?

 

 

 

そんなわけで今話題の回転寿司問題(ひどいいたずらの)、割りと身近な感じで見ております。

 

 

 

HSPで細かいところが気になる私は以前から今回のようないたずらについて「あるかも」と思っていたので、あったこと自体に驚きはさほどなく、むしろ「バズりたい」という動機に今っぽさを感じております。

 

 

 

ほぼ毎週末いろんな回転寿司チェーンに行ってる中で、はま寿司のもはや回転していない営業スタイル(頼んだものがレーンで運ばれるのみ)には清々しさを感じていたわけで。

 

 

 

「回転寿司ちゃうけどな。レーン寿司やけどもな!」とか旦那はんと要らんツッコミなんぞしつつ。

 

 

 

ま、なんていうか回転寿司に限らずテーブルに何かしら調味料やら箸やら置いてるスタイルって、ものすごく性善説に基づいてるよな~とHSPな私はずっと思ってて。

 

 

 

今後はどうなっていくんかな?

 

 

 

もうそういうものは何も置かずに注文する方式とか、それこそカメラで全部監視されるとか。

 

 

 

いいんか悪いんかわからんね。

 

 

 

★★★

 

 

 

EXITのかねちーが犯罪者の「ルフィ」と接点があった、という問題。

 

 

 

なんとなく複雑な感じで見ています。

 

 

 

私はかねちーが好きで、ワイドショーでの発言なんかも「ええこと言うなぁ」と思いつつ見てた派です。

 

 

 

結論(私見)から言うと、「そのことで今更叩く必要はないけども、正しいイメージを求めるスポンサーがおる仕事は厳しくてもしゃあないかもね」です。

 

 

 

かねちーは自分の過去についてはもうこの騒ぎよりずっと前に認めているし、自伝的小説でも書いている。

 

 

 

逮捕歴があることは認めているし、そんな自分と決別するために東京に出てきたとも発言してる。

 

 

 

かねちーが「そう(犯罪を)するしかない環境に居た」みたいな発言をしてて、それに対しての異論はもちろんあるやろけども、私は自分もそれに近い環境に居たことがあるからかねちーの言い分もわかる気がする。

 

 

 

「どんなひどい環境であっても、そういう環境に居る人が全員犯罪を犯すわけではない」

 

 

 

という意見はまさに仰る通りではあるけれども、そういう意見を言う人は大抵「ひどい環境」で育った人ではない。

 

 

 

世界中探しても「そこ」しか自分の居場所がなく、その居場所になんとか居続けるためにはそこでのルールに従うしかない、という状況はいろんなところに存在してて、「そこ」が「犯罪をするしかない環境」という場合もあるっちゃある。

 

 

 

だったらそこから離れればいい、と口で言うのは簡単やけども、場合によってはそこを離れることは生きるのをやめることやったりもするしね。

 

 

 

もしくはほんまの意味で「一回死んだつもりで」行動を起こさないといけなかったり。

 

 

 

かねちーはそれをして今がある。

 

 

 

私はどうしても「そっち寄り」の見方になってしまうけれども、今後のかねちーがたとえば地上波での番組やCMには出れなくても、それ以外のところでお笑いの仕事ができればいいなと思う。

 

 

 

一生懸命生き直してる人が何もかもを取り上げられる世の中は、なんかしんどい。

 

 

 

★★★

 

 

 

あとはなんか首相秘書官が「同性婚は見るのも嫌だ」と発言した、というニュース。

 

 

 

これに関して私の意見は「なんでそういうこと言うかなぁ」です。

 

 

 

ぶっちゃけ心の中でそう思うのは自由やと思うよ。

 

 

 

でも黙っとったらええやん。なんでわざわざ口にするん。

 

 

 

自分の立場も考えず。

 

 

 

自分がそういうことを発言する意味を理解でけへんような人が政治の世界にいるのは、日本という国が海外でどう見られるかに直結するからすごく恐ろしい。

 

 

 

こういう問題に関しても私は「環境」の影響が大きいやろう、と思ってる。

 

 

 

勝手な推測で喋るけども、多分この人の親御さんとかは似た価値観なんちゃうやろか。

 

 

 

今でこそ仲のいいゲイの友だちが複数いる私も、まだ世の中にLGBTなんて概念がなかった子供の頃は、フェミニンな男子に「オカマ~」とか言うてたクチやしね。

 

 

 

あの発言した人、同じ年なんよ。

 

 

 

多分、小学生ぐらいの頃に「オカマか!」とか言うてたまま成長しちゃったんやろね。

 

 

 

多様性とか言うけどさ、正直育った環境の中にその多様性がなかったんなら、ええ大人になって急に言われてもすぐ適応はでけんのちゃう?

 

 

 

今ふと思い出したけど、昔仲良くなった職場の同僚の家(家族と暮らしてる)に遊びに行ったとき、玄関入ってすぐの部屋に寝たきりのお祖母ちゃんが居てはったんね。

 

 

 

同僚にとってはお祖母ちゃんの存在が当たり前やから、ごくナチュラルにその部屋の扉を開けて「お祖母ちゃーん、友だち遊びに来てんよ~〇〇さんよ~」って私を紹介してくれたん。

 

 

 

けどもお祖母ちゃんは寝たきりなだけではなく、何かの管に繋がれて、目の焦点もあっておらずもちろん反応もなく、私はそういう状態の人に接するのも初めてでぎこちなく挨拶するのがやっとやった。

 

 

 

こういうのが多様性なんちゃうの、と思う。

 

 

 

自分の普段の生活の中にマイノリティの人や障害のある人がごく当たり前に存在していること。

 

 

 

いろんな年代のいろんな立場の人が身近にいること。

 

 

 

そういう中で育って初めて多様性という言葉の本当の意味が分かる。

 

 

 

あのときの同僚はきっと多様性が備わってる。

 

 

 

多様性、という言葉を発信する側の人たち(政治家とか)は、それを受け取る側に丸投げするんじゃなくて、そもそも子供の頃から多様性というものが培われる環境づくりをする必要があるんちゃうかしら、と思う。

 

 

 

みんなよくわからん知らんものは怖いし、それでなくても「違うモノを排除する」傾向の強い国民性なんやから。

 

 

 

きっと件の首相秘書官も怖かったんちゃう? 自分の知らない同性愛者という存在が。

 

 

 

いや、擁護する気は1ミリもないけどw

 

 

 

それにしてももっと明るいニュースでいい気分になりたいわ~

 

 

 

あ、そういえばしれ~っと新しい動画をアップしてます。

お笑い好きな人も見てみて~

 

 

 

 

それでは本日も最後まで読んでくださりありがとうございました^ω^

愛してます♡

どの角度でも可愛いお嬢♡

 

 

 

風呂水を使いたくて風呂水ホースついてる洗濯機を買ったのに、風呂水吸い上げる最初に水道水を結構使うので結局人力でバケツ使ってます。

体力づくりやと思って。腰いわさんやろかしら。

みなさま、おかわりないですか?

 

 

 

住宅ローンも厳しいことやしパートの日数を増やそかしらとか思ってましたが、休みの日にひとりで家にいるのが好きすぎてやめました。

 

 

 

そんなんやったら副業(占い)の方に力入れよとか言いつつ、YouTube以外はほぼ注力してないこの頃(;^ω^)

 

 

 

YouTubeも編集なんかようせんからって、スマホの一発撮りで最後に定型文のテロップ入れてるだけ。

 

 

 

旦那はんにはあーだこーだダメだしされつつ(声小さいとか尺が長いとか)、ようやく19本まできた。

 

 

 

熱しやすく冷めやすい数秘の5なので、最初に100本は撮ろうと決めたん。

 

 

 

多少の縛りがないとすぐ放り出す性質なので。ホホ

 

 

 

で、次の20本目でようやく目標の1/5よ。

長い道のり・・・

 

 

 

でも思ってた通り、ひとりで喋って動画を撮るのは楽しいのでまだ当分続けられそう。

 

 

 

もうちょっとしたら顔出ししてもええんやけども、今はホワイトボードだけを映すスタイルに慣れちゃってて、自分を映す場合はどういう絵面にするか考えてから。

 

 

 

ほんまはダイエットしてから・・・って言いたいとこやけど、それ待ってたら永遠にタイミングは来ない気がするからw

 

 

 

けども素のままじゃなくなんか変装(?)はしようと思ってる。

 

 

 

なぜかというと、顔を出すのが恥ずかしいとかではなく、動画撮るときに化粧とかせなアカンとなったらめんどくさくなって辞めてしまいそうやからw

 

 

 

なので今まで通りスッピンでも平気なように仮面的なモノつけるとか、そっちの方向で行こうかと。

 

 

 

もちろんオンラインであれなんであれ、対面のときは身だしなみとして多少の化粧はしてますよん。

 

 

 

本来は、休日で出掛ける用事がなければ朝から顔も洗わんオンナやけども。ホホ

 

 

 

★★★

 

 

 

相変わらず量子物理学と引き寄せの法則とか、そういう動画見るのが面白い。

 

 

 

人間の脳の深いところに脳幹網様体賦活系という部分があって(漢字多すぎ単語)、そいつは人間が見聞きした膨大な情報を仕分けするフィルターの役目をしてる。

 

 

 

人間は実は見聞きした情報を一旦全部(何もかも)取り入れようとするんやけども、そうすると情報量が多すぎてストレージがパンクするので「要・不要」をここで選別して要ると判断した情報だけを記憶するようになってる。

 

 

 

だったら一体何を基準に「要・不要」の判断をしてるん? というと、これは「思い込み」によるらしいんよ。

 

 

 

「思い込み」とはつまり、育ってきた環境の中で培われた価値観のこと。

 

 

 

怖ない???

 

 

 

自分はいくら広く世界を見ているつもりでも、結局は自分が思い込んでる狭い世界しか見えてないってこと。

 

 

 

眼鏡で例えるならば、本当に世界をありのままに見ている人が裸眼で世界を見ているとすると、赤い思い込みの眼鏡の人や青い眼鏡の人がいるってこと。

 

 

 

いろんな色眼鏡があることを知ってる裸眼の人は、色付き眼鏡の人の言うことを「この人は赤い眼鏡なんだろう」と思いつつ聞いて自分と見ている世界が違うとわかるけど、自分の見ているものこそが正しいと信じている赤い眼鏡の人と青い眼鏡の人では、見ている景色が違うから分かり合うことは出来ない。

 

 

 

自分と相手の眼鏡の色の違いに気づくまでは。

 

 

 

結局ここでも大事なのは「気づき」。

 

 

 

色眼鏡を外すのも「気づき」から始まる。

 

 

 

あ、話が逸れたけども、そういうわけで脳幹網様体賦活系の働きによって私たちは情報を取捨選択してるので、見たいものしか見てないし、見ようとしないものはそこにあっても見えていない。

 

 

 

時々、探しものをしたときにさっき散々探してなかった場所を時間をおいてもう一度探したらそこにあった、なんてことがある。

 

 

 

多分、そういうのも一回目は何かの思い込みが強すぎる探し方をして見えてないものが、気持ちの持ちようが変わったことで二回目には見えて見つかるってことなんかな、と思う。

 

 

 

脳幹網様体賦活系、オモロイなぁ! って思うこの頃。

 

 

 

ほんまそのうち自己啓発やスピで言われてるある種の「奇跡」は、全部科学で説明がつくようになるんやろう。

 

 

 

こういうことを上手に説明できるようになったら、これも動画にしたりあっちのブログできちんと記事にしたいものですわい。

 

 

 

こっちではなんか気楽に思ったことを思ったようにだらだら書かせてもらってるけどもw

 

 

 

今日はこの後、数秘の7についてと、余力があれば芸人さんを数秘的に分析した話をアップしようかと思ってるん。

 

 

 

人気のある芸人さんや自分が好きな芸人さんの数字を調べたら、意外なことがわかったんよ~

 

 

 

それでは本日も最後まで読んでくださりありがとうございました^ω^

愛してます♡