■『神戸からの祈り (19)』
「これから打ち上げを始めますので、手が空いた方から、こちらに集まって下さい!」
拡声器で誰かが言う声が聞こえる。
まだ、祭り全体の片付けが終わっていないことはわかっていた。だから打ち上げを始めるには、早すぎるのではないかと気にはなったが、雰囲気に水を注すのも違うような気がして、私もとりあえずその場に向かって走った。
ようやく辿り着いた時、ちょうど皆がビールを手に持っている状態だった。
私も慌ててビールを持った。
「乾杯~!!」
簡易的に組まれた大テーブルの上には様々な料理が並び、出演者や舞台関係者、そして辺りにいたスタッフなどが乾杯を交した、まさにその時だった。
「おまえら、何考えているんや!」
少し離れたお祭広場で出店などを仕切っていたスタッフが、走りながらやって来て大声で怒鳴った。
一瞬にして、水を打ったように静まり返る。
「そっちの舞台は終わって、打ち上げが出来る状態かもしれんけど、まだ、あっちで多くの仲間が働いているのがわからないんか!おまえらは気遣いが無さ過ぎるんや!!自分たちだけがよけりゃ、それでいいって訳やないやろ!!」
そこに居た全員が、どのように身を振っていいのかわからなくなり、取りあえず大テーブルをのそのそと片付けて、お祭広場の片付けに向かう。
自分たちがよけりゃそれでいい…。その考えは、私たちが目指す世界平和とは、相反する価値観だ。
私は言葉が無かった。
全員で全ての片付けを行い、改めて打ち上げをする段になった。が、私は打ち上げの場にどうしても行く気になれなくなってしまった。
フラフラとメリケンパークの片隅の水呑場に
向かい、誰にも気付かないようなひっそりとした一角を見つけて身を沈めた。そして、へたり込むように座ると涙が止めどなく溢れ出した。
私は涙を拭うこともなく空を見上げると、また満月が薄雲がかかるながらも、顔を出してくれていた。
大泣きしている私を、満月だけは見守ってくれているような気がしたが、やはり悲しかった。
あれほど寝食も忘れ、家族や友人も巻き込みながら、この日の為に動いていたことは、何だったのだろう…。
何故、最後になって、こんなに意識がバラバラになった催しになってしまったのだろう…。
簡単に出るはずもない答えを求めながら、ただただ泣いていた。
ややしばらくして、打ち上げの場に私の姿がないことに気がついたサッチャンが、色々探してくれたのだろう。水呑場でへたり込んで泣いている私を見つけ出した。
彼女は、この日、韓国舞踊を舞台上で踊り、その後は救急班の看護婦上として動いていたので、絶対に疲れていたはずだ。
だが、私の姿を見たサッチャンは、何も言わず走って何処へ行き、そしてすぐさま二人分のビールを持って戻ってきてくれた。
「彩、本当にお疲れ。乾杯!!」
私は言葉が出せないまま、手渡された冷えた缶ビールを合わせた。
サッチャンは、その後、言葉が出ない私に語りかけることもなく私の隣に座り、そして一緒に泣きながらビールを飲んでくれた。
この時、枯れ切った喉に流れたビールの味は、涙と混ざって少し塩辛かった。
どれくらい、その水呑場に座り込んでいたのかわからないが、ビールを飲み終えた頃、サッチャンに諭されて私は立ち上がった。
メリケンパークの出口に向かうと、何ヶ月も一緒にこのお祭りに関わっていた、数名の仲間の顔が見えた。
私は、代わる代わる仲間の顔を見た。
その時、鎌田東二さんが私のそばに歩み寄り「本当に長い間お疲れ様…」と言いながら抱きしめてくれた。
それからは、代わる代わる仲間たちに私は強く抱きしめられた。私は安心した子供のよう
に泣きじゃくるばかりだった。
それから、体で何が起ったのか…。私は三日三晩、涙腺が壊れてしまい涙が止まらなくなってしまった。
しばらくして、神戸の地元テレビ局が「神戸からの祈り」の特集番組を放送した。
家で、私と一緒にその番組を最後まで見ていた下の娘が、番組終了後、ポツンと言った。
「あれだけ、ずっと動いていたお母さんなのに、全くテレビに映っていないね。でも、きっとお母さんは、大きなお花の種で根っこだったんだよ。綺麗なお花が咲くためには、土の下でちゃんと種が芽吹いて根っこが張って、ずっと頑張り続けないと綺麗なお花は咲かないから。だから、お母さんが凄く頑張った分、こんなに大きなお花が綺麗に咲いたんだよ」
私は、その言葉でやっと救われたような気がした。
そしてこの日、やっと自分を
自分で褒めてあげようと思った。
つづく…