窓ガラスに当たる雨

 

 

窓ガラスに当たる雨がわたしの涙のように濡れている。

 

 

雨は心を洗い流すという。

 

 

 

でも今日の雨は沁み込むように私の心に水たまりを作っていた。流れる雫1滴1滴がとても痛かった。

 

 

 

深い水たまりに落ちるのは簡単だった。

 

 

 

水たまり

 

 

蓮と約束を交わした私は踏み入れることができずにいた。この暗い気持ちをどこへもっていけばいいのだろう。沈むことが逃げることに繋がるというなら、この膨れていく喪失感と罪悪感をどうしたらいいのか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

思いだした最後の記憶が重くのしかかる。溢れそうなその罪悪感という水たまりはどんなにかきだしてもあっと言う間にすぐにいっぱいになってしまう。

 

 

 

時は癒しにもなり、

 

時は毒にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、この辺でお願いします。」

 

 

 

 

支払を済ませタクシーを降りる。蓮に送ってもらった後、迷うことなくタクシーに乗っていた。

 

 

 

タクシーの中から見える雨

 

 

マンションを見上げると部屋に明かりがみえる。入ることなく、しばらく立ち尽くしていた。

 

 

雨が強くなってきた。まるで急かすように私の足元を強く打つ雨。

 

 

 

迷う必要はない。

その扉を開け番号を押すだけなのだから。

 

 

そうすれば

彼がそこにいる。

 

 

下からマンションを見つめる

 

 

 

目頭がジリジリと熱くなる。

 

溢れでる涙を止めようと目に力を入れる。ここまで来ても踏み出す勇気がなかった。その場にしゃがみ込む。そして自分に問いかけた。

 

 

 

 

 

彼に会ってどうするの?

 

記憶が戻って苦しいから助けて欲しいというの?

 

それを聞かされる彼の気持ちは?

 

私は彼になにを求めているの?

 

彼は私の何?

 

 

 

 

 

溢れでる苦しみが私をいたぶる。更にどこにも逃げ場がないと分かった今、虚しさが心を打ちのめした。握りしめるその手の中にあるのは、深い空虚感だけだった。

 

 

 

これは罰なのかもしれない。

 

 

 

 

 

声を押し殺し泣いていた。

 

 

声をあげても雨が打ち消してくれる。でも今のわたしには声をあげて泣く慈悲さえもないと自分を苛めていた。

 

 

 

 

 

 

 

後悔という穴の中で

 

わたしはたった一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>>

 

 

バックの中の鍵を探す。スカートも靴も濡れていた。郵便物を取り出し宛名を確認する。

 

 

 

マンションのBOX

 

 

 

エレベーターに乗りボタンを押した。

 

ドアが開いた。疲れきっていた。まるで霊魂をどこかへ置いてきてしまったように冷たくうつろだった。ふらつく体を支えようと壁に手をあてる。角を曲がったところで、思わずうめいてしまった。

 

 

 

「あっ。」

 

 

 

足がすくんだ。

 

 

 

立ち止まる女性の足元

 

 

 

 

やっと平静を保ったばかりなのに・・戸惑いを隠せない。

 

 

 

 

「どうして・・・。」

 

 

 

感情が高ぶり始める。

 

さっきまでの黒く深く冷たい感情ではなく、赤く柔らかく温かい感情が一気にそれを飲み込んだ。そして、『あの言葉』を思い出していた。

 

 

 

 

 

『・・自分の気持ちを押し殺し、器用に笑う君の姿を僕はもう見たくないんだ・・』

 

 

 

 

 

 

わたしは・・・・・。

 

 

 

 

 

『・・ダメだよ、自分の気持ちをコントロールしてはいけないよ・・』

 

 

 

 

 

 

わたしの気持ちは・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

目をつぶったまま壁にもたれるように立っている。

 

 

 

 

 

 

 

壁に寄り掛かって待っている男性

 

 

 

 

 

全身から力が抜けていく。。。

 

初めから分かっていた。差し出した絆創膏が気持ちの始まりで・・その時すでにわたしの心は決まっていた。想いが膨らむのには時間がかからなかった。

 

 

自分でも分かっていたから。

 

・・彼が気になっていると。

 

 

 

 

自分でも感じていたから。

 

・・彼の側にいたいと。

 

 

 

 

自分でも認めていたから。

 

・・彼が好きだと。

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が鍵が外れた。。

 

 

 

 

 

すでに、もう心の足は駆け出していた。

 

 

 

 

罪悪感や喪失感、怒りと迷いのすべてが一瞬んで消え、込み上げる何かが背中を押した。認めてはいけないと思っていたそれが、今の自分のすべてだと悟った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛している。

 

 

 

 

 

 

 

 

私に気がついた彼がにっこりと笑う。

 

 

 

 

 

そう、

 

 

 

わたしは彼を愛している。

 

 

 

 

 

 

解放したその気持ちが砕けてしまわないように、ゆっくりと彼に抱きついた。優しく受け止める彼。求めていたその温もりがすべてのしがらみを溶かしていく。

 

 

 

 

 

わたしの場所はここ。

 

 

 

 

彼を見上げる。

 

微笑みかけるその笑顔がわたしの場所で、彼が今のわたしのすべて。そして、彼は今の私が愛する人。

 

 

 

 

 

 

 

私は彼を愛している。

 

 

 

 

 

 

 

そっと首の後ろへ手を回す。

 

ゆっくりと彼の顔を引き寄せる。

 

 

 

 

優しく見つめる彼の瞳。

 

綺麗な目・・・わたしは、声を出さずにゆっくりとつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ・い・し・て・る」

 

 

 

 

 

微笑んでいた彼の表情が一瞬で驚きへと変わっていく。大きく見開いた瞳が微かに揺れていた。戸惑いを隠せないのか、瞬きが止まらない。

 

 

何かを言おうとした彼の唇を人差し指で塞ぐ。

 

 

更に驚いた彼は時が止まったかのように硬直していた。

 

そんな彼の表情がとても愛おしくて、その瞳を見つめたまま思わず指の上からキスをする。見つめ合ったままのキス。彼は動けない。私は微笑みながら2回キスをした。

 

 

 

ふと、戸惑いの表情からいつもの彼に戻っていることに気がつく。

 

魔法が溶けたかのように急に恥ずかしくなった私は、その動揺を隠そうと視線を落とす。同時に指が外れた。

 

 

すると、瞬く間に唇を奪われる。いつもの優しいキスでなく、彼の野心が見え隠れるすような激しいキスだった。彼の手が腰の方へゆっくりと移動する。思わぬ感触に全身に電気が走る。腰に手をまわしながら首筋にキスをしていく彼。その快感に思わず声が漏れる。自分の声に驚いた私は慌てて口元を押えた。

 

そして彼は私の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

「僕はその何千倍も・・雪さんを愛しています。」

 

 

 

 

 

始めて聞いたその言葉は、この世を去る直前まで私の記憶に留めることになる。その温もりの中で、偽りのないその言葉を私はずっと信じていた。疑う余地などない純真無垢なその彼の言葉が、私を幸せへと導いていく。未来は動いていた。揺るぎないその想いを胸に二人は歩み始めるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歯車が欠けた

 

月は光りだし

 

艶をおびるように美しく

 

妖艶と色と香りがまだらに広がる

 

 

太陽はただ見ているだけ

 

 

奇妙な音が心をむしばむ

 

まだ訪れていない二人の運命と宿命が笑っている

 

 

 

見えない未来か

 

 

見える未来か

 

 

運命は何処へ二人を誘うのだろうか

 

 

 

 

 

 

『宿命とは、前世から定まっている運命』

 

『運命とは、意思に関係なく巡ってくる幸と不幸』

 

 

 

 

 

どこへたどり着くのか、その時の私には知る余地もなかった。

 

 

 

 はっきりとその姿を現した三日月

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、『運命』

 

 

 

 

 

 

 

第20話 運命

 

 

 

 

 

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