No.7 彼はわたしの薬箱
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私は図書館にきていた。
すでに授業は始まり、生徒は少ない。窓ガラスから差し込む太陽の光が眩しくて、思わず背を向ける。急いで来たからか、凄く暑かった。扇風機の風が熱を冷やしつつも、私の感情はどんどん高ぶっていた。
 
 
 
 
「ゆり?」
 
 
 
 
振り返ると隼人が立っていた。ほほ笑みながらも、少し困惑しているように見つめている。
 
 
 
わたしは思わず
両手を差し出し彼の胸へ飛び込む。
 
 
 
「うっぃ、うっ。」
 
 
 
言葉なんていらない。だって・・・もう感情が声になって溢れているから。彼は何も言わずに抱き寄せる。ただ優しく、そして強く抱きしめる。その大きな温もりの中でわたしは安心と安堵感を得ていた。そして苦い思いを涙で流す。
 
 
 
 
 
全身で伝える。会う前までは色々考えていた。どこからどう説明しようかと・・・。でも彼を目の前にした時すべてが消えた。我慢していた罪悪感と押さえつけていた苦しく悲しい感情があふれ出し、その言葉を言わずにはいられなかった。
 
 
 
「ごめんね。ごめんなさい。本当に・・・」
 
すがるように、そして絞り出すように謝る。彼は何も言わない。ただ無言のままその言葉を受け止めるように、優しく頭を何度も撫でてくれる。
 
 
授業中だからだろう。
図書館はいつも以上に静かだった。タイピングの音さえも聞こえない。話し声もだ。
 
 
 
「シーぃ、ほら泣き止まないと見つかるよ。」
 
彼はパーカーを脱いで私に被せる。
 
こんな時も私のことを考えてくれる隼人はずるい。私をどんどん追い込んでいく。わかってるの隼人。わたしは悪い子だよ。自分でさえ許せないのにどうして隼人はそんなに優しくできるの。
 
そんな私の気持ちを察するように彼は言う。
 
 
「ゆり?ゆりは何も悪くないから。」
 
 
 
 
また、私を追い詰めている・・よ。
 
だって私が1番わかっている。何をしてしまったのか、隼人にどんな思いをさせてしまったのか。十分すぎるほどわかっていた。苦しくて痛くて苦く切ないこの気持ち以上に、怒りと悲痛な叫びを彼は自制で消し去っている。その心は今一体どこにあるのだろう。
 
 
 
 
「ゆり、ほらこっちを向いて。ゆりは悪くない。だから罪悪感をもつ必要はないんだ。あれは俺でも防げなかったはずだから。」
 
「どうしてわかるのよ。」
 
「陽介が言ってたんだ、あれはお前でも避けられないってな。見ていた陽介が言うんだから間違っていないはずだ。そうだろ?それとも、ゆりは奴としたかったのか?」
 
 
「そんなわけないじゃん!」
 
「シーィ!静かに。」
 
 
 
 
彼は私を抱き寄せおでこをくっつける。
 
 
 
 
「奴は陽介の中学の友人だ。今回の件で俺のお前の事を知ったが他言しないと約束してくれた。その代わり、アイツがしたことも俺たちは誰にも言わないと約束したんだ。ゆり、それでいいよな?」
 
 
私は迷うことなく答える。
「うん。でも、私・・・・。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「シーぃ、もういんだ。ゆりは何も心配しなくていいんだよ。大丈夫だから。あれは、ただの事故だったんだ。何の意味もない。俺がなんとも思っていないんだから、不安になる必要はないんだ。違うか?」
 
「・・・。」
 
 
「それとも、ゆりもアイツを殴るか?」
 
「嫌だ、話もしたくないもん。」
 
即座に答える。隼人は笑う。
 
 
「もし文句言う奴がいるなら連れてこい。俺がまた殴ってやるから。」
 
「ダメだよ。もう誰も殴らないで。誰かに見られていたら大変なことになってたかもしれない。」
 
ギュッと彼にしがみつく。
 
 
「知ってるだろ、俺は笑ってるゆりが一番好きなんだ。」
 
「わかってる。」
 
「じゃ、もう泣くな。誰かに見つかるぞ。」
 
「うん、わかった。」
 
 
 
彼の温もりを感じたくてキュッとしがみつく。その大きな肩で抱きしめてくれる彼が好き。いつも真っ先にわたしを見つけ出すのは彼。どんな時も必ずわたしの味方の彼。わたしは隼人なしでは生きていけないかもしれない。うん、だって本当にそうだもん。
 
 
 
濡れた頬を親指で拭きとり、顔をのぞき込む。
 
「講義抜け出してきたから、俺戻るよ。大丈夫か?・・そういえば、ゆり講義は?」
 
「サボった。」
 
ぼそっと呟く。彼は嬉しそうに笑って私の前髪を触る。
 
 
「ほほっぉ、俺の為に講義サボったんだ。嬉しいね~それ!じゃ俺も一緒にサボろうかな?」
 
「ダメだよ、1つ休むと大変でしょ。」
 
 
「おっー、さすが医学部の彼女だな、あはは。」
 
「シーィ!ちょっと、声が大きい!」
 
 
「あっ忘れてた。」
 
「もう、隼人ってば。」
 
 
「悪い悪い、じゃ俺行くから。
とりあえず念のためにパーカーは持ってろよ。」
 
「うん。ありがとう。」
 
 
彼はおでこにキスをしてもう一度抱き寄せる。そして講義へ戻っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
講義をサボったわたしは
そのまま図書館で時間を過ごすことにした。
 
あんなに悩んだ昨夜のことを思いだしていた。1人で悩んだことを、今は少し悔やんでいた。もっと早く隼人に相談すべきだった。そうすれば苦しまなくて済んだかもしれない。常にわたしの感情を優先して気遣ってくれる彼。
 
彼の言葉が、わたしの不安をすべて消し去ってくれる。
 
 
 
いつもそう、
 
どんな傷もどんな不安も
どんな困難な事でも、
彼は魔法のようにわたしを治してくれる。
 
 
 
 
 
そう、彼はわたしの
 
 
 
『薬箱』
 
 
なんだもん。
 
 
 
わたしだけの
わたし専用の薬箱。
 
 
 
肩にかけられたパーカーを抱きしめる。
 
その大きなパーカーは、今のわたしにとって彼そのものだった。温もりと幸せと安心を与えてくれる彼と同じで、愛おしさを感じる。
 
いつの間にか気持ちが晴れていた。
 
 
 
 
 
館内を回り、数冊の本を手にわたしは席へ座る。
 
開いた窓から小鳥のさえずりが聞こえる。授業中の図書館は居心地がいい。時折聞こえるタイピング音や携帯のバイブの音に驚くこともあるけど、それを除けば快適そのものだから。
 
 
ここ、やっぱりいい。広くて静かだし、何より近くに隼人がいると思うと安心する。うん!また来よう。いつもの日常に戻ったわたしの心は、軽やかだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
でも私は知らなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
まさか、私たちの存在を知ってしまった人が
 
 
 
 
 
もう1人いたなんて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんてことだろう。
 
 
 
 
 
この秘密の休みは・・
 
   果たしていつまで守られるのか。。。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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