ノックがした。お母さんがドアをあける。
「さゆり、ご飯たべて」
「食べてきたから、いらない」
嘘をつく。ドアが閉まる音がした。
わたしは、反対側を向いていた。今振り向いたら、真っ赤な顔が見つかってしまう。泣いていたことがばれてしまうから。
もう、嫌だ。
なんでこんなことになったのだろう。
何がいけなかったのだろう。
理由がわからない。
分かっていることはキスされたこと。頬とはいえキスはキスだった。私に隙があったからだ。
あんなことされるなんて・・・考えてもいなかった。何も考えたくない。
でも、このまま隠し通せるの?
もし誰か見ていたとしたら?噂になって、最悪は大学にも行けなくなるの?そんなの嫌。何よりももし隼人が他の人から聞いてしまったら?どんな言い訳をしようと弁明は無理。謝って許してもらえるのかさえ分らない。
なら、このまま黙っている?
そんなの無理。
わたしの性格で隠し事なんて絶対に無理だ。そんなことするぐらいなら、別の大学入り直してやるわ!
隼人には、急ぎのレポートがあるからと言ってそのまま帰ってきちゃった。あのまま会うなんてまだ心の準備ができてなかった。彼からは分かったと返事があったけど、もしかしてもう知ってるの?
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眩しい・・カーテンから光がもれている。
昨日はそのまま寝てしまっていた。
時計を見ると5時。
起きなきゃ。
目の腫れを取るため氷を取りに行く。まだお母さんは起きてない。もう少ししたら起きてくるはず。急いで部屋へ戻ると隼人からメールが届いていた。朝迎えに行くと書いてある。遅かれ早かれ、彼には言わなきゃいけない。
シャワーを終え、鏡の前に座る。
良かった少し引いてきた。
軽くお化粧をして、髪を纏める。
下へ降りるとお味噌汁の香りがした。
「ほら、食べて今日隼人君が迎えに来るんでしょ」
連絡あったんだ。。
「うん、7時半に来るって言ってた。」
「そう。」
お母さんはそう言って何も聞かない。わたしの目が腫れていること、分かっているはずなのに。
食べ終えた頃、チャイムが鳴った。
「あっ、来たわね」
玄関へ駆け出すお母さん。
「ねぇ、朝ご飯たべていかないの?」
「ありがとうございます。もう済ませてきたので。」
「いつも言ってるでしょう。迎えに来るときはウチで食べなさいって。」
「はい、覚えておきます。」
「じゅ、車で待っててね。すぐ行くと思うから。」
「わかりました。」
いつもと同じ会話。普段なら呆れる私だけど、今日はその会話に癒される。
靴を履き荷物を取る。
「行ってきます」
「お弁当持った?」
「うん、持ったから大丈夫」
「行ってらっしゃい!」
母の明るい声が響く。
私はドアを閉めて車へと向かった。
「おはよう」
「おはよう」
彼は前を向いたままだった。
シートベルト着けると、車が動き出す。私は意を決して話し出す!・・・つもりだった。私よりも早く彼が話しだした。
「大丈夫か?」
「えっ?なにが・・・」
「目が腫れてるみたいだから。」
まさか、何か聞いた・・・?
「うん、大丈夫。目をこすっただけ。。あのね実は話があるんだけど。」
「じゃさ、今日学校終わったらウチで待ち合わせしよう。」
「・・・あっうん、わかった。」
話は途切れる。
この空気感
嫌だ。
隼人のことが気になる。
何が知ってるのだろうか。
でも今は何も聞けない。
「ゆり?」
隼人の優しい声がわたしを呼ぶ。
「なに?」
「何も心配するな。大丈夫だから。」
知ってるの?何のことか聞きたい衝動にかられる。でも、今聞いたら学校へ行けなくなる。
私は溢れそうになる涙を抑えるために窓をみる。今泣いちゃダメ。ここで泣くと止まらなくなる。
泣いちゃダメ!我慢して!
バックから水筒を取り出し、冷たいコーヒーを飲む。大丈夫。
彼はいつもターミナルまで私を送ってくれた。始発からバスに乗る私のために。この辺りは商業地区の為、住宅がほとんどない。だから社会人が多かった。駅から少し離れた場所に車を停めエンジンを切る。
そして、いつものようにおでこにキスをする。
目頭が熱くなるのを感じ、
急いでシートベルトを外す。
ドアを閉め、
窓ガラスを少しだけのぞき込んで
彼に手を振る。
「ありがとう」
隼人はにっこりと笑って頷く。
わたしも精一杯の笑顔でほほ笑えんだ。
私が歩きだしても車のエンジン音は聞こえてこない。
いつもなら、ここで振り返って手を振るけど、今日は無理。ごめんね。
我慢していた涙が頬を流れてしまったから。
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化粧直しを済まさせ恐る恐る教室へ入る。一斉に皆がわたしを見た。まただ。この視線いつまで耐えられるかわからない。と思っていたら、その視線は後ろへと移動する。
キャ!という騒めきがおこる。
みんなが後ろをみている。
わたしは、振り返らずにそそくさと端の席に座った。良かった的が外れた。リュックから、そーっと教科書を取り出す。
「どうしたの?大丈夫?」
「なに!喧嘩したの?」
「ほんとだ、痛そう!」
「ねぇ、どうしたのよ?」
みんなが取り囲むその先に、アイツがいた。樹だ!
「ねぇ、ほんとに大丈夫?」
「あぁ、友達とふざけていたらお互い本気になっちゃってさ。」
「うそでしょ。その人酷い!」
「でも俺もボコボコにしたから。お互い様かな。」
彼は笑って話す。
なんなの?どういうこと?
「でも、これ痛そう。。」
「あー、これ。そいつの友達が加勢してきて殴られたんだ」
「なに2対1なの!卑怯だよ。」
「うん、でもこの1発だけだったし。大丈夫だよ。」
「全然大丈夫じゃないじゃん!」
「痛そう!!」
友達が加勢?一発だけ?まさか・・・・わたしは急いでメールをする。携帯が鳴り恐る恐る画面をみる。そんな、、ありえない。どうして、そんな事になったの?
樹は陽介の中学の友達だった。
あの日、陽介は偶然見ていた。
私たちのことを。
私が走り去ったあと、樹と喧嘩になったこと。かなり殴り合ったらしく、陽介も傷だらけだという。そして、その知らせを知った隼人が駆けつけ樹を思いっきり殴ったと・・・うそ・
・・・噓でしょう。
隼人は全部知っていたんだ。
何もかも知っていたんだ。
私が落ち込んでいることを知って迎えにきてくれた。全部知っていた。だから彼は「大丈夫だから」と私に言った。どうして、どうしてそんなに優しくするの。怒って罵ってくれればその場で謝ることができたし、しばらく会わって言い放ってくれた方が反省できたのに。何をバカなこと言ってるんだろう。
悪いのは私、そんなの百も承知だ。ただやるせなくて・・・苦しくて申し訳ないこの気持ちをどうすればいいの。知ってて何も聞かない彼にわたしはどう接したらいいの。
胸が苦しくなる。
すべて知ってるのに
迎えに来てくれて
優しく声をかけ
キスもしてくれた。
わたしなら絶対に無理だ。
私が隼人なら先に彼を責める。慰めたりなんてしない。そして、彼の過ちだと言い切る。謝ったところできっと簡単に許さないだろう。
なんて器量のないわたし。
わたしはいつも自分勝手だ。彼にふさわしくないのかもしれない。そんな気がさえしてくる。自分が情けなくて、どうしようもなく悲しくなる。
広げた教科書をバッグに戻す。
周りが私を見て何を囁こうとその時の私には関係なかった。急いで教室を出る。
廊下ですれ違った講師に会釈をする。
そして迷うことなく
その足は医学部へ向かっていた。
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沖縄を舞台にした小説です。H大学は架空の大学です。
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