No.6 優しさと罪悪感のキス
image
 

ノックがした。お母さんがドアをあける。

 

 

 

「さゆり、ご飯たべて」

 

「食べてきたから、いらない」

 

 

 

嘘をつく。ドアが閉まる音がした。

 

わたしは、反対側を向いていた。今振り向いたら、真っ赤な顔が見つかってしまう。泣いていたことがばれてしまうから。

 

 

もう、嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでこんなことになったのだろう。

何がいけなかったのだろう。

 

 

理由がわからない。

分かっていることはキスされたこと。頬とはいえキスはキスだった。私に隙があったからだ。

 

 

 

あんなことされるなんて・・・考えてもいなかった。何も考えたくない。

 

 

 

 

 

でも、このまま隠し通せるの?

 

もし誰か見ていたとしたら?噂になって、最悪は大学にも行けなくなるの?そんなの嫌。何よりももし隼人が他の人から聞いてしまったら?どんな言い訳をしようと弁明は無理。謝って許してもらえるのかさえ分らない。

 

 

 

なら、このまま黙っている?

 

 

 

そんなの無理。

わたしの性格で隠し事なんて絶対に無理だ。そんなことするぐらいなら、別の大学入り直してやるわ!

 

 

 

隼人には、急ぎのレポートがあるからと言ってそのまま帰ってきちゃった。あのまま会うなんてまだ心の準備ができてなかった。彼からは分かったと返事があったけど、もしかしてもう知ってるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

眩しい・・カーテンから光がもれている。

 

 

昨日はそのまま寝てしまっていた。

 

時計を見ると5時。

起きなきゃ。

 

目の腫れを取るため氷を取りに行く。まだお母さんは起きてない。もう少ししたら起きてくるはず。急いで部屋へ戻ると隼人からメールが届いていた。朝迎えに行くと書いてある。遅かれ早かれ、彼には言わなきゃいけない。

 

シャワーを終え、鏡の前に座る。

良かった少し引いてきた。

軽くお化粧をして、髪を纏める。

 

 

 

下へ降りるとお味噌汁の香りがした。

 

 

 

 

「ほら、食べて今日隼人君が迎えに来るんでしょ」

 

 

 

連絡あったんだ。。

 

 

 

「うん、7時半に来るって言ってた。」

 

「そう。」

 

 

 

 

 

お母さんはそう言って何も聞かない。わたしの目が腫れていること、分かっているはずなのに。

 

 

 

 

食べ終えた頃、チャイムが鳴った。

 

 

 

「あっ、来たわね」

 

玄関へ駆け出すお母さん。

 

 

 

 

「ねぇ、朝ご飯たべていかないの?」

 

「ありがとうございます。もう済ませてきたので。」

 

 

「いつも言ってるでしょう。迎えに来るときはウチで食べなさいって。」

 

「はい、覚えておきます。」

 

 

「じゅ、車で待っててね。すぐ行くと思うから。」

 

「わかりました。」

 

 

 

 

いつもと同じ会話。普段なら呆れる私だけど、今日はその会話に癒される。

 

靴を履き荷物を取る。

 

 

 

「行ってきます」

 

「お弁当持った?」

 

 

「うん、持ったから大丈夫」

 

「行ってらっしゃい!」

 

 

 

母の明るい声が響く。

私はドアを閉めて車へと向かった。

 

 

 

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

 

 

彼は前を向いたままだった。

シートベルト着けると、車が動き出す。私は意を決して話し出す!・・・つもりだった。私よりも早く彼が話しだした。

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「えっ?なにが・・・」

 

 

「目が腫れてるみたいだから。」

 

まさか、何か聞いた・・・?

 

 

 

「うん、大丈夫。目をこすっただけ。。あのね実は話があるんだけど。」

 

「じゃさ、今日学校終わったらウチで待ち合わせしよう。」

 

「・・・あっうん、わかった。」

 

 

 

話は途切れる。

 

 

 

 

 

 

この空気感

 

嫌だ。

 

 

 

隼人のことが気になる。

 

何が知ってるのだろうか。

 

 

 

 

でも今は何も聞けない。

 

 

 

 

「ゆり?」

 

隼人の優しい声がわたしを呼ぶ。

 

 

 

「なに?」

 

「何も心配するな。大丈夫だから。」

 

 

知ってるの?何のことか聞きたい衝動にかられる。でも、今聞いたら学校へ行けなくなる。

 

私は溢れそうになる涙を抑えるために窓をみる。今泣いちゃダメ。ここで泣くと止まらなくなる。

 

 

 

 

泣いちゃダメ!我慢して!

 

 

 

 

バックから水筒を取り出し、冷たいコーヒーを飲む。大丈夫。

 

 

 

 

 

彼はいつもターミナルまで私を送ってくれた。始発からバスに乗る私のために。この辺りは商業地区の為、住宅がほとんどない。だから社会人が多かった。駅から少し離れた場所に車を停めエンジンを切る。

 

 

 

 

そして、いつものようにおでこにキスをする。

 

 

 

 

目頭が熱くなるのを感じ、

急いでシートベルトを外す。

 

 

ドアを閉め、

窓ガラスを少しだけのぞき込んで

彼に手を振る。

 

 

「ありがとう」

 

 

隼人はにっこりと笑って頷く。

わたしも精一杯の笑顔でほほ笑えんだ。

 

 

 

 

 

私が歩きだしても車のエンジン音は聞こえてこない。

 

 

 

いつもなら、ここで振り返って手を振るけど、今日は無理。ごめんね。

 

 

 

我慢していた涙が頬を流れてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

 

化粧直しを済まさせ恐る恐る教室へ入る。一斉に皆がわたしを見た。まただ。この視線いつまで耐えられるかわからない。と思っていたら、その視線は後ろへと移動する。

 

 

 

 

キャ!という騒めきがおこる。

 

 

 

みんなが後ろをみている。

 

 

わたしは、振り返らずにそそくさと端の席に座った。良かった的が外れた。リュックから、そーっと教科書を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

「なに!喧嘩したの?」

 

「ほんとだ、痛そう!」

 

「ねぇ、どうしたのよ?」

 

 

 

 

みんなが取り囲むその先に、アイツがいた。樹だ!

 

 

 

 

「ねぇ、ほんとに大丈夫?」

 

「あぁ、友達とふざけていたらお互い本気になっちゃってさ。」

 

 

「うそでしょ。その人酷い!」

 

「でも俺もボコボコにしたから。お互い様かな。」

 

 

 

 

彼は笑って話す。

なんなの?どういうこと?

 

 

 

 

「でも、これ痛そう。。」

 

「あー、これ。そいつの友達が加勢してきて殴られたんだ」

 

 

「なに2対1なの!卑怯だよ。」

 

「うん、でもこの1発だけだったし。大丈夫だよ。」

 

 

「全然大丈夫じゃないじゃん!」

 

「痛そう!!」

 

 

 

友達が加勢?一発だけ?まさか・・・・わたしは急いでメールをする。携帯が鳴り恐る恐る画面をみる。そんな、、ありえない。どうして、そんな事になったの?

 

 

 

 

 

樹は陽介の中学の友達だった。

 

 

 

 

あの日、陽介は偶然見ていた。

私たちのことを。

 

私が走り去ったあと、樹と喧嘩になったこと。かなり殴り合ったらしく、陽介も傷だらけだという。そして、その知らせを知った隼人が駆けつけ樹を思いっきり殴ったと・・・うそ・

 

 

 

・・・噓でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

隼人は全部知っていたんだ。

 

何もかも知っていたんだ。

 

 

私が落ち込んでいることを知って迎えにきてくれた。全部知っていた。だから彼は「大丈夫だから」と私に言った。どうして、どうしてそんなに優しくするの。怒って罵ってくれればその場で謝ることができたし、しばらく会わって言い放ってくれた方が反省できたのに。何をバカなこと言ってるんだろう。

 

悪いのは私、そんなの百も承知だ。ただやるせなくて・・・苦しくて申し訳ないこの気持ちをどうすればいいの。知ってて何も聞かない彼にわたしはどう接したらいいの。

 

 

 

 

胸が苦しくなる。

 

 

 

 

 

すべて知ってるのに

 

迎えに来てくれて

 

優しく声をかけ

 

キスもしてくれた。

 

 

 

 

 

 

わたしなら絶対に無理だ。

私が隼人なら先に彼を責める。慰めたりなんてしない。そして、彼の過ちだと言い切る。謝ったところできっと簡単に許さないだろう。

 

 

 

 

なんて器量のないわたし。

 

 

わたしはいつも自分勝手だ。彼にふさわしくないのかもしれない。そんな気がさえしてくる。自分が情けなくて、どうしようもなく悲しくなる。

 

 

 

 

広げた教科書をバッグに戻す。

 

周りが私を見て何を囁こうとその時の私には関係なかった。急いで教室を出る。

 

 

 

 

 

 

 

廊下ですれ違った講師に会釈をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迷うことなく

 

 

 

 

その足は医学部へ向かっていた。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次回、「彼はわたしの薬箱」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

添付・複写コピー・模倣行為のないようにご協力お願いします。毎週水曜日連載。

誤字脱字ないように気をつけていますが、行き届かない点はご了承ください。

 

 

沖縄を舞台にした小説です。H大学は架空の大学です。

実在する場所は、紹介していきます。

 

 

こちらも連載中

 

 

アメトピに選ばれた記事