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図書館で、三浦哲郎の本を借りてきた。「笹舟日記」

若い読者層が少ないせいだろうか、三浦哲郎の文庫はいくつかは絶版となっている。出版の世界は厳しいね。


 三浦哲郎は姉ふたりが自殺。兄ふたりが失踪、とそのショックから失意の時期を過ごした時期が長い。

 次兄の失踪から、大学を休学して実家へと戻り、教師を二年勤める。


 この次兄の失踪はミステリじみたところがある。戦争中は技師をしていたのが

なぜか深川木場の木材会社で専務となっている。弟の生活費だすほどの余裕もある。

 やばい仕事をしているようなことをいってみたりもする。

 実家で資金を援助してもらい、会社をおこすといって行方不明となってしまう。

 

 他の兄弟とは違い、何かをしようとしていた気配がある。野心をもち、世に出ようと図っていた。失踪の原因に謎がある。

 

 次兄失踪で残されたのは父母と姉と哲郎の4人。暗く重い停滞をした空気のなかで、影が薄い印象の姉が知り合いにあたり、琴の教室を開き一戸、二戸、三戸の三箇所で教えることになり、鉄道で移動して、稽古場へと通いはじめる。

 この目の不自由な姉の経済的な援助により、哲郎はもう一度上京をする。

 

 三浦哲郎は1961年に芥川賞を受賞し、作家活動をしていくが、それまでの

間を姉に支えてもらっている。都落ちをして、職を見つけて上京するまでも、世話になっている。


 そして、作品を通しては、目立たず、大人しい印象しか感じないが、この姉が実家を支え続けたのだ。85をすぎるまで、琴の先生を続け、2010年に死去をされた。

 同年の夏の終わりに三浦哲郎も亡くなる。

 自作の構想は「春の鐘」という、この姉を軸として描くつもりだったという。


三浦哲郎の作品は再読だが、以前ははかなげな印象しかしなかった、この三浦きみ子という方に、いまは非常にひきつけられるのだ。


 

 朝から雪が降っている。


「雪は暖かい日に降るんですよ。」 昔、教師が言っていたことがある、そのあと

暖気と寒気の説明をしたようだが、記憶にはない。

 だから、どういう意味の言葉だったのかは、今となるとわからない。言った教師自身も忘れているような、そんな話だ。


 しかし、どういう意味で言ったのだか、雪のことを考える度に考える。

しかし、雪が降る前後の体感温度だとかからすると、やはり雪というのは寒い日に

降ると考えるのがまっとうだ。

 

 その教師がどうしてそういったことを言ったのか、生徒に対して優位性をもとうとしたのではないか、今ではそういったふうに考える。


 さて、その教師の発言を聞いて、他の連中はどう考えていたのだろう。

自分のように真正直に受け止めてしまった人間ばかりではあるまい。

 いろいろな考えがあり、さまざまな人間のタイプがあるのだから、と受け流した

人も多かったように思う。

 言ったことを、ダイレクトに受け止めてしまうか、それを考えて加工してみるか、

それは社会経験の差だったように思う。

 塾に行ったり、家庭教師についてもらったりしていた人たちは、教師の気分のむらだとか、個性をよく把握しており、観察もしていたのだ。

 だから、ちょっと変なことを言っているなと受け止めて、家庭でもそうした意見をチェックをしてみたのかもしれない。

 一般論として、雪は寒い日に降るのだけれど、例外的に暖かな日に降るということもある。だが、普通は、雪は寒い日に降る。

 だから、教師のことばを真に受けてはいけなかったのだ。

 三浦哲郎の「忍ぶ川」を読み返した。

言葉の使い方が平易なものでも、カタカナをもちいて、柔らかな印象を与える、細部にまで配慮した文章で、巧みだと思った。


たとえば、三浦哲郎だと


ことばのつかいかたが平易なものでも、かたかなをもちいて、やわらかな印象をあたえる、細部まで配慮した文章で、巧みだとおもった。


となる。のかな??


 短編集であるが、いろいろなひとがさまざまに語っているので、ネットでそれを読むのは楽しかった。

 ネットのなかには、教科書で読まされ、三浦哲郎の作品など読みたくもないわ、というひともいた。

 確かに、教科書で読まされ、試験問題で解かされては拒絶したくなる気もわからないでもない。

 縄で身体を縛りつけ、無理やりに羊羹を口に押し込まれるようなものだろうか。

 しかし、羊羹がまずいわけではないよね。


 自分が興味をひかれたのは、作品に登場する二人の人物。

小説の世界と現実とは異なるのは承知だけれども。

まず、彼の妻

 三浦哲郎はミステリが好きで、結構な量を読んでいたらしいが、困窮した生活を送り体調を崩して臥せっていたときに、内職の収入でエラリー・クィーンを買ってきてくれた。のだそうだ。本の中にはでてこないエピソードだが、困窮をした生活をしていても、不満を口にしたり、いらだったりしない。

 こういうひとのそばにいると、心は落ち着いたものになるだろう。


そして、彼の姉

呉服店を営んでいた実家は次第に傾くが、病弱で目の悪い姉が琴の教室を開くことで立て直す。教室は三箇所に開いた。

 都落ちをした三浦哲郎の生活も一時は彼女が支えた。

 雪国で長年月にわたり、琴を教え続け、母親が亡くなったあとは一人暮らしを続けていた。2010年の3月に孤独死をする。

 同じ年の8月に三浦氏も亡くなるけれど、その直前のインタビューで、その姉を主人公として作品を書きたいと抱負を語っていた。

 地味で静かであるけれど、内側に芯をもっていた人。

 次の日のために米が研がれて釜に入っていたという。

 

資産465000円。

日経レバレッジETFのリバウンド取り、利益を確定。
矢作建設のデイトレ空売り 

どちらもそれほど儲からず。
引け際で空売りのポジションを建てておく。




門倉貴史はテレビでいじられキャラをやらされていたが、エコノミストであり、日本の地下経済の規模を算出したり、現在の経済問題を明解に説明できるひとである。


 その彼の本を読んでいた。

いわくIT技術の発達により、IT技術をつかいこなせる人の賃金はあがり、そうでないひとの賃金は下がる。これが世界的な所得格差の拡大の原因である。

 所得格差はアメリカ、中国、韓国、日本、ヨーロッパ、ブラジル、と全世界で進行をしており、経済がインターネット網で結ばれてしまった現在、それを逆戻りさせることはできはしない。

 所得格差と拡大の是正はきわめて困難ということだ。


 ポーの短編、「メエルシュトレイムの底へ」では、主人公と兄は大渦巻きにとらえられてしまう、兄はなすすべくもないが、彼は知恵を働かせる。

 渦に巻き込まれる速度が物の形によって異なることを観察する。

 渦に捉えられた状況は変えることはできない、しかしその状況を分析し、計画し実行にうつすことで災厄から逃れる。


 世界の所得格差が拡がっていくのを変えることは不可能である。ならば、その渦にまきこまれないようにするにはどうすればいいか。

 嘆いていても、状況は変えられない。祈っていても状況は変わらない。


 インターネット技術を逆手にとり、自分を優位な方向にもっていくことを考えてみよう。

 ネットビジネスは顧客に対してのダイレクト販売が可能だが、他者との競合をせねばならない。在庫の問題が起きると収益は悪化をしてしまう。


 トレードはどうだろう。自分の今の手法をブラッシュアップして、もう少し洗練した

方法にまとめあげる。時間軸を短くした短期売買に徹してみる。


 こんなことを考えたのは、たむろしているKIDSをみていて、感じるところがあったからだ。短いサイクルの特徴的な笑い声をあげて仲がいいけれど、仲間意識を

共有し自分の属する集団を確認しあうという習性行動に見えてしようがなかった。

 自分の会社のひとでも、夜遅くまで部屋で語りあかしたりしているけれど、

そうした集団行動はポーの「メエルシュトレエムの底へ」の主人公の兄のように

状況に甘んじているひとに思えたからである。


 しかし経済変動の進行は止められないのだ。



 

資産446280

売り込まれた銘柄を買いにいったが動かない。


自分のトレードパターンについて、あれこれと考える。


持ち株は繰越し。
 いろいろとトレードをしたが、引け間際にオールリセットしてノーポジションとした。

 アコーディアゴルフ 花王 豊田合成

 保有ポジションはなし。

 資産 449000円

 
今年は、一人旅として海外旅行をする。そういう目標を掲げた。

 途方もない夢をもて。そのひとつである。どこに行くのかも決めてはいないのだが。

 一人旅というのは、前回に4人旅行をして、ひとによってずいぶんと違うものだと
感じたからだ。

 絶えず、ケチをつけるひとがいる。ケチをつけて、自分の薀蓄を語るのだが、日本でもそういった感じだし、海外でもそのスタイルが変わらないのだ。
 しかも、行く前にやっぱりやめるとか迷っていた。すっきりとしないのだ。
 そのために飛行機予約が遅れてしまった。昼便がとれなくなってしまった。

 飛行場についたところで、別便のメンバー待ちである。現地集合でもよいじゃないか。

 しばらく滞在すると、別のひとが日本食を食べたいと言い出す。こっちがいいかな、あっちがいいかなと迷う。
 迷うのはいいんだけれど、こちらもそれに付き合わないといけない。

 いちいち、輪になって、どうするのかと話合うのだが、主導権を握りたがるので合わせなければならない。

 そんなこんなで、もう絶対に次には一人旅だと決めたのだ。
昨日は医者にいってきた。予約をしていたのと薬がなくなったので処方してもらう必要もあった。
 もう一件も済ませたかったが、さすがに時間がなかった。

 医者では睡眠時間が全体的にずれこんでいることと、もう少し長くとることを指摘された。
目標としては6時間。

 医学的には、人間の身体は夜眠り、昼に行動するようにつくられており、夜に精神が活発に
なったりするようなことは錯覚なんだそうだ。
 睡眠時間も短いと寿命に影響をしてくるということである。

自分では意識しなかったが1月20日から、ひどく睡眠が短くなっていた。

もう少し、早く眠り、起きることを心がけたい。

 三浦哲郎の小説は好きで、多くはないのだけれど、集めていた。

ミーハーなので映画の「忍ぶ川」もレンタルをした。これはなかなか出来のよい映画だった。主人公が老成して立派すぎるけれど、名作だ。


 読み出したきっかけは忘れてしまったけれど、雨の日に文庫本を購入をした記憶がある。

 

 教科書に短編がよく取り上げられている、と知ったのはつい最近のことだ。


 三浦哲郎の文章を読むと、かちりとピントの合った映像を想起することができる。

 なるほど、言葉というのはこういうふうに使うものなのか、そういう文章なのだ。自然だけれど技巧的。


 書店では見つけれなかったので、図書館で一冊借りてきた。

ひさしぶりに読む文章だけれども、自分にはしっくりとくる。