大震災の後で人生について語るということ/講談社

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橘玲氏の著作はよく読んでもいるし、影響もされている。
氏の主張は経済リスクに対して人はもっと選択肢をもつべきだ。というものだが、
東日本大震災で多くのひとがなすすべもなく、地震に破壊をされ、原発破損の危機におびえるのを観て、呆然としたのだそうだ。
多くのひとは危機に対して、選択権などもっておらず、ただただ運命を許容するしかない。
「自分は選択肢についての本を書いてきたが、それは絵空事にしかすぎなかったのだ。」
震災で超長期の振動を自分も体感をしたが、メディアを通じての報道にはフィルターがかけられており、いまひとつ実感できなかった。
震源から離れていたからだろう。
震源に近い首都圏や震災地の恐怖感は大変なものだったようで、消えない記憶として刻まれてている。
だが、その一方で橘玲氏のいう「選択肢」を行使した人たちは少数ながらいた。
まず、ネットビジネスをしていたひとだが、放射能拡散危機のなかで沖縄へとさっさと移住をしてしまった。インターネット環境さえあれば首都圏にいる必要はないからだ。ビジネスの拠点を移すだけでいい。
それと株取引で生計を立てている専業トレーダーの何人かは名古屋や大阪のホテルへと移動をしていった。原子炉破損がどういった状況をもたらすのかわからなかったからだ。
わが身の保全を図り、インターネット環境の整った場所へと移り住んでしまった。
危機の際に勤務地や居住地に縛られずに、遠方へと移動をしていった人たち。
状況が安定を取り戻した今からすると、こうした人たちの行動はあわてふためいた道化じみた態度のように感じられる。
しかし、彼らはそのときの状況で選択行動をしたのであり、行動することができたのであり、運命の前になすすべくもなかった人たちとは異なっている。
こうした人たちの存在には驚かされた。