邸永漢の本を読んでいる。氏は台湾人の父親と日本人の母親との間に生まれ、台湾で育つ。
日本の東京大学で学ぶ。
この期間のことを「植民地の青年に教育を受けさせるとろくなことはない。必ず飼い犬に手をかまれる。」と言っているのは面白い。日本で差別を受け、戦争が終わった頃には反日政治青年になり、台湾へと帰国するが、台湾ではもっとひどい目に合うことになる。大陸から台湾にきた外省人と内省人との摩擦、暴動と弾圧。彼は亡命をして香港へと逃げる。
同じく政府に反旗をひるがえした人たちは捕まって、牢獄へと入れられた。
このとき素早く行動をできたのは、自分の行動を自覚していたからで、その意識の差が運命を分けたのだと言う。なんとはなしの正義感から行動をしたひとも多かった。
その後の香港の貿易の仕事で利益をあげ、やがて日本にきて直木賞をとり、作家活動にはいる。日本の復興を予見して「お金儲け」の本を書き続ける。
日本人作家と比べると、異なった視点から日本を見つめており、外国人の立場から日本人の読者にたいして本を書いた。
いくつかの本を読んでおり、影響も受けている。
氏の頭の中にはいつも世界地図があり、アジアの各国とのつながりを気にしていたのではないだろうか。
中国という国を過大評価しすぎているように感じられるが、中国人の発想としたたかさには
実感をするところが多かっただからだろう。
氏は講演活動で日本全国を移動し、さまざまな法則性を感じ取っていた。お金が動くところに人も動く、地方の時代は終わってしまい、家業を継いで行く時代も過去のものになってしまっている。なぜなら、生まれた故郷で思い切った行動はできないから。町で成功をしている人はほとんどが他からの出身者である。
邸永漢は「お金」の本を書いたので、文壇からは低く見られたらしい。「直木賞をあげたのは間違いだった。」とも言われた。
他の作家には苦手な税金、株式、海外投資のジャンルに手を広げ、多数の著作を世にだした。
個人と経済との関わりというのは普遍的なテーマでもある。
出版不況が続いているなかでの作家も、出版業界という経済が縮小すると、生産活動は強い影響を受けることになる。
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