ガス自殺少女とチュ-リップ切りおじさん | てざわりの記憶

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その記憶。

集合住宅での硫化水素によるガス自殺を行った中学生の少女のニュ-スが流れていた。

ガスはもちろん気体なので部屋を抜け出し、近所の方々の部屋に入って、入院する方々も出たようだ。

不幸中の幸いにして重症にいたるほどの方は出なかったようだが、とばっちりとはいえ中学生の少女が企てた自殺に複雑な感情を覚える方々も多かったことだろうと思う。

本人はドアに「ガス発生中」の張り紙をして、風呂場に倒れていたという。

制服姿で倒れていたことはとても示唆的なことだとおもう。

まさかご近所の皆様を無理心中に誘ったとは思えないが、わざわざ張り紙を出したことや制服を着ていたことなど、どこか彼女の抱えた寂しさが伺えるような気がして切ない。

「中学生にもなれば少し考えれば、こんな結果になることは・・」なんてコメントも見られたが、この人は「今考えると、あの時なんであんあバカなことをしたのだろうか」という後悔は一切ない人生なのだろうか。

普通の状態でさえそうなのだから、いわんや自殺をするような精神状態においておや。

そんなことを考えながらニュ-スを見ていると、防犯カメラに移った「チュ-リップ切りおじさん」の話題をやっていた。

公道におかれたチュ-リップの花を、手持ちの傘のようなもので次々となぎ払っていくサラリ-マン風のおじさんの姿が、防犯カメラにかなりはっきりうつっていた。

何が気に入らないのか知らないが、そういう方法で自分の感情を表すのはちょっと幼すぎるような気がする。

でも・・・・。

風呂場で一人寂しく死んだ彼女も、このくらい厚顔無恥な人物であったなら死なずにすんだだろうか。

自ら死を選ぶ人間は、皆どこかまじめだ。

そう考えると、余計に切ない。