
また、50Dも大金をはたいて修理。
フルサイズとしては安かった6Dに決め、2.8の24-70とズームレンジも同じなのにIS付きのF4が小型軽量であることにひかれ同時購入。
私は機材に関わるレビュー記事を信じないし数値データだけでこれはどうだとか判断する心も持っていない。
6Dの全てを使いこなしてはいないが、今必要な性能は引き出している。
手にとって被写体にレンズを向け、自分なりに特性をつかんでいく。
つい最近も24-70F4のレビュー記事で何やブツブツと書いてるのがあったが知らんがな、んなもの。
必要な機能を使いこなして作品を作ったり金を稼ぐための仲間、それがプロの機材。
2.8L気4LISの2本を使いこなし、それぞれの個性を引っ張り出して。

開催地も期間も決まり、今はそれのための写真をまとめているところ。
本当にしたかったことを、いつもの自分らしく。
感じた心を被写体に預けて。
もうその頃には雪の無い札幌へ、大好きな写真を大好きな真っ赤な車に載せて。

のんきな息子と懐の痛まない両親は楽しげです。
私はカラのペットボトルに水道水を詰めて、長ーい旅に出るのです。
いつ終わんの?ときかれても幸せが続く限り終わらんのさ、と答えるのです。
さてと!行こか。
地元、旭川の冬まつりも今日で終わり。
寒くて面倒なので家の近くから花火観賞。
寒くて面倒なので家の近くから花火観賞。
んで、あちこちでアイスキャンドルやスノーキャンドルで街を着飾っているので我が家でもやってみた。

ボコボコって雪に穴あけて加工したろうそくを埋め着火。
予算少なく大量生産向きのスノーキャンドル。
2年前にも同じ事書いたが、今回はその手軽さがまた違うのだ。何が違うのかは寒くて写真に撮っていないのでまた今度。

しかしいつの頃からか彼らの歌を聴かなくなり興味も薄れていった。
プロのカメラマンになりたくて独学で写真の基礎を覚え本格的に写真芸術を学ぶために専門の大学へ進学。
学生の作品にショックを受け、穴があくまで見て研究し取り込んでいった。
今思えば担当教官の写真はあまりにも高すぎるところにあり、真似しようにも出来なかったのかもしれない。
人生の寄り道をせずに最短距離でプロのカメラマンになろうと決めた。そこで短い修行時代をすごし、本当の目標であったフリーランスの道へ進んだ。
転職も副業も経験せずに写真で飯を食って20年程が過ぎた。
今もまだ夢はあるのだが、自分の在り方についてはずーっと悩み考えていた。
アルフィーの歌を聴いていた頃「こんなカメラマンになりたい」という夢があった。
今、「どんなカメラマンであるべきか?」と考える。
フィルムがメモリーカードに変わっても技術と経験とセンスがなければプロとして長くは続かない。
デジカメがあれば誰でもきれいな写真を撮ることは出来るかも知れないが、写真で飯を食い続けることは出来ない。画像処理でミスを克服することは出来てもレリーズ前に未来を予測することは出来ない。
そして驕りや根拠のない自信はいらない。
40も過ぎると人はふた手に分かれていく。
僕はアルフィーを聴きながら夢を追いかけていたあの頃と、何も変わらずここにいる。
自分の写真で人の心を動かしたい、それを仕事にして飯を食っていきたい。
取り返しのつかない向こう側へ行ってしまった者達を笑うこともせず、僕は毎日自分らしく。
優しい自分の、その感じた気持ちを被写体に預けて。
どんな時もここにいるから、だから僕はね、僕でいられる。
どんな時でも写真は撮れる。
いや、どんな時でも撮れなければならない。
自分が本当にしたかったこと。
ここ数ヶ月、ずーっと考えていた。
でも答えは同じだった。
感じた心を写すだけだった。

豪雪の中撮影へ。待ちの間、交錯する気持ちを味方につけて。
西日に目を細め郵便物とカメラを手に散策。
「斜陽」をテーマに往復の道のりで何が撮れるのか、やってみた。






最後のはちょっと「帰りがけの一枚」的で左手の処理が雑だったな。
普段はあまり書かないのだが、撮影機材データ。
Canon EOS30D
RMC TOKINA 35mm F2.8 forM42
絞り優先 F5.6 RAW→JPEG
過剰な画像処理無し。
M42のTOKINA35mm
段々と使い方がわかってきた。






