God Eater The Last Rage第9話
9月15日
欧州上空
白い雲を割りながら、一機のヘリが飛行していた。
機内は振動でかすかに揺れ、エンジンの低い音がスズの胸へ響く。
パイロット「スズ隊長、聞こえますか。…もうすぐ本部に到着します。」
スズは座席のベルトを押さえ、深く息を吸いこんだ。
スズ「……はい。ありがとうございます。」
彼女の声は落ち着いているが、指先はわずかに緊張で強ばっている。
窓の外には果てしない雲海。
その向こうに、フェンリル本部の巨大な輪郭がゆっくりと姿を現しつつあった。
スズ(…本部。どんな場所なんだろう……リヴィやソーマさん元気かな。)
胸の奥で、緊張と期待が入り混じる。
極東で支えてくれた仲間たち。
そして、本部で待つ新しい任務。
スズはそっと拳を握りしめた。
スズ(よし……私ならできる。しっかりやらなきゃ。)
ヘリはさらに高度を下げ、欧州の大地がゆっくりと迫ってくる。
その表情は不安よりも、未来への小さな勇気に満ちていた。
ーー本部近郊
作戦エリア
アラガミ討伐任務・開始直前
乾いた風が吹き抜け、荒野の地面が砂煙を巻き上げていた。
サバタは呪刀を肩に担ぎ、舌打ちしながら前方の霧をにらむ。
サバタ「……で、今日は何を斬りゃいいんだ?」
リヴィは端末を確認しながら淡々と返す。
リヴィ「任務内容ぐらい自分で確認しろ。……まったく。」
サバタ「いちいち細けぇんだよ、お前は。」
いつも通りの応酬。
だが、リヴィの意識は会話よりも、サバタの立ち位置と距離に向いていた。
近すぎる。
無意識のうちに、数メートル後ろへ下がる。
露骨にならないよう、ごく自然に。
それでも二人は同時に神機を展開し、迷いなく戦闘態勢へ入った。
その瞬間、地鳴りのような咆哮が響く。
ズゴォォォォン!!!
砂煙の奥から姿を現したのは――
赤い刀身を体内に持つ竜型アラガミ、ハンニバル。
さらに左側では、戦車アラガミ・クアドリガが鋼の車輪を軋ませながら突進してくる。
リヴィ「……同時に二体。厄介だな。」
視線は敵を捉えながらも、意識の端ではサバタの動きを追っていた。
サバタが一歩、前に出る。
サバタ「ちょうどいい。暴れ足りなかったところだ。」
リヴィ「バカ、突っ込むな。連携しろ。」
だがサバタは振り返らない。
呪刀が低く唸り、まるで孤独を歓迎するかのように光を帯びる。
ダッ!
サバタ「知るか!!」
リヴィ「……本当に聞かないやつだ。」
舌打ちしながらも、リヴィは即座に判断を切り替えた。
リヴィ(......近づくな。だが、離れすぎるな。)
彼女はハンニバルの正面から半身ずらし、サバタの進路と交差しない角度を選ぶ。
結果として、サバタの背後には立たない配置になる。
リヴィ(……近すぎれば、あの刃は鈍る。)
意識的に距離を保つ。
共闘の形を取りながら、決して“背を預けさせない”位置。
サバタには、ただの援護に見えるはずだ。
リヴィ「しょうがない……援護に回る。」
ハンニバルの剣閃が赤い軌跡を描く。
同時にクアドリガの車輪が地面を抉り、砂礫が宙を舞う。
そのど真ん中へ、サバタは躊躇なく突っ込んだ。
リヴィは一瞬、呼吸を整える。
踏み込みたい衝動を抑え、距離を維持する。
呪刀の間合いに、入りすぎない。
パンッ!
正確な銃撃がクアドリガの側面装甲を撃ち抜く。
だが追撃には入らない。
サバタが単独で仕留められる位置まで、あえて待つ。
リヴィ(……孤独なほど、冴える刃。)
サバタの動きは、目に見えて鋭い。
踏み込みに迷いがなく、切っ先が寸分狂わない。
それを理解しているからこそ、リヴィは踏み込まない。
ハンニバルの咆哮が再び響く。
リヴィは横へ回り込み、敵の注意を分散させるが、
決してサバタの背後には立たない。
リヴィ(気づかれないように……。)
この距離、この立ち位置。
すべては、呪刀の性質を刺激しないための選択だ。
サバタはただ、前だけを見て斬る。
その背中を、一歩引いた場所から、リヴィは黙って支え続けていた。
息の合わないようで、奇妙な均衡を保った戦闘が、荒野に火花を散らしていく。
呪刀の孤独を壊さぬように。
サバタの強さを、削がぬように。
そのことを意識しているのは――
この戦場で、リヴィただ一人だった。
ーー欧州某所
廃都市・地下シェルター跡
薄暗いコンクリートの地下室。
天井の配管から水滴が落ち、鉄の匂いが広がっている。
古びたランプの明かりの下、複数の影が円卓を囲んでいた。
その中心に立つのは、黒い髪を無造作に伸ばし、褐色の肌に鋭い眼光を宿した男。
部下たちは背筋を伸ばし、男の一声を待っている。
リーダー「……サンプルの状態は。」
部下A「はい。昨日確保した子供三名、生命反応は安定しています。」
リーダーはため息のような、笑いのような、掴めない声を漏らす。
リーダー「安定か。……それは困る。」
部下たちが息を呑む。
リーダー「"強化薬"の完成には犠牲が必要…そう言ったよな?」
部下B「は、はい。ですが……これ以上の刺激は、命に関わる可能性が──」
リーダーの視線がわずかに動いた。
それだけで、部下の声は震えて止まる。
リーダー「構わない。必要なのは才能だ。命は……その次だ。」
部下たちは背筋を凍らせたように黙り込む。
リーダー「で……聞いたぞ。本部近郊の居住区には面白い噂があるらしいな。」
部下A「はい。非公式ですが……“高い適合率を示す可能性がある少女がいる”との情報が。」
部活B「そこは先日アラガミの襲撃に遭い、その復興作業員として紛れ込んでいるメンバーからの情報です。」
リーダーの口角が、静かに上がった。
リーダー「本部のすぐそばか。…いいじゃないか。
フェンリルは自分たちの庭から人が攫われるとは思うまい。」
リーダーはゆっくりと手袋をはめ直す。
リーダー「次の標的はそこで決まりだ。紛れ込んでる奴に拉致させろ。必要ならお前たちでサポートしてやれ。」
部下B「了解しました……!」
部下C「ですが、フェンリル本部近郊は防衛が堅く……神機使いも多数います。リスクが──」
リーダーは部下の言葉を遮るように、円卓にコツンと指を置く。
リーダー「俺たちが狙っているのは“特別な子供”だ。リスクのない獲物など、存在しない。」
部下たちは沈黙し、やがて一斉に頷いた。
リーダーはゆっくりと背を向ける。
リーダー「……連れてこい。成功例になり得る子供を。」
その背中には、静かだが底知れない狂気が宿っていた。
リーダーは赤いペンを取り、フェンリル本部近郊の外部居住区を丸で囲んだ。
リーダー「...強者のみが生き残ればいい。」
水滴の音だけが響く地下室で、最悪の計画は密かに動き始めていた。
ーーフェンリル本部近郊
外部居住区
瓦礫の撤去作業が続く中、今日も復興作業が続いていた。
ルナ「よいしょっ……これ、向こうに運ぶんだよね!」
元気な声が響く。
ルナは小さな体で、壊れた木材や資材を抱えて走り回っていた。
作業員A「ルナ、無理すんなよ。重かったら言え。」
ルナ「へーき!わたし強いんだよっ!」
作業員B「はは、頼もしいな。」
ルナは笑い、また別の資材へ駆けていく。
その少し離れた場所。
作業員の格好をした男が一人、手を止めたままルナを静かに見つめていた。
男は帽子を深くかぶり、周りと同じ作業服を着ている。
しかしその視線だけが、復興の温かい空気とは明らかに違っていた。
誘拐グループの男(小声)「…今日もいるな。」
ルナが大人たちに笑顔を向けたり、資材を抱えたりしている様子を、男は精密機械のように観察する。
男(…健康状態……精神の強さ。全部条件に合ってるな。)
腰の通信端末が一度だけ震える。
男はポケットに手を入れ、何気ない仕草で通知を確認した。
端末には短いメッセージ。
《ターゲット確定。“今日中に実行せよ”。》
男の口元がわずかに歪む。
男「……リーダーの指示は絶対だ。」
遠くでルナが楽しそうに笑っている。
ルナ「これも片付いたよー!次はどれ運ぶ!?」
作業員A「すごいなルナ……助かるよ。」
ルナ「えへへー!」
その無邪気な声に、男はわずかも表情を動かさない。
男(さて……実行に移すか。)
男の靴先が、砂利の上で静かに音を立てた。
その音は誰にも聞こえず、気づく者もいない。
ルナに忍び寄る影。
男「....ルナちゃん。少し手伝ってくれるかい?」
ルナ「うん!いいよ!」
その悪意に気づく者は――まだ誰一人としていなかった。
ーーフェンリル本部近郊 屋外実験場
午前11時55分
日差しが輝く空。
その下に、巨大な金属柱と無数の装置が円形に並んだ実験フィールドが広がっていた。
その中心に、イエスタとジョサイアが立っていた。
白いコートが風に揺れ、二人の顔には抑えきれない興奮が浮かんでいる。
イエスタ「……ついに、この瞬間か。」
ジョサイア「長かったな。だが、我々はやり遂げた。全エリアの装置も正常。故障反応ゼロだ。」
イエスタは腕時計に目を落とす。
11:55。
あとわずか5分で、世界が変わる――二人はそう信じきっていた。
イエスタ「……ソーマ博士は最後まで渋い顔をしていたが、成功してしまえば彼の慎重さも杞憂になる。」
ジョサイア「成功した瞬間、彼も理解するだろう。我々の理論こそが、人類を救う唯一の光だとな。」
実験装置のモニターには、各地に配置した計測機械のデータが浮かぶ。
波形は奇妙なほどに安定していた。
ジョサイア「問題なし。制御フィールド反応……良好。"模倣聖域"の座標も同期済み。」
イエスタ「完璧だ……完璧すぎるほどだ。」
ジョサイア「ふふ、これはもう成功したも同然だな。」
空気に緊張が満ち始める。
モニター表示がカウントダウンを始めた。
11:59:50
11:59:55
11:59:58
二人は息をのむ。
そして。
12:00を示した瞬間。
巨大装置の中央に赤い文字が浮かび上がる。
《ラグナロク計画 起動実験:遂行》
ゴオオオオン...
装置の心臓部が低い唸りを上げ、地面が震える。
周囲の金属柱が光を放ち、空気がピンと張りつめるように震動した。
ジョサイア「……始まった!第1フェーズ、問題なし!」
イエスタ「出力安定……パラメーター変動5%以内!よし、いける……いけるぞ!!」
二人は本気で勝利を確信していた。
しかし
それはほんの十数秒だけだった。
モニターに、赤い警告が走る。
《異常値検出》
イエスタ「……ん?」
ジョサイア「誤作動か?計測器のノイズだ、落ち着け。」
イエスタは慌てず次の表示を確認する。
だが。
《空気密度 急激に上昇》
《未知の粒子反応 検出》
《安全値超過――警戒値突破》
イエスタの顔から血の気が引く。
イエスタ「……ま、待て。これは……おかしい。
こんな数値、理論上――」
ビビーー!!ビビーー!!
次の瞬間、全実験装置のアラームが一斉に鳴り響いた。
ジョサイア「パラメーターが……振り切れている!なぜだ!?抑制装置は作動しているはずだ!!」
空気がビリビリと震え、耳鳴りが発生する。
目に見えない何かが世界を軋ませているようだった。
イエスタ「バカな……!数値が止まらない……!暴走している……!?」
ジョサイアは必死に端末を操作する。
ジョサイア「緊急停止システム作動……!...作動しない!? なぜだ!!」
画面には無慈悲な文字が走る。
《制御不能!》
《異常現象検知!》
イエスタ「こんなはずじゃない……!安全性は何度も確認した……!」
ジョサイア「理論に間違いなどあるはずが――」
その時だった。
“ゴ……ゴゴゴゴ……”
地鳴りのような、不気味な低音が大地から響き上がる。
空が震え、太陽の光が歪む。
イエスタ「……空が……?」
黒い“霧”が、何もない場所から突然発生した。
最初は細い筋のようだったが、数秒で巨大な渦となり、空を覆い始める。
ジョサイア「こ、これは……!」
イエスタ「あり得ない……ソーマ博士が……言っていた“揺らぎ”が……!」
あの慎重な科学者の警告。
耳障りだと切り捨てた危険性。
それが、今まさに二人の目の前で現実になっていた。
装置の出力ゲージが限界を突破する。
《限界突破!》
《圧力異常!》
《因子反応:暴走!》
ジョサイア「切断しろ!ケーブルを!急げ!!」
イエスタ「無理だ!近づけない!!」
黒い霧はゆっくりと――しかし確実に、実験現場へ降りてきた。
地面の影が伸び、二人の足元を黒く染める。
イエスタ「……嘘だろ……?」
ジョサイア「まだ終われない……我々は世界を……救う――」
黒い霧が二人を包む。
冷たくも熱くもない、しかし明らかに“死”に似た感触。
イエスタ「いやだ……まだ……まだだ……!!」
ジョサイア「こんな……はず……じゃ……」
「ぐあああああ!!!」
二人の叫びは霧に呑まれ、消滅した。
そして。
黒い濁流は静かに、だが確実に広範囲に広がっていった。
――ラグナロク計画 起動実験
この瞬間、全世界に“災厄”が解き放たれた。
God Eater The Last Rage第9話 完