God Eater The Last Rage 第8話




フェンリル本部 


研究棟・深層区画


照明は落とされ、非常灯だけが赤い光を投げていた。


その薄暗い部屋で、イエスタとジョサイアが向かい合って立っていた。


イエスタ「……起動実験の日程について最終確認しておこうか。」
 

ジョサイア「もちろんだ。調整は完了している。外部には通常のシステム点検と伝えてある。疑う者はいない。」


イエスタは静かに端末を操作し、壁に浮かぶ巨大なホログラムを見上げた。


世界地図に複数の波形が点滅する。それは“聖域の模倣領域”を作り出すための座標群だった。


イエスタ「ソーマ博士は反対していたが……まあ、彼は慎重すぎる。」


ジョサイア「実験が成功すれば、態度は変わるだろう。彼は結果に対しては素直だ。科学者というのは本来そういうものだよ。」


イエスタは口の端をわずかに上げた。


イエスタ「そうだな。むしろ――成功の瞬間を見れば、我々の判断が正しかったと理解するだろうさ。」


ジョサイア「計画完遂の日も、もう遠くない。人類は新たな時代へ踏み出す。」


イエスタは端末を閉じ、ジョサイアへ向き直る。


イエスタ「……ただし、ジョサイア博士。くれぐれもソーマ博士にはバレないようにな。」


ジョサイアは静かに笑った。


ジョサイア「当然だとも。彼は鋭い。余計な雑音を与えれば、実験そのものが危うくなる。」


イエスタ「だからこそ、成功させる必要がある。彼の疑念を黙らせるためにもな。」


二人の顔には、不気味な余裕の笑みが浮かんでいた。


その部屋の空気は、確かに静かだった。


しかしその静けさは、嵐の前に訪れる“異常なまでの静寂”に似ていた。






ーーフェンリル極東支部



午前9時 ヘリポート


晴天の下、ローターの回転音が低く響いていた。


大型輸送ヘリが、出発準備を整えて待機している。


スズは制服の襟を整えながら、深呼吸をひとつした。


サカキ「スズ君、忘れ物はないかい?」


スズ「はい。大丈夫です、博士。」


サカキは穏やかに笑いながら頷いた。


サカキ「向こうでは大変なこともあるだろうが…君ならやれるよ。」


そこへブラッド隊の仲間たちが駆けてきた。


ナナ「隊長ー!お菓子持ってきたよ!」


スズ「いや、それは大丈夫かな笑。」


ロミオ「寂しくなるなぁ……!いや、すっげぇ寂しい!!」


ギル「うるせぇよロミオ。……まあ、気をつけて行けよ、スズ。」


シエルは小さく会釈した。


シエル「向こうの任務、成功を祈っています。ブラッドの方は任せてください。」


スズは微笑んで頷く。


スズ「みんな、ありがとう。すぐ帰ってくるから。」


そこにアネットが勢いよく手を振りながら来た。


アネット「スズさん!本部から帰ってきたら、また一緒に任務行きましょうね!」


スズ「うん、アネットさんも極東の任務がんばってね。」


そして――最後に、やかましい声が響いた。


エミール「おおお!スズ殿ッ!!我が高貴なる門出の祝福を受け取るのだ!!」


ブラッド全員「うるさい!!」


エミール「!?」


スズは苦笑しつつも、少しだけ肩の力が抜けた。


ヘリの搭乗口が開き、パイロットの声が響く。


パイロット「スズ隊長、搭乗をお願いします。」


スズはみんなを振り返る。


スズ「……行ってきます。」


ナナ「いってらっしゃーい!」


ロミオ「気をつけて!」


シエル「ご武運を。」


ギル「早く戻ってこいよ。」


アネット「応援してます!」


エミール「全人類の希望となれー!」


サカキは静かに見守りながら、ひとことだけ呟いた。


サカキ「……いってらっしゃい、スズ君。」


スズはヘリへ乗り込み、扉が閉まる。


ローターが加速し、朝風がヘリポートに巻き起こった。


やがて、機体はふわりと浮き上がり、ゆっくりと空へ昇っていく。


仲間たちの姿が小さくなる中、スズは胸の前で拳を握った。


スズ(……必ず、力になってみせる。)


こうして、スズの本部遠征が始まった。






ーーフェンリル本部近郊



外部居住区


今日も復旧作業は続いていた。


瓦礫の山、折れた鉄骨、焦げた建材……昨日よりは片付いてきたものの、被害はまだ深い。


サバタは退屈そうに瓦礫をつま先で蹴り飛ばした。


サバタ「……チッ、またクソみたいな調査かよ。」 


リヴィは平然と端末を操作し、周辺の被害データを淡々と集めている。


サバタ「おい監視役。いつまでこんなだるいこと続けーー」
リヴィ「終わるまでだ。(即答)」


サバタ「チッ……答えになってねぇ。」


そんなやり取りの最中だった。


遠くから、聞き覚えのある声がはねるように響く。


ルナ「サバタお兄ちゃーん!!」


速攻でサバタは露骨に嫌そうな顔をする。


サバタ「……うぜぇ。」


嬉しそうに駆け寄って来たルナは、大きな段ボールの剣を両手で掲げた。


ルナ「見て!これママと作ったんだよ!すごいでしょ!」


サバタ「…あーはいはい。」


興味ゼロの声にも、ルナは全くめげない。


むしろさらにテンションを上げて、段ボールの剣を振り回した。


ルナ「えいっ!やあっ!....このフォームどう!?強そうでしょ!」


サバタは面倒そうに目を細めた。


サバタ「0点だな。」


ルナ「えぇーー!?なんでぇ!?」


驚いているのに、表情はとても楽しそうだった。


ルナ「でもね!わたしね!いつかサバタお兄ちゃんみたいなゴッドイーターになるんだ!」


サバタ「……勝手にしろ。」


ルナは嬉しそうににこっと笑い、さらに近づく。


ルナ「わたしがゴッドイーターになったらさ、そのとき戦い方教えてね!」


サバタは肩をすくめた。


サバタ「ふん...気が向いたらな。」


ルナ「やった!約束だからね!」


そして手を振りながら、駆け足で居住区の方へ戻っていく。


ルナ「絶対だよー!!」


そばで端末を操作していたリヴィもそのやり取りが聞こえていた。


リヴィは端末を見たままサバタに言う。


リヴィ「…約束は守れよ。」


サバタ「黙ってろ。」


リヴィはそれ以上何も言わず、調査に戻った。


サバタはそっぽを向きながら、舌打ちしつつもルナの足跡をちらりと見る。


サバタ「……ガキが。」


だが、その声音には昨日より少しだけトゲが薄かった。





ーーフェンリル本部


中央会議室


重く閉ざされた扉の奥、緊張した空気が広がっていた。


ホログラムテーブルには欧州全域の地図が浮かび、複数の赤いマーカーが点滅している。


幹部「……本題に入る。欧州地域で“子どもの失踪事件”が複数確認された。」


別の幹部が資料をめくりながら言う。


幹部「いずれも神機使いと思われる者たちの仕業だという情報が、現地の民間から寄せられている。」


室内がざわめいた。


幹部「神機使いが……子どもを攫っているのか?」


幹部「あり得ん……! そんな行為、フェンリルの理念に真っ向から反する……!」


フェルドマンは腕を組んで黙っていたが、低い声で口を開いた。


フェルドマン「集団は少人数……という報告だったな。」


幹部「はい。本部でも追跡を進めていますが、人数が少ないがゆえ、詳細がつかめていません。」


さらに別の幹部が怒りを抑えきれずに言う。


幹部「いかなる理由があろうと、子どもを攫うなど断じて許されない!」


幹部「神機使いのイメージが失墜しかねない。早急に対処すべきだ。」


フェルドマンは地図に目を向け、静かに言った。


フェルドマン「……いずれにせよ、この件は慎重に扱う必要がある。相手が神機使いなら、戦闘力は高い。一般の部隊では対応しきれん。」


幹部「では……特殊部隊の派遣を?」


フェルドマン「まずは情報だ。欧州支部と連絡を密にし、実行犯の目的を探れ。」


会議室の空気が重く沈む。


幹部「人類の味方であるはずの神機使いが、子どもを……。信じたくはないが……現実だ。」


フェルドマンは短く息を吐き、締めくくった。


フェルドマン「……この件、最優先で追うぞ。」


会議室には、静かで重苦しい決意だけが残った。




夕方


報告室


任務を終えて戻ってきたリヴィとサバタが、砂埃の残る装備のまま入室する。


フェルドマンがすでに待っており、端末を閉じると二人を見た。


フェルドマン「戻ったか。……ちょうどいい、お前たちにも伝えておきたいことがある。」


サバタは座りもせず、壁にもたれた。


サバタ「なんだよ、まだ仕事あんのか。」


リヴィ「....緊急でしょうか?。」


フェルドマンはホログラムを表示し、欧州地域の地図を映し出す。


フェルドマン「……欧州地域で、子どもの誘拐事件が相次いでいる。犯人は神機使いの可能性が高い。」


空気が一瞬で冷えた。


リヴィの瞳が細くなる。


リヴィ「……神機使いが、子どもを……?」


フェルドマン「現地からの報告だ。少人数の集団らしいが、詳細はまだ不明だ。」


リヴィは静かに呼吸を整えていたが、その内側には明らかに怒りの色があった。


普段無表情な彼女の指先が、かすかに震えていた。


リヴィ「……許されない。そんな行為をする神機使いは……排除対象です。」


フェルドマン「本部もそう考えている。情報が入り次第、行動方針を決める。」


一方で、サバタは気のない声で返す。


サバタ「ふーん……勝手にやっとけよ。」


フェルドマンは眉をひそめる。


フェルドマン「サバタ、他人事のように言うな。いつ本部に被害が来てもおかしくない。」


サバタ「だからどうした。俺には関係ねぇ。」


相変わらずの無愛想な振る舞い。


だが、サバタの脳裏には外部居住区の少女、ルナの姿が一瞬よぎった。


(……チッ。ガキのことなんざ、知ったこっちゃねぇ。)


すぐに心の中で吐き捨てる。


リヴィはサバタのわずかな表情の変化を感じたが、何も言わなかった。


フェルドマン「……以上だ。気を引き締めておけ。」


リヴィ「了解。」


サバタ「はいはい。」


二人が部屋を出ていく後ろ姿。


リヴィの足取りは静かで鋭く、サバタはだるそうに歩きながらも、どこか落ち着かない気配をまとっていた。


頭の中にルナの笑い声が聞こえてきて、サバタは舌打ちして振り払った。






リヴィの部屋


シャワーの蒸気がまだ薄く残る部屋で、リヴィはタオルで銀髪を軽く拭きながら鏡の前に立っていた。


白のキャミソール一枚。ん


余計な装飾のない、ただの実用的な部屋着。


戦闘時には一切見せない、静かな生活の表情。


リヴィは服を丁寧に畳んでクローゼットへしまう。


その動きは機械のように規則正しいが、どこか穏やかでもある。


ふと、机の端に置かれた端末が小さく光った。


ピッ……。


リヴィ「……メール?」


画面を開くと、差出人の名前が表示された。


《スズ》


リヴィの肩がわずかに動く。


感情を出さない彼女にしては珍しい反応だった。


メールを開く。


そこには、スズらしいラフな文体が並んでいた。


【リヴィ、元気にしてる?実は任務で本部に行くことになったの!しばらくそっちで働くことになりそう!よろしくね!】


リヴィは読みながら自然と口元が緩んだ。


リヴィ「……そうか。来るのか、スズ。」


画面を閉じ、ベッドに腰をおろす。


濡れた髪から落ちる雫を指で拭いながら、ぽつりと呟く。


リヴィ「……会えるのが楽しみだ。」


彼女の声には、普段絶対見せない柔らかさが宿っていた。






ーー夜11時



本部研究棟


イエスタとジョサイアだけがいる薄暗い部屋。


窓はなく、代わりにホログラムの光が壁面を淡く照らしている。


机の上には、ラグナロク計画の起動実験データが並んでいた。


イエスタ「……よし。解析はすべて完了したな。」


ジョサイアは端末を操作しながら、ゆっくりと笑う。


ジョサイア「うむ。問題なし……と言い切れるほど単純じゃないが、今さら引く理由もない。」


イエスタ「ついに明日、起動実験か。」


ジョサイア「ふふ、ついに大きな一歩を踏み出すというわけだ。」


二人の目は、ほの暗い興奮と期待で光っていた。


イエスタ「ソーマ博士は反対してたが……実験さえ成功すれば、彼の態度も自然と変わるさ。」


ジョサイア「そうとも。慎重なのは結構だが……結果を見れば、彼でも認めざるを得ん。」


イエスタ「ラグナロク計画の完遂の日も、そう遠くないな。」


ジョサイア「ようやくだ。世界の形を作り替える。アラガミの存在を根底から消し去る……これが現実になる。」


イエスタは小さく笑い、ジョサイアの肩に手を置く。


イエスタ「くれぐれも、ソーマ博士にバレないようにな。」


ジョサイア「当然だ。彼は優秀すぎる。余計な詮索をされる前に…結果で黙らせる。」


ピッ


ホログラムに起動日時が表示される。


ジョサイア「……楽しみだな、イエスタ。」


イエスタ「ああ。ようやく……始まる。」


実験の成功を確信していた。


世界中が聖域で満たされる未来に心が躍る。


アラガミのいない世界。


人類全ての悲願が間近に迫っていると信じきっていた。


二人は同時にホログラムへ目を向けた。


薄暗い部屋に表示された、発光された文字。


.......それは不気味な存在感を放っていた。


"ラグナロク計画 起動実験 明日 12:00”







God Eater The Last Rage第8話 完