God Eater The Last Rage第10話







西暦2080年 9月15日




欧州


フェンリル本部区域


空気が――変わった。


ソーマは研究棟の奥で異常値を検知した瞬間、迷わず外へ飛び出していた。


アラガミの気配ではない。


もっと不自然で、もっと大きく、もっと底の見えない“何か”。


外に出た瞬間、風の質が違っていた。


肌にまとわりつくざらついた冷たさ。


息を吸うたびに喉の奥がかすかに痛む。


ソーマ「……この反応、まさか……」

 
ダダダッ。


足音を響かせながら、ソーマは廃都の外縁へと急ぐ。


そのとき、耳元の通信端末から切迫した叫び声が飛び込んできた。


「こちら第8監視塔ッ! 緊急事態です!!」


ノイズが混じり、声が揺れている。


ソーマ「どうした!?」


短い沈黙――そして、震える報告。


「本部上空に……突如として巨大な黒い霧が発生ッ!視界一面に拡大中……ッ!!」








ソーマは走りながら,空を見た。


空が死んでいた。


遠くから、黒とも灰ともつかない濁った壁がゆらゆらとうねって押し寄せてくる。


おそろしく静かで、それでいて耳鳴りのように世界を圧迫してくる。


「な……! 街の輪郭が……消えて……っ!?」


通信の向こうで何かが崩れる音がした。


鉄骨がねじ切れる音。


誰かの悲鳴。


そして――風が吸い込まれるような、世界が削られる音。


「ぐああっ!? 塔の横のビルが……灰になって……!なんなんだこれは!!」


ソーマの目の前でも、高層ビルが一本崩れ始めていた。


まるで内部の支柱を全て抜き取られたように、建物は抵抗もなく傾き、


ぼそっ……


“灰”だけを撒き散らして地面へ沈んでいく。


ソーマ「……こんな現象、あるはずが……」


通信が不安定になり、声が途切れ途切れになる。


「霧が塔に近づいて……塔が……崩壊していく……っ!内部の隊員の反応も次々消失……! 避難ルートも……繋がら……ッ!」


バンッ!


何かが倒れた音。


「だ、誰か……救援を……っ」


――プツン。


通信は、そこまでだった。

 
ソーマは一瞬立ち止まり、拳を固く握りしめた。


目の前の風景が、ゆっくりと、確実に死んでいく。


灰色の壁は広がり続け、赤い稲妻のような光が霧の内部で激しく脈打つ。


世界そのものが、異常な速度で崩壊していた。


ソーマ「……この広範囲の異常現象…あの二人、まさか…起動実験を…!?」


歯を食いしばり、霧の発生源である本部方面へと目を向ける。


ソーマ「あのバカども……!」


怒りでも絶望でもなく、ただ純粋な焦燥。


仲間がいる。


民間人がいる。


まだ間に合うかもしれない命がある。


灰色の風が彼の髪を揺らす。


ソーマ「くそおおおお!!」


叫んだ次の瞬間、ソーマは全力で駆け出した。


崩壊する本部へ。


死にゆく世界の中心へ。


救える命を一つでも多く――そのために。


そのときだった。


ゴオォォォォン!!!


崩れかけた高層ビルの壁面が、まるで内側から抉られたように爆ぜた。


瓦礫と煙を吹き飛ばし、“それ”が姿を現す。


ドンッ!!


巨体が地面に落下し、地面が大きく揺れた。


黒鉄色の甲殻


血のように赤い発光


獣と悪魔を混ぜたような異形の頭部


そして、背に生えた不気味な触手


ソーマ「……なんだ、こいつは……。」


見たことのないアラガミ。


分類すら不可能なほど異質。


その怪物は喉の奥で唸り、次の瞬間――


ズバァァァッ!!






初撃がソーマに迫る。


ソーマは神機で辛うじて受け止め、火花が四散する。


ソーマ「ぐっ……!!」


衝撃で地面が陥没し、ソーマは後方へ大きく跳躍して距離を取った。


着地した瞬間、足がわずかに沈むほどの衝撃が残っている。


ソーマ(……速いし、強烈だ。下手に突っ込めば即死だな。どう戦う……!)


普段の冷静さの裏で、脳が警鐘を鳴らしていた。


そのとき――


「……ひっ……!」


建物の影から、一人の少年が転げるように姿を現した。


10歳ほどの痩せた少年。


恐怖で足が震え、逃げる方向を見失っている。


ソーマ「おい……下がれ!!」


だが遅かった。


怪物が少年に向けて首を向ける。


赤い瞳がギラリと光った。


グルルルル……!


そのまま、少年へ向け――


ドッ!!


加速。


まるで弾丸。


ソーマ「チッ……!!」


ソーマは地面を蹴り、少年に向けて飛び込む。


少年「っ!!」


間一髪――


ソーマは少年を抱えるように突き飛ばし、怪物の一撃を真正面から受けた。


ザシュッ……!!


鋭い痛みとともに、赤い雫が地面へ落ちる。


滴る血。


それはソーマの――左目からだった。


ソーマ「……っ……クソ……!」


視界の半分が赤く染まる。


だが少年は助かった。


ソーマ「行け!!」






少年「は、はいっ!!」


少年は泣きそうな声で叫びながら走り去っていく。


怪物は逃げる少年を追おうとする。


しかし


ソーマがその前に立ちはだかる。


片目を押さえながら、ゆっくり神機を構える。


ソーマ「……よそ見すんじゃねぇよ。相手は……こっちだ。」


怪物が唸り声を上げる。


ソーマは血で濡れた左目を拭い、口元だけで笑った。


ソーマ「……いいぜ。もう少し……遊んでやるよ。」


ゴォォォォッ!!!


怪物が怒号と共に突進。


ソーマも神機を構えて応じた。


灰色の霧の中、未知の災厄とただ一人対峙する男の姿があった。


実際のシーン









ーー欧州上空・フェンリル本部近郊


スズを乗せたヘリは雲を割りながら下降を続けていた。


突然、パイロットが眉をひそめる。


パイロット「……スズ隊長、前方を見てください。あれ……霧か?」


スズは窓に顔を寄せた。


一面の空が……黒に染まっていた。


ただの霧ではない。もやの中で、まるで空間そのものが歪んで見える。


スズ「……何、あれ……?」


ヘリがさらに進むと、黒いの霧の向こう側で異変が起きた。


ビルのような巨大建造物が、灰のように崩れていく。


パイロット「なっ……!? 建物が……崩れて……溶けて……?」


スズ「そんな……!」


ふたりは理解が追いつかず、息を呑んで固まった。


その瞬間だった。


耳を裂くほど鋭い叫びとともに、紫の翼を広げた巨大アラガミが霧を切り裂いて現れた。


サリエルだ。


パイロット「くっ……アラガミ!? 回避する!!」


ヘリが激しく傾く。


サリエルが光弾を何発も撃ち込み、装甲が焼け、火花が散る。


スズもシートに掴まりながら神機を掴んだ。


スズ「神機、銃形態……!」


必死に狙いをつけるが――


ヘリは激しく揺れ続ける。


照準が定まらない。


パイロット「もう持たない!!」


次の瞬間。


サリエルのレーザーが直撃した。


光が走り――パイロットの頭部を貫通した。


パイロット「――」


返事も声もなく、身体が前のめりに沈む。


操縦桿がぶら下がったままヘリは横回転を始めた。


スズ「パイロットさん!! ……っ、まずい!!」

 
高度が一気に失われる。


視界の下には――巨大な湖。


機体が悲鳴を上げながら落ちていく。


スズ「…………っ!!」


シートベルトを切り、扉を蹴り開ける。


スズ「跳ぶ!!」


ヘリが湖面スレスレに差し掛かった瞬間、スズは身を投げた。


直後――


ドォォォォン!!


ヘリは湖面へ墜落し、水柱が空高く噴き上がった。


スズは湖へ落ち、体勢を整え、必死に水面へ浮上する。


なんとか岸に泳ぎ着き、荒く息を吐いた。


スズ「……はぁ……はぁ……助かった……けど……」


立ち上がった彼女の目に飛び込んできたのは――


世界を覆う黒い霧。


どこまでも伸びる、不気味な濁流のような霧が満ちていた。


スズは震える視線で周囲を見渡す。


その中で、遠くに影が見えた。


外部居住区だ。


霧に呑まれかけている。


スズ「…人が……民間人がいるはず……!」


迷っている時間はない。


びしょ濡れの身体のまま、スズは神機を握り直し、荒野へ向かって走り出した。


スズ「とにかく……助けないと!!」


足元の水しぶきが散り、まだ濃度の薄い灰色の霧の中へ吸い込まれる。


スズは災厄の中へ駆け出していった。





ーーフェンリル本部



空が、黒く染まったのではない。


黒い霧が“湧いた”。


それは雲ではなく、煙でもなく、まるで世界そのものが腐食していくかのような、異質な濁流だった。


警報が一斉に鳴り響く。


管制室『上空に正体不明の霧状反応!識別不能!』


本部の巨大な外壁が、ゆっくりと黒い霧に触れ――


次の瞬間、音もなく灰へと変わった。


金属が軋む音すらない。


ただ、存在が消えていく。


その光景を目にした瞬間、本部中に広がったのは、抑えきれない混乱だった。


職員「な、なんだこれは!?」


研究員「建物が......灰に!?」


オペレーター「通信が繋がりません!外部回線、全滅です!」


未知の厄災。


誰も名前を知らない“終わり”。


その中で、ひとりだけ声を張り上げた者がいた。


フェルドマン「慌てるな!!」


怒鳴り声が、混乱の渦を切り裂く。


フェルドマン「医療班!研究班!非戦闘員は即座に地下区画へ避難!!
重役連中は後回しだ、まず負傷者と子どもを動かせ!!」


職員「局長!?あなたも一緒に――」


フェルドマン「私は最後だ!」


フェルドマンは迷いなく踵を返し、人の流れの間を行き来しながら、怒鳴り続ける。


フェルドマン「誘導灯を点けろ!地下第三区画を解放しろ、遮断扉は開けたままでいい!!
誰一人、置いていくな!!」


しかし、黒い霧は待ってはくれなかった。


本部の上層階が、次々と呑み込まれていく。


ガラスが消え、壁が消え、そこにいた人間ごと“なかったこと”にされていく。


悲鳴が、途中で途切れる。


職員「局長!!あなたも早く!!これ以上の避難誘導は無理です!!」


それでもフェルドマンは、救命をやめなかった。


フェルドマン「私は民間人を探す!お前たちは先に行け!生きて……生きて次に繋げ!!」


医療スタッフが、研究員が、涙を浮かべながら地下へと駆けていく。


フェルドマンはそれを確認し、最後に上を一度だけ見上げた。


黒霧が数メートル先まで迫ってきた。


その瞬間、もう間に合わないと悟った。


フェルドマン「……まったく。最後まで、ろくでもない職場だったな。」


苦笑ともつかぬ表情。


フェルドマン「リヴィ......あとは......任せたぞ。」


次の瞬間、黒い霧がフェンリル本部の中枢を完全に呑み込んだ。


光は消え、音は消え、フェンリルという組織そのものが、世界から削除されていく。


重役の多くが、そして――フェルドマン局長も、その中に消えた。


だが。


地下へ逃れた者たちは、確かに生き残った。


それは、最後まで“局長”として立ち続けた一人の男が作った、未来だった。


フェルドマンは逃げなかった。


守るべき者たちを守りきり、フェンリルの終わりを、たった一人で背負ったのだった。








God Eater The Last Rage第10話 完