God Eater The Last Rage第11話






フェンリル本部近郊



外部居住区


スズは死にゆく世界を駆け抜け、居住区の入り口へ踏み込んだ。


その瞬間――息が止まった。


視界の先には、倒れた大人たちの姿が、いくつもいくつも転がっていた。


地面には灰が薄く積もり、崩れた家屋の壁面にも、灰となった瓦礫がこびりついている。


スズ「そんな……。」


足が震えた。


家の中から外へ向かって倒れたまま動かない母親。


瓦礫を抱えた状態で崩れた作業員。


家の前で抱き合うようにして倒れた夫婦。


その全て、肌の色が灰色に変色していた。


霧の影響――そうとしか考えられなかった。


スズ「間に合わなかった……!」


その言葉は喉の奥で震え、霧に溶けて消えた。


湖から走ってきたときの身体の冷たさとは違う。


胸の奥が、押しつぶされるように痛む。


スズ「……生きてる人……誰か……」


神機を構えながら、ゆっくりと足を進める。


焦げたように黒ずんだ壁。


半分だけ残ったドア。


まだ崩れ落ちていない家屋の隙間から、かすかに風が吹き抜ける音がした。


スズ「……誰か……誰かいませんか!」


答えは返ってこない。


霧が漂い、静寂だけが居住区を支配していた。


スズは唇を強く噛みしめると、倒壊しかけた小さな家の前で立ち止まった。


スズ「生存者を……探さないと……!」


ドアを押し開け、スズは壊れかけた家屋の探索を始めた。




ーーサバタリヴィ作戦エリア



灰色の霧が空一面を覆った直後。


サバタとリヴィは、討伐したばかりのハンニバルとクアドリガの死体のそばで足を止めていた。


サバタ「……おい、なんだよこれ……!?」


霧は風とともに押し寄せ、地面に溶けるように広がっていく。


ただの有毒ガスでも、ただの現象でもない。


肌がゾワリと逆立ち、呼吸が重い。


リヴィ「わからん……だが、急激すぎる。自然現象とは思えない……!」


二人とも、戦闘直後の余韻など一瞬で吹き飛んでいた。


サバタ「チッ……くそ、嫌な感じしかしねぇ……!」


リヴィは即座に端末を開き、本部へ通信を試みた。


リヴィ「フェンリル本部、応答しろ。こちら本部近郊エリアのリヴィだ。状況を報告する。――応答しろ!」


端末から返るのは、低いノイズ音だけ。


ピー……ピ……ザザッ……。


リヴィ「繋がらない……!」


サバタ「こんなときに通信障害かよ……!」


サバタの苛立ちは珍しく焦りの色を含んでいた。


そしてふと思い出したように、ある方角へ視線を向けた。


ここからは少し距離がある....外部居住区。


先日倒壊した家屋、その後の復興作業、そして……


ルナ。


あの、やたら元気で、懐いてくるガキの顔が一瞬浮かんだ。


サバタ「…………ッ」


胸の奥がズクンと痛んだ。


サバタ「……くそが!!」


リヴィ「おい、サバタ!? どこへ行く!!」


サバタは返事もせず、外部居住区の方角へ全力で駆け出した。


霧へ向かって、まるで自分の命をかえりみずに。


リヴィ「馬鹿……ッ! 待て!」


リヴィは追いすがるように走り出したが、サバタは振り返らない。


リヴィ「……っ、仕方ない……!」


二人の足音は荒野に響き、濃くなる霧へと吸い込まれていった。


その先に何があるのかも分からぬまま――


ただ、“助けなければならない誰か”のために。






ーー極東支部


最初に異変を察知したのは、シエルだった。


シエル「……え?なんですか、あの不気味な霧…。」


任務中のために外へ出ていた隊員たち。


その上空――灰色の霧が、まるで巨大な波のように迫ってきていた。


エミール「むむむむむ! なんだこの不気味な霧はッ!! 美しき極東に似つかわしくない!!」


エリナ「ちょっと待ってよ……あれ、本当にただの霧なの……?」


霧は廃墟ビルの屋根に触れた瞬間、鉄骨がパラパラと灰になって崩れ落ちた。


ブラッド達も混乱する。


ギル「嘘だろ……なんで建物が灰になってんだよ!」


ロミオ「やばいやばい!!なにこれ!? アラガミじゃないよな!??」


ナナ「とにかく避難だよ!!民間人が外にいっぱいいる!!」


隊員たちは全員、状況を把握しきれず混乱しながらも、叫び声と共に避難誘導へ走る。


その中で駆けつけたのは、リンドウだった。


リンドウ「……チッ。とんでもないもんが来やがったな.....!!」


霧の壁を一瞥すると、すぐさま怒号を飛ばす。


リンドウ「お前ら!! 聞いてんだろうが!! 民間人を地下へ誘導しろ!!地上に残るな!! 急げ!!」


隊員たちがすぐ反応する。


ロミオ「は、はい!! こっちだ! 地下避難路へ!」


アネット「皆さん、落ち着いて! 走らないでください!!」


エミール「う、麗しき民よ! このエミール・フォン・シュトラスブルクが...ま、守り抜いてみせる!!」


ロミオ「エミールの声が一番パニック起こしてるって!!」


霧は支部の外壁に触れ始め、壁がジリリと音を立てて崩壊し始めた。


サカキやリッカも脱出する。


サカキ「これは.....理論では説明がつかない....!」


霧の勢いは増していく。


リッカ「そんな......!」


轟音と悲鳴が響く。


エリナ「支部が飲まれる……!!本当に時間がない!!」


ギル「くそ……なんなんだよこれ!!」


シエル「……こんなの...自然現象ではあり得ません...!」


ナナ「とにかく早く逃げようよ!!」


リンドウは隊員たちの動きを一通り確認すると、さらに大声で怒鳴った。


リンドウ「いいから動け!! 手が空いてるやつは怪我人を運べ!!地下に入れば、少なくとも霧の被害からは逃れられるはずだ!」


霧がさらに広がる。


建物の影が飲まれ、外壁が灰色の砂となって消え落ちた。


悲鳴が上がり、子供が泣き、大人たちが駆け出す。


ギル「リンドウさん!民間人の避難完了しました!!」


リンドウ「あと数分もすれば全部飲まれる!! お前らも急げッ!!」


ロミオ「ひぃぃ!!マジでやばいやつだこれ!!」


エミール「恐れるでないロミオ殿!!恐怖すら輝きへ変えるのが――」


ナナ「その続きは地下で言って!!逃げるよ!!」


霧の端がもう支部の入り口まで到達しつつある。


その光景を見て、リンドウは歯を食いしばり叫んだ。


リンドウ「……極東を守れるのは俺たちしかいねぇ!!全員、地下だ!!走れぇぇぇ!!!」


霧の侵食は止まらない。


極東支部もかつてない脅威に呑みこまれた。






ーーフェンリル本部近郊



外部居住区


サバタは霧を裂くように走り抜け、居住区へたどり着いた。


そこは――地獄だった。


地面に倒れ伏した大人たちの遺体。


皮膚は灰色に変色し、まるで生気を吸い取られたかのように乾いている。


サバタ「チッ……クソが……なんだよこの状態…!」


霧の濃度はまだ薄いが、喉が焼けるように痛い。


息も荒く、汗が肌に張りつく。


サバタ「……おい、ガキ!!」


ルナを呼ぶ声が荒野に響く。


返事はない。


瓦礫を乱暴にどけながら、喉が裂けるほどの声で叫ぶ。


サバタ「……いるんだろ!? 出てこい!!」


しかし出てこない。


どこにもいない。


サバタ「……ガキ!!」


焦燥と苛立ちが胸を刺す。


そのとき。


家屋の影から、誰かが姿を現した。


スズ「……あなたは?」


サバタは振り向いた瞬間、警戒心が一気に爆ぜた。


見知らぬ神機使い。


しかもこのタイミングで、瓦礫の家屋から出てくる。


サバタ(誰だこいつ...外部の神機使い……?)


先日聞かされていた誘拐事件の記憶が蘇る。


謎の神機使いグループによる子供拉致事件。


見当たらないルナ。


そして目の前にいる謎の神機使い。


サバタの中で最悪の方程式が出来上がった。


サバタは呪刀を肩に担ぎ、低く唸った。


サバタ「……てめぇ……ガキをどこへやりやがった?」


スズ「は?ガキ……?何の話……?」


スズは本気で状況が呑み込めず、困惑している。


しかし、その戸惑いがサバタには“とぼけている”ように見えた。


サバタ「とぼけんじゃねぇッ!!!」


サバタが爆発するように踏み込んだ。


斬撃が霧を裂く。


スズ「っ……!!」


ガッ!!


反射的にバスターブレードで受け止める。


金属音が突き刺さり、衝撃で地面が割れる。


サバタ「どこに隠した!! 言え!!!」


スズ「だから本当に知らな――!」


次の瞬間。


サバタの追撃が容赦なく襲いかかる。


横薙ぎ


連撃


踏み込み斬り


霧の中だからか、動きは普段より荒く、息も切れている。


だが……それでも速い。


ギンッ!!


スズ(……強い!! この速度……普通じゃない……!)


スズは必死に後退しながら、鋭く息を吐いた。


スズ「やめて!! 本当に知らないって――!」


サバタ「信じるかよッ!!!」


サバタの刃が地面を掘り返し、砂煙が舞う。


スズはバスターブレードを構え直し、足を踏み込んだ。


スズ(この人......殺すことに迷いがない!……反撃するしか......!!)


スズ「はぁぁッ!!」


巨大なバスターブレードが振り下ろされ、サバタは神機を交差させて受けた。


ガァン!!


衝撃波が二人を中心に円状へ広がる。


サバタ(……チッ!こいつ……!)


スズ(この人……ただ者じゃない……!)


お互いに後退し、霧の中で睨み合う。


サバタ「ぐ...っ!くそ......!」


スズ「ハア......ハア......!」


息は荒く、胸が苦しい。


霧の影響で肺に負荷がかかる。


だが、止まらない。


サバタが地面を蹴る。


サバタ「お前が犯人だろうがぁッ!!!」


スズも叫ぶ。


スズ「違うって言ってるでしょ!!!」


斬撃が激突する。


衝撃で瓦礫が跳ね上がり、霧が円状に吹き飛んだ。


ロングブレードの鋭さ。


バスターブレードの重さ。


速度 vs 重圧。


呪刀vsダインスレイフ。


両者は互角だった。


サバタは跳ね上がりながら、切り返しの縦斬りを叩き込む。


スズはそれを受け流して、腰を落として反撃の一撃。


スズ「はあッ!!!」


サバタ「チィッ!!」


刃がすれ違い、互いの頬に浅い傷が走る。


血の味が口に広がる。


それでも、二人の眼光はまったく揺らがない。


呼吸は荒く、霧が肺に刺さるように痛む。


それでも。


二人とも一歩も引かない。


その強さは互いに本能で理解していた。


サバタ(……こいつ……ガチもんだ...!)


スズ(……この人……完全に実践の化け物……!)


霧の中、鋭い眼光が交差した。


そして――両者は再び同時に踏み込んだ。


刃と刃が交差し、再び二人が踏み込もうとしたその瞬間――


リヴィ「――やめろッ!!!」


怒鳴り声が霧の中に響き渡った。


サバタとスズは同時に動きを止め、反射的に振り向く。


霧の向こうからリヴィが走り込んできた。


息が荒く、額には汗が貼りついている。


リヴィ「二人とも、何してるっ!!」


サバタ「チッ……なんだよ監視役、今いいところで――」


リヴィはサバタを強い目で睨んだ。


リヴィ「スズは敵じゃない!極東から来た私の仲間だ!」


スズ「リヴィ……!」


スズの表情に、ようやく安堵の色が浮かぶ。


サバタは肩で息をしながら、スズとリヴィを交互に睨みつけた。


サバタ「……仲間ぁ? こんなときに、どっから湧いて出てきたんだよ。」


リヴィ「説明はあとだ!早く避難するぞ....!」


サバタは舌打ちし、呪刀を下げた。


サバタ「……チッ。今はそういうことにしといてやるよ。」


完全には納得していない目だが、もうスズを斬る気はない。


スズもまたバスターブレードを畳み、深く息を吐いた。


スズ「……ありがとう、リヴィ。」


リヴィ「礼はいい。今はそれどころじゃない。」


リヴィは空を見上げる。


黒い霧が、さっきまでより明らかに濃い。


空気がざらざらし、肺を刺すように痛む。


リヴィ「……霧の濃度が上がってる。ここにいたら本当に死ぬぞ。」


サバタ「……くそ、こんな場所でやってられっかよ。」


リヴィ「地下シェルターが近くにある。そっちへ急ぐぞ、すぐだ。」


スズ「……うん、行こう!」


サバタは一度だけ瓦礫の山を振り返った。


ルナは……いない。


それが悔しさとなって胸を刺す。


リヴィ「サバタ!!行くぞ!!」


サバタ「分かってる!!チッ……ガキのことも確かめなきゃいけねえしな。」


三人は同じ方向へ駆け出した。


霧は音もなく濃度を増し、まるで世界そのものが彼らを飲み込もうとしているかのようだった。


だが三人は走る。


生き残るために。


そして――まだ助けられる誰かのために。







ーー某所



誘拐グループアジト


薄暗い部屋の奥で、一人の少女が小さなベッドの上に横たえられていた。


ルナ。


呼吸は規則的。


表情は眠っているというより、薬で“落とされた”と呼ぶべき不自然さ。


部下A「リーダー、大変です!! 外が……!」


部下B「空が黒い霧に覆われて……あれ、なんなんですか!?本部が消えそうですよ!!」


狭い部屋の中は部下たちの混乱した声で溢れかえっていた。


部下C「天災……? それともアラガミの進化…?」


部下A「このままじゃ俺らも――!」


リーダー「……騒ぐな。」


低く、しかし冷たく響く声。


部下たちはビクリと動きを止めた。


リーダーは座ったまま、一切動じる気配を見せない。


地上で鳴り続ける地鳴りや黒霧の震動すら、まるで心地よい音楽のように聞き流していた。


リーダー「フェンリル本部も混乱しているはずだ。
……むしろ、好都合だ。」


部下B「こ、好都合……?」


部下C「こんな状況で……!」


リーダーはゆっくりとルナの方へ歩み寄る。


眠らされている少女の額に影が落ちる。


リーダー「我々の計画は揺るがない。強化薬の完成は目前だ。」


部下たちが息を呑む。


リーダー「完成すれば……我々に敵はいない。」


右手に持つ空の注射器を軽く弄びながら、彼は静かに、しかし不気味なほど自信に満ちた声で続けた。


リーダー「フェンリルの神機使いなど……強化兵の前では無力だ。」


外からゴゴゴゴ……と大地が軋む音が響く。


部下たちは恐怖に震えるが、リーダーだけは笑った。


ゆっくりと……口角が吊り上がる。


リーダー「……強い者だけが、生き残ればいい。」


その瞳には迷いも躊躇も一切なく、ただ破壊と選別だけが支配していた。


黒霧の音で部屋の空気がざわつく。


眠るルナの小さな胸が上下する。


犯行グループの歪んだ計画は静かに、しかし確実に進行していた。





God Eater The Last Rage第11話 完