God Eater The Last Rage第12話






崩壊を免れたビルの影。


鉄骨は歪み、壁には黒い亀裂が走る。


遠くでは炎がゆらゆらと街の亡骸を照らしていた。


ソーマは背を壁に預け、荒い息を整えていた。


左目には応急で巻いた包帯。


血がじわりと滲む。


先ほど倒した“あの化け物”の爪痕がまだ身体の奥で疼いている。


ズ…ッ。


瓦礫にかけていた通信端末がかすかに光る。


ソーマ(……生きてる回線が、まだ残っていたのか……?)


その瞬間、男の声が割り込んできた。


リンドウ『聞こえるかソーマ博士!?こちらリンドウ!フェンリル極東支部、雨宮リンドウだ!』


ソーマは驚きに目を見張り、すぐ応答する。


ソーマ「聞こえている!……ソーマだ!」 


リンドウ『おお、ようやく繋がったか!』


ビルの隙間から吹き込む熱風が、ソーマの白コートを揺らした。


ソーマ「リンドウ……なのか……?」


リンドウ『ったく、耳元で情けない声出すなよ。
まあ、生きてるようでなによりだ。』


瓦礫がぱらりと崩れ落ちる音が響く。


ソーマはゆっくり息を吸った。


ソーマ「リンドウ……今、極東はどうなってる?」


リンドウ『んー?……おおかたお前が思ってる通りさ。』


通信の向こうで複数の警告音が微かに聞こえる。


リンドウ『あの妙な霧が、30分も経たないうちに支部を覆いやがった。』


ソーマ「……っ!」


極東の荒れ果てた光景が頭に浮かぶ。


通信機を持つ手が震える。


ソーマ「......お前たちは無事なのか?」


リンドウ『そうだな。とりあえずは生きてる。ギリギリってやつだがな。』


ソーマは目を伏せる。


崩れた街並みを眺める視線が震えた。


ソーマ「……すまない。これは……今回の件は全て.....俺の責任だ。」





短い沈黙。


風の音だけが、空っぽになったビル街を吹き抜ける。


リンドウ『......そうか。』


ソーマはその短い言葉に胸を刺された。


責められたわけでも、許されたわけでもない。


ただ、真っ直ぐに受け止められた。


数秒後――リンドウの力強い声が返ってくる。


リンドウ『おいソーマ!俺は俺の手の届く範囲にいる奴は、必ず守る!』


ソーマの喉がわずかに震えた。


リンドウ『だからお前は生きて、お前の道を進め。
お前が納得する形で、この件にケリをつけるんだ。分かったな?』


ソーマ「ぐっ……!」


目の奥の痛みよりも、胸の痛みの方が強い。


後悔、罪悪感、自分への怒り。


様々な感情がうずまく。


そのとき、通信がノイズ混じりに揺れ始めた。


リンドウ『……っと。生きてる回線はこれが最後だったんだが……そろそろ時間切れのようだな。』


ソーマ「……分かった。......極東のことはアンタに任せる。」


彼は崩れた街の方を見据える。


ソーマ「俺はこの事態を……いつか必ず収束させてみせる。」


リンドウ『ああ。やってみせろソーマ博士。全部片付いたら、またどっかで飲もう。』


わずかに笑う声が混じる。


リンドウ『じゃあな!風邪引くんじゃねえぞ!』


ズズ....プツン――。


通信は途切れた。


残るのは、崩れた街の燃える匂いと、冷めきった風だけだった。


ソーマは通信端末をゆっくり握りしめ、ひとつ息をつく。


ソーマ「……必ず、終わらせる。」






崩壊した街を見ながら、彼は再び歩き出した。




実際のシーン↓







ーー2日後



フェンリル本部


地下施設。


非常灯だけが等間隔に灯り、かすかな振動音が床にも伝わっていた。


避難してきた民間人の数は、明らかに少なすぎた。


医療班が次々と負傷者を運び込み、名前を呼び、首を振り、沈黙が積み重なっていく。


フェンリル幹部の多くも霧に呑まれた。


そして――フェルドマン局長の名も、死亡者リストに記載された。


その報告を受けたリヴィは拳を固く握りしめる。


リヴィ「……局長まで……ッ!」


声が震え、唇が噛みしめられる。


彼女ほど涙を見せない人間でさえ、肩が揺れていた。


神機使いもリヴィたちとわずかな偵察兵しか逃げきれなかった。


その少し離れた場所で、ソーマは壁にもたれたまま俯いていた。


包帯が巻かれた左目から、まだ血が滲んでいる。


ソーマ(……実験を止められなかったのは……俺だ。多くの民間人を……仲間を……)


胸の奥があの霧より重く沈んでいく。


息をするたびに罪悪感が肺に刺さった。


これだけの人間を死なせてしまった。


その事実がソーマの精神を深く...エグく狩り取る。


リンドウに誓った決意すら、消すには十分すぎるものだった。


ソーマ(多くの犠牲を出した俺が......生き延びていいのか...?)


そんなソーマの様子を横目で見ていたサバタが、ぼそりと呟いた。


サバタ「……おい、ソーマ……だったか?」


その言い方はいつも通りぶっきらぼう。


だが、どこか“呼び戻すような声”でもあった。


ソーマが顔を上げようとした、その瞬間


ドゴッ!!


サバタの拳がソーマの頬に直撃した。


ソーマの身体は床を滑り、道具箱に背中をぶつけて倒れ込む。


スズ「ちょっ、なにして――!」


リヴィ「馬鹿ッ!!やめろ!!」


偵察兵「け、怪我人ですよ!?」


みんな思わず叫ぶ。


だがサバタは止まらない。


ゆっくりとソーマの胸ぐらを掴み上げ、乱暴に引き寄せた。


サバタの目は怒りで血走っていた。


だが、その奥には別の感情が揺れていた。


サバタ「……今の俺たちは、指揮する人間を失ってんだよ。」


ソーマ「……っ。」


サバタ「なに自分だけシケた面してやがる!!」


怒鳴り声が地下施設に反響する。


サバタ「これだけの被害が出てんだ!それを背負えねぇなら、最初から博士なんて名乗んじゃねえ!!」


ソーマはただ殴られた痛みで目を閉じる。


『責任から逃れたい』と思った自分自身をサバタに見透かされていた。


サバタはそれを許さなかった。


胸ぐらを掴むサバタの手の震えに気づく。


サバタの顔が近い。


その目が、まっすぐ――


逃げ場のないほどまっすぐ自分だけを睨んでいた。


その瞬間、ソーマの脳裏に言葉が蘇った。


【生きることから逃げるな】


あの日。


仲間が、リンドウを救った言葉。


ソーマ(ああ……。あいつなら……こう言ったかもしれないな……)


サバタの怒声が、友の声と重なる。


ソーマは目を見開いた。


ソーマ「…………俺は、逃げない。」


搾り出すように。


震える声で。


サバタは乱暴に胸ぐらを放す。


サバタ「……なら立てよ。お前が立たねぇなら、誰がこの状況ひっくり返すんだよ。」


ソーマはゆっくりと立ち上がる。


殴られた頬は赤く腫れ、痛む。


だがそれ以上に、胸の奥に灯った熱があった。


リヴィは短く頷く。


リヴィ「……ソーマ。お前が必要だ。」


スズも拳を握りしめながら言う。


スズ「まだ……助けられる人がいるはずです!」


ソーマは静かに息を吸い、目を閉じる。


そして――ゆっくりと開いた。


その瞳にはもう迷いはない。


ソーマ「……ああ。俺がこの事態を収束させる。必ずだ。」


サバタは無愛想に背を向ける。


サバタ「最初からそう言っとけ、博士風情が。」


地下施設の空気が、ほんの少しだけ変わった。


絶望の中に、小さな光が灯る。





ーーグレイプニル



地下巨大施設


無数のモニターが光り、緊急回線の赤い表示が点滅していた。


地上はすでに霧に覆われ、通信塔もほとんど機能していない。


しかしグレイプニルは比較的被害が少なく、多くの幹部が地下に避難して生き残っていた。


通信士が震えた声で報告する。


「総督……フェンリル本部が……崩壊したとのことです。現地からの確定映像はありませんが、生存反応は……」


ガドリン総督は黙って報告を聞きながら、拳をゆっくり握りしめた。


「……そうか。」


短い返答。


しかしその声には深い痛みと責任が滲んでいた。


さらに別の通信士が続ける。


「世界各地の支部と連絡が取れません。北米、欧州、アジア圏……ほぼ全てと通信断絶。被害状況は……不明です。」


指令室全体が沈黙に包まれた。


ガドリンはしばらくモニターを見つめたまま、誰にも声をかけなかった。


仲間を、友を、互いに連携してきた同盟支部を、まるごと失ったかもしれないという現実。


静かで重い沈黙のあと、ガドリンはゆっくりと椅子から立ち上がる。


「……ならば。」


その一言に、周囲が息を飲む。


ガドリンは鋭い眼光で部下たちを見渡し、力強く言い放った。


「世界を立て直すのは――我々だ。」


室内の空気が震えた。


「誰かがやらねばならん。フェンリルが倒れた今、その役目は我々に回ってきたのだ。」


言葉には迷いがない。


責任から逃げず、正面から受け止める覚悟だけがあった。


「恐れるな。嘆くな。前進するしかない。我々グレイプニルが世界を守る。今ここから、再び立ち上がるぞ。」


幹部たちが次々と立ち上がり、総督の言葉に応えるように力強く頷いた。


ガドリンの声は、崩壊した世界の中で、確かな“希望の音”として響いていった。





ーー極東



外を覆っていた黒霧は、一旦収まりを見せていた。


リンドウは隊員たちを率いて、地上の状況確認に向かう。


その中にシエル、ナナ、ロミオ、ギル、そしてエミールの姿もあった。


霧が引いた後の空気は、どこか焦げた匂いを含んでいる。風が吹くたび、白い灰が舞い上がった。


ギル「……聖域が……」


ロミオ「嘘だろ……なんだよ、これ……」


彼らの視線の先で、奇跡の領域は完全に消えていた。


かつて、ブラッドが命を懸けて創り上げた“世界の希望”。


オラクル細胞の働きを停止させる唯一の場所。


人類が未来を信じられた象徴。


その中心をえぐり取ったように、聖域は跡形もなく崩壊していた。


シエル「……そんな……そんなはず……ありません……」


ナナ「やだ……やだよ……!だってあそこは……私たちが……!」


二人の目には涙が浮かび、声が震えていた。


ギルは拳を握りしめる。


ロミオは悔しさで唇を噛み、地面に膝をつく。


ギル「……守れなかった……俺たちの……あの場所を……」


ロミオ「ブラッドのみんなが命を張って作った場所なのに……!」


聖域はオラクル細胞の働きを停止させる領域。


だが、それ以外の災害を防げるわけではない。


未知の厄災の前では、あまりにも無力だった。


エミールは崩れた地面を前に、荒れた息で叫んだ。


エミール「我らが奇跡の大地が……!このエミールの目の前で……無残に散り果てるとは……!!なんという悲劇だッ!!」


その声は、怒りとも絶望ともつかない響きを帯びていた。


誰も言葉を返せなかった。


ただ風の音だけが、消えた聖域の亡骸を優しく撫でていた。





God Eater The Last Rage第12話 完