God Eater The Last Rage第14話






ーー誘拐グループ アジト



床に倒れた部下たちを一瞥したあと、リーダーの男はゆっくり歩み出る。


その足取りは軽い。


まるで今から“楽しい遊び”が始まると言わんばかりに。


リーダー「……自己紹介でもしておくか。キルス。これが俺の名前だ。」


サバタは無言で睨みつけるだけだった。


キルスは肩をすくめ、薄く笑う。


キルス「子供たちをさらった理由……知りたいだろう?」


サバタ「……別に聞きたくもねぇ。」


キルス「そう言うなよ。どうせすぐ死ぬんだ。最後に聞いていけ。」


サバタの瞳がかすかに揺れる。


キルス「俺たちの目的は――強化薬の完成だ。」


その声は淡々としていた。


ただ、事務的に世界の破滅を語る男のように。


キルス「身体性能の強化には……神機使いとしての素質を持つ子供の身体繊維が必要でな。子供の純粋な素材は媒体として相応しい。」


サバタの拳が音を立てて握られた。


キルスはリモコンを取り出し、軽くボタンを押す。


カチッ。


その瞬間、壁側に設置されたカーテンがゆっくり横へ開いた。


冷たい蒸気がふっと漏れ出す。


部屋の奥には、透明なカプセルが四つ並んでいた。


中には横たわり、意識を失った子供たち。


細い腕には点滴。


首元には小さな傷跡。


肌は青白い。


サバタの目が大きく見開かれた。


サバタ「……ガキ……!」


四つのカプセルのうち、一つ。


そこにルナがいた。


頬は土で汚れ、呼吸は弱いが、確かに生きている。


サバタの全身から、ゆっくりと怒気が立ち上る。


キルス「安心しろ。まだ殺しちゃいない。素材だからな。」


サバタ「……てめぇ……」


キルスはわざとサバタの怒りを煽るように笑った。


キルス「さて……実験の続きといこうか。」


机の上から金属製の注射器を取り上げる。


中の液体は濁った灰色で、まるでドロドロと生きているかのように脈打っていた。


キルス「さっき試験的に子供から採取した身体繊維を混ぜてな。効果のほどを……貴様で試させてもらう。」


サバタ「……ふざけんな。」


キルスは返事を聞く前に、注射器を自分の首へ突き立てた。


ズブッ!


筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る。


皮膚が赤く変色し、肩の筋肉が不自然なほど隆起した。


キルス「……っ、はぁ……っ、くはは! 少量でこの効果……素晴らしいな……!」


サバタ「……気色悪いゴミだな。」


キルスはその言葉を楽しむように瞳を細めた。


キルス「さぁ……腕試しといこうか。」


背後の壁に立てかけてあった神機を掴む。


チャージスピア。


鋭い穂先が光を反射し、床へカツンと落とした音だけで殺気が走る。


キルスはスピアを回し、構えた。


キルス「戦おう、ガキを奪いに来たヒーローさん。」


サバタはゆっくり神機を抜き、斜めに構える。


サバタ「……てめぇみてぇな化け物を生かしておくつもりはねぇよ。」


空気が鋭く張り詰めた。


次の瞬間、キルスが床を蹴った。


爆音のような踏み込み――


強化薬で膨れ上がった筋力が、床のタイルを砕く。


キルス「死ねぇッ!!」


チャージスピアの突きが、目にも止まらぬ速度でサバタを襲った。






ーー地上 VSマルドゥーク&ピター



炎の柱が唸り、雷撃が地面を裂く。


黒霧は薄くなったとはいえ、風に乗ってまだ漂っており、呼吸は苦しく、肺が焼けるように痛い。


それでも三人は下がらない。


ディアウスピターは翼を広げ、最後の雷を溜め込む。


マルドゥークは体表を赤く光らせ、灼熱の突進を準備する。


ソーマ「……そろそろ決めるぞ。」


リヴィ「必ずここで倒す!」


スズ「……絶対負けないから!!」


ディアウスピターがまず動いた。


雷の奔流を纏って跳躍し、翼を広げて急降下する。


ソーマ「リヴィ!上だ!」


リヴィ「分かってる……ッ!」


リヴィは神機を鎌形態に変形。


黒い刃が風を切り、その影が地面に死神のように伸びる。


マルドゥークも吠え、四肢を地へ踏みしめた。


熱波の奔流が地面を溶かすように広がる。


ソーマ(……同時かよ。)


だが三人はすでに動き出していた。


リヴィは跳躍し、ディアウスピターの急降下に合わせて鎌を構える。


死神が魂を刈るような、静かな構え。


リヴィ「ブラッドアーツ――」


風切り音が一瞬だけ止まる。


デッドヴィーダ!


巨大な斬撃が弧を描き、ディアウスピターの翼を切断した。


黒紫の翼が千切れ、血飛沫が霧の中へ散る。


ディアウスピター「ギャアアアアア!!」


巨体はバランスを失い、地面へ墜落した。


ソーマはマルドゥークに向けて大きく踏み込み、
バスターブレードを肩に担ぐ。


熱気で視界が揺らぎ、片目の包帯がじんわり濡れる。


ソーマ「……行くぞ。」


バスターブレードの魔力が収束し、刃に青白い火花が走る。


ソーマ「叩き込む......!」


地面を砕きながら、ソーマは一直線に突っ込んだ。


ブラッドアーツ C.Cブーステッド


刃に乗せた圧縮衝撃が、マルドゥークの頭へ直撃する。


轟音。


炎の鎧が砕け、赤い血が飛び散る。


マルドゥーク「ヴォォオオオオ!!」


巨体が後退し、地面を抉りながら体勢を崩す。


スズはその隙を見逃さなかった。


マルドゥークが体勢を立て直し、再び突進しようとした瞬間――


スズはバスターブレードを地面に突き立て、呼吸を整えた。


スズ「このタイミング……ここしかない……!」


マルドゥークが炎の突進で迫る。


距離ゼロ。


触れれば即死の一撃。


スズの瞳は微動だにしない。


スズ「来い……ッ!!!」


炎の突進が迫る一瞬、スズは身体を捻って踏み込み、刃を思い切り振り上げる。


ブラッドアーツ――


炎の突撃を逆手に取った、カウンター技。


スズ「――ラストリベンジャァァァアア!!!」


灼熱の中に青白い斬撃が走り、マルドゥークの首筋を深々と裂いた。


マルドゥーク「……ガッ……ヴォ…………」


炎が弱まり、巨体が膝をつく。


三人の攻撃が重なり、ついにマルドゥークの体が地へ倒れ込んだ。


ディアウスピターも翼を失い、雷を呼べず、巨体を震わせていた。


そこへ、ソーマとリヴィが同時に走り込む。


ソーマ「一気に行くぞ!!」


リヴィ「了解!!」


二人の刃が同時に振り下ろされ、ディアウスピターの首へ交差するように叩き込まれた。


ディアウスピター「ギ……ィ……」


黒紫の血が噴き上がり、巨体は力なく崩れ落ちた。


雷が消える。


炎が弱まる。


黒霧の中で、わずかに光が差し込むような静寂。


スズ「……はぁ……はぁ……倒した……?」


リヴィ「……ああ。二体とも沈んだ。」


ソーマ「……よし。サバタが戻る前に……終わったな。」


三人は息も絶え絶えで立っていた。


黒霧の圧が薄れ、地表の空気が少しだけ軽くなる。


リヴィ「あとは……サバタだ。」


ソーマ「ああ……行くぞ。」


決戦の余韻に浸る間もなく、三人は地下アジトへと急いだ。




ーー誘拐グループ 最奥部



キルスの身体は注射の効果で膨張し、筋肉は不気味に盛り上がり、血管が浮き上がっていた。


瞳に映るのは狂気と支配欲だけ。


キルス「……素晴らしい……!身体が……力で満ちていくッ!!」


キルスは豪快にチャージスピアを振り回した。


サバタ「……気色悪ぃな。」


キルスは笑う。


キルス「まずはお前で、この力がどれほどのものか試させてもらう!!」


巨体に似合わぬ速さで、キルスは踏み込む。


スピアが横薙ぎに振り抜かれ、金属の風圧で床の埃が舞い上がる。


ガァンッ!!


サバタはわずかに身体を傾け、刃のラインを外す。


突き、薙ぎ払い、振り下ろし。


すべて、紙一重で見切る。


キルス「……ほう。避けるか。だが逃げてばかりでは倒せんぞッ!!」


サバタはほとんど無表情のまま、キルスの暴風のような攻撃を受け流し続ける。


足運びは軽く、無駄がない。


力任せの攻撃を繰り出すたび、小さく舌打ちするキルス。


キルス「この距離で避けきるとは……!だがそれも、この力の前では長くは続かん!!」


再びキルスが踏み込む。


床が砕け、破片が飛び散る。


サバタは一歩後ろに滑るように下がりながら、小さく呟いた。


サバタ(……パワーばかりで、隙だらけだ。)


キルスのスピアが大きく振りかぶられる。


サバタの脳裏にはスズと戦ったときのことが蘇っていた。


(……あの女とやり合ったときはマジでヤバかったが...。)


あのときのバスターブレード。


あのタイミングをずらした踏み込み。


あの重さ、あの速さ。


サバタは鼻で笑う。


サバタ「……あいつに比べたら……止まって見えるぜ。」


キルス「……なに?」


サバタは呪刀を軽く握り直し、低く腰を落とす。


キルス「逃げ腰の男が……今さら何を――」


サバタ「黙ってろ。」


瞬間。


サバタが消えたように見えた。


キルス「っ……!?」


サバタは床を蹴り、急加速。


懐へ一気に潜り込み。


ガンッ!!


呪刀でスピアの柄を弾き上げ、軌道を大きくずらす。


キルス「ぐぬっ……!」


そこへ、怒涛の反撃。


サバタ「らああッ!!」


斬撃が、矢継ぎ早にキルスの装甲と肉体を裂く。


一撃


二撃


三撃


四撃


五撃――!!


呪刀が本来の力を発揮する。


刃の軌跡が光の線となり、室内に残像が走る。


キルス「がッ……あ、あああああああああッ!!?」


キルスは巨体をよろめかせながら後退した。


サバタは容赦なく追い討ちをかける。


足を払う。


腹へ膝を叩き込む。


顎へ柄でアッパー。


そして、首元へ深く刺突。


ズブッ……!!


キルスの身体が大きく仰け反り、壁に背中から叩きつけられた。


キルス「が……はっ……なぜ……だ……!これほどの……力を手にした、この俺が……!」


サバタは冷たく吐き捨てる。


サバタ「……てめぇが雑魚だからだ。」


キルス「……ッ!」


呪刀を構え直し、一切の迷いなく振り下ろした。


サバタ「......死ね。」


刃が肩口から心臓を貫き、キルスの身体は崩れ落ちる。


キルス「……あ……ぁ……」


息絶えたその傍らで、サバタは血を払うように呪刀を軽く振った。


絵に描いたような圧勝だった。


久々に実力を出せた戦いだった。


サバタ「……終わりだ。」


その視線の先にあるのは、カプセルに閉じ込められた子供たち。


その中で眠る、ルナの姿だった。


そのとき。


タタタタッ、と慌ただしい足音が通路から近づいてくる。


スズ「ここ……だよね……!」


リヴィ「誘拐グループは……この中だ。」


ソーマ「警戒して入るぞ。」


三人が扉をくぐり、部屋へ踏み込んだ。


サバタはちらりと一瞥し、口の端だけをわずかに上げる。


サバタ「……生きてやがったか。」


スズはその一言に眉をひそめつつも、すぐに室内を見渡した。


床に転がる男たち。


壁際にぶっ壊れた机。


血の跡。


そして――奥に並ぶ、いくつものカプセル。


ソーマ「.....派手にやったな。」


リヴィ「……ここまでやったのは……サバタ、お前か。」


サバタ「他に誰がいんだよ。」


ソーマは静かにカプセルへ歩み寄ると、中を覗き込んだ。


ソーマ「……子供たちか。」


スズも同じように顔を寄せ、息を呑む。


スズ「なにこれ……全員……閉じ込められてる……!」


カプセルの内部には、まだ幼い子供たちが眠っていた。


腕や首に無機質な装置を取り付けられている。


スズ「早く助けなきゃ……!」


リヴィも頷く。


リヴィ「眠っているだけに見える……だが、このまま長時間放置すれば命に関わる。」


サバタはルナの入ったカプセルの前に立つと、短く息を吐いた。


サバタ「分かってる。」


次の瞬間。


ガァンッ!!


呪刀の柄でカプセルの制御部を叩きつけた。


バチッと火花が散り、厚いガラス面にひびが走る。


スズ「ちょ、ちょっと乱暴じゃ――」


サバタは返事もせず、もう一度叩きつけた。


ガシャァン!!


ガラスが砕け散り、冷たい霧のような空気が一気に吹き出す。


中に横たわっていたルナの身体が、わずかに揺れた。


サバタは素早く中へ手を伸ばし、首や腕に取り付けられた装置をひとつずつ外していく。


カチャ、カチャ……。


コードが外れ、金属片が床に落ちる音だけが響いた。


ソーマ「……慎重に外せ。変に引っ張ると神経に負荷がかかる構造だ。」


サバタ「分かってる。」


最後の固定具を外し終えると、サバタはそっとルナの身体を抱き上げた。


小さくて、軽い。


サバタ「…………。」


ルナの顔を覗き込む。


まだ目は閉じたまま。


しかし胸は規則的に上下している。


リヴィ「……息はある。他の子供たちも同じだ。」


スズ「じゃあ、あたしたちはこっち!」


スズとソーマ、リヴィもそれぞれ別のカプセルを破壊し、同じように装置を外していく。


ガシャンッ!


カンッ、カチャカチャ……。


次々とガラスが割れ、眠った子供たちが抱きかかえられていく。


スズ「よかった……みんな、生きてる……!」


ソーマ「投薬も最小限だな……まだ戻せる。」


全員の脈と呼吸を確認し終えた頃、リヴィが短く言った。


リヴィ「……連れて帰るぞ。ここに長くいるのは危険だ。」


その瞬間。


床に転がっていた男の一人の指が――わずかに動いた。


「…………ッ。」


そいつは、先ほどサバタに叩き伏せられた手下の一人だった。


呼吸は荒く、目はうっすらとしか開いていない。


だが、意識はわずかに戻っている。


男(……まだ……終わってねぇ……)


男は震える手で懐を探る。


冷たい感触。


拳銃。


カチリ、と安全装置が外れる音が、小さく響いた。


しかし今、その場にいる誰もが、子供たちの状態を確認するのに精一杯で、男の動きに気づいていなかった。


スズ「この子、ちょっと顔色悪いよ……急いだほうがよさそう。」


ソーマ「搬送時にショックを与えるな。頭を支えてやれ。」


リヴィ「出口までのルートは確保済みだ。あとはスムーズに――」


男の指が引き金にかかる。


狙いは――サバタ。


男「……くたばれ……っ……!!」


パンッ!!


乾いた銃声が、部屋に響き渡った。


サバタ「……ぐッ!!」


サバタの身体が、ぐらりと揺れる。


脇腹あたりに衝撃が走り、彼はルナを庇うようにして前へ倒れ込んだ。


スズ「えっ?!」


リヴィ「サバタ!!」


ソーマ「……ッ!」


抱きかかえていたルナをサバタは必死に落とさないよう胸に抱きしめる。


ドサッ!


そのまま膝をつき、床へ倒れる。


スズは子供をそっと床へ寝かせると、サバタのもとへ駆け寄った。


スズ「サバタ!! 大丈夫!? ねえ!!」


その横で、リヴィの視線が鋭く発砲元を捉える。


手下の男はまだ床に寝転がったまま、震える手で拳銃をこちらへ向けていた。


男「……ま、まだだ……ガキも……全部…道連れに。」


リヴィは迷いなく神機を構えた。


リヴィ「……民間人を標的にし、なおも引き金を引くか。」


ドンッ!!


短い助走から、刃が一直線に振り下ろされる。


男「や、やめ……ッ――」


バシュッ!


男の悲鳴は途中で途切れ、その身体は完全に沈黙した。


リヴィ「……お前の命に価値はない。」


低く、それだけ告げると、リヴィはすぐにサバタのもとへ戻る。


スズ「しっかりして!!」


ソーマ「どこを撃たれた……!」


ソーマが素早くサバタの身体を確認する。


脇腹あたりを重点的に撫で、服をめくり上げる。


ソーマ「……?」


血の匂いがしない。


服も、破れ方の割に赤く染まっていない。


ソーマ「……血が出ていない……?」


サバタは顔をしかめながら、ゆっくりと手を脇腹のポケットへ伸ばした。


サバタ「……ったく……あいつ、いいとこ狙いやがる……」


ポケットの中から取り出されたのは――


焦げたように潰れた小さな布のお守りと、その中にめり込んだ弾丸だった。


スズ「……それ……」


リヴィ「弾丸を……止めたのか。」


サバタは手のひらの中のそれを、しばらく無言で見つめていた。


布は破れ、焼け焦げている。


だが、その形はまだかろうじて分かる。


小さな手で、ぎゅうっと握りしめていたであろう形跡。


サバタの脳裏に、あの日の光景がよみがえった。


【お兄さんが……怪我しませんようにって……願いを込めたの……。】


拙い言葉で、少し照れくさそうに笑いながら手渡してきた、ルナの顔。


サバタ「……このガキ……」


リヴィ「ルナがくれたお守りか……。」


サバタは小さく息を吐き、わずかに口元をゆがめた。


サバタ「……生意気なガキだぜ。こんなもんで……本当に守りやがって。」


スズは安堵の息を吐き、力が抜けたようにその場にへたり込む。


スズ「もう……心配させないでよ……!」


リヴィも、わずかに肩の力を抜いた。


リヴィ「……致命傷でなくて何よりだ。ルナに感謝するべきだな。」


ソーマはその弾丸を一度見てから、静かに頷いた。


ソーマ「奇跡だな。」


サバタはふいと視線をそらし、まだ眠ったままのルナを見つめた。


サバタ「……起きたら言ってやる。汚ねえ布切れが役に立ったってな。」


その声は、いつも通りぶっきらぼうで。


だが、その奥には――確かな安堵と、微かな優しさが滲んでいた。


リヴィは全員の顔を見渡し、短く命じる。


リヴィ「……よし。全員無事だ。子供たちを連れて、ここから離脱するぞ。」


ソーマ「出口まで俺が先導する。」


サバタ「……さっさと帰るぞ。いつまでも子守なんてごめんだ。」


こうして――


ルナをはじめとする子供たちは無事救出された。


サバタたちは崩壊した世界の片隅で、わずかながらも“ひとつの勝利”を掴んだのだった。






ーーグレイプニル 地下施設



データバンク管理室


厄災によって世界中の回線はほぼ断ち切られ、生き残った通信網は、ごく僅かな極秘回線と内部サーバーのみとなっていた。


その薄暗い管理室で、ガドリン総督は一人、無言で端末を操作していた。


壁一面に並ぶサーバーのライトが、かすかな脈動のように明滅している。


端末には、一つの人物情報が表示されていた。


【ソーマ・シックザール】


フェンリル極東支部 神機使い 博士


レトロオラクル細胞権威


顔写真・経歴・研究履歴・認証番号…


ガドリンの鋭い眼光が、その画面を静かに追う。


しばらく視線だけで読み進め、やがて彼は、深く息を吸った。


ガドリン「……ここに残っている限り、いずれ追手は現れる。」


端末の横に指を置き、一つのウインドウを開く。


【データ消去】


この人物情報を完全に削除しますか?
[はい]/[いいえ]


ガドリンは、すぐには押さなかった。


ただ、画面を見つめたまま動かない。


沈黙が部屋を満たし、サーバーの機械音だけが低く響く。


ガドリン「ソーマ・シックザール…」


その名前を、わずかに名残惜しそうに呟いた。


続けて、静かな声で言う。


ガドリン「……お前が世界を壊す人間などでないことくらい、私は知っている。」


だが同時に、怒号と恐怖の渦中にいる民間人たちの言葉も脳裏をよぎる。


厄災の三賢者


処刑すべきだ


家族を返せ


何も知らない者ほど、声を荒げる。


ガドリンは、ゆっくりとつぶやく。


ガドリン「……お前を守るには……まず、お前の痕跡を消さねばならない。」


再び画面を見る。


そこにはまだ、ソーマの顔写真が映っている。


見慣れた、しかし疲れた瞳。


科学者であり、戦士であり、誰よりも人を救いたいと願った男。


ガドリン「……すまん。」


その一言を落とし、彼はついにボタンを押した。


[はい]


シュゥゥゥン……


データ消去バーがゆっくり進み、画面の文字がひとつずつ消えていく。


【データ消去中……】


研究履歴 → 削除


戦闘記録 → 削除


照会番号 → 削除


顔写真データ → 削除


最後に残ったのは、名前だけだった。


ガドリンは、ほんの少しだけ目を細める。


ガドリン「……これでいい。」


そう呟き、最後のキーを押す。


[ソーマ・シックザールのデータを完全消去しました]


画面はすぐに黒くなり、ソーマという存在を示すファイルは、データバンクから完全に消えた。


ガドリンはしばらく席を立たず、静かに両手を組んで目を閉じた。


ガドリン(……お前が背負うべきではない罪まで、
この世界はお前に押し付けようとしている。)


深い、深いため息が漏れる。


ガドリン「……だが、とりあえずはこれでいい。」


その声は決意と、どうしようもない苦さを含んでいた。


ガドリン「いつか、お前の名誉を取り戻す。その時までは......。」


残された巨大なデータ管理室の中で、ガドリンの影だけが、静かに揺れていた。






ゴッドイーター第14話 完