大きな破裂音がして、俺は飛び起きた。
呼吸が上がっている。心臓が早鐘のように鳴っている。
夢だったのか・・・・・。
右手で脇腹に触れてみた。そこに傷はなく、痛みもなかった。
時計を見ると、夜中の3時を少し回ったところだった。
そこは司令室だった。俺はどうやらこのソファの上で、眠ってしまっていたらしい。
それにしても・・・・妙な夢だった。
まるで誰かの記憶が、俺の脳内に流れ込んできたかのようにリアルで、生臭い夢だった。
喉が乾いていた。俺は大きく一つ息をつくと、飲み物を調達するために部屋を出た。
夢の意味を考えながら廊下を歩いていたが、何やら外が騒がしい。さっきも破裂音が聞こえたような気がしたが、何かあったのだろうか。
屋根裏へ通じる階段の前を通りかかった時、物音はそこから聞こえてくるのだとわかった。
俺はいぶかしがりながら階段を登った。
「あ!じゅりいぬ!ちょうどよかった!うさばっちがこわがっちゃってタイヘンなんだよー!はやくきて!」
屋根裏からむらいぬが呼ぶのが聞こえた。部屋を覗くと、ひろねこといぶねこが窓の前に立ち、うさばっちのものと思われる窓の外にぶら下がっている足を支え、一生懸命上へと押し上げようとしているところだった。
「・・・・・・・・・・・・・お前ら何やってんだ、こんな夜中に・・・!」
俺は思わず語気を荒げて言った。あいつらが屋根の上に上がろうとしていることは明白だった。だがこんな夜中に、慣れない奴らだけで登って、事故でも起きたらどうするんだ?
現に何かを下に落としてしまったらしく、屋根の上からあー壊れちゃったよーというしょまはむの声が聞こえてきた。おそらく先ほど聞こえた破裂音は、それに関係するものだったんだろう。
「りゅーせーぐんを見たいねって話になって、みんなでこの時間に待ち合わせしたんだよ」
いぶねこが無邪気に言った。
俺はため息をつきながら、小走りに窓辺まで駆け寄った。隙間から見上げると、うさばっちの腕を屋根の上からねこおうじが一生懸命引っ張り上げているのが見えた。
「・・・しょーがねーなー・・・」
俺は外に背を向ける形で窓枠に腰掛け、うさばっちの両足を自分の肩にかけさせる形でホールドした。おいねこおうじ、しっかりタイミング合わせて引けよ、いちにーの、さんっ!という掛け声と共に、俺は窓枠の上に立ち上がった。
うさばっちは自動的にぐいっと押し上げられる形となり、なんとか無事に屋根の上に上がることができた。
「あの・・・・じゅりいぬさん、すみません。ありがとうございました」
蚊の鳴くような声で、うさばっちが言った。
俺はわざとそれを無視して、下に居る奴等に声をかけた。
「登るなら早くしろ。俺の気が変わらないうちにな」
結局全員が屋根の上に登った。俺は自分の場所が乗っ取られたような気になってちょっと不機嫌だった。
うさばっちがそんな俺を気にして言った。
「私が流星群を観たいって言ったんです。そしたらむらいぬさんが、この屋根の上が一番よく見えるんじゃないかって提案してくださって・・・。それでこんな無茶をしてしまいました。申し訳ありません」
するとすかさずひろねこがフォローに入った。
「いえ、ぼくもいけなかったんです。じゅりいぬさんの仰る通り、真夜中に不慣れなぼくたちだけで屋根に登ろうなんていう考えが無謀でした。ぼくがひきとめるべきだったんです。本当に、すみません」
「えーでも、結果的にみんな登れたんだから良かったじゃん♪しかもみんな揃って登ったよー!」
周りの空気なんてお構いなしにいぶねこがはしゃぐ。
「じゅりいぬ、お前細かいこと気にし過ぎだぞ。今日は大きなイベントなんだからさ、大目に見たっていーじゃんか」
ねこおうじが吹っかける。
「双眼鏡は落としちゃったけど、ここは見晴らしがいいし必要なかったかも。流星群を観察するにはちょうどいい場所なんじゃない?」
しょまはむが飄々と言う。
「それよりじゅりいぬ、今日は帰ってなかったんだね。ぼくたちてっきりじゅりいぬはいないと思ってたから・・・。でも、いっしょに見にこれてうれしいよ!」
そう言ってむらいぬは空を見上げた。
その言葉に、みんなも一斉に空を見上げる。
「・・・・・ったく、世話の焼ける奴らだ」
俺は半ば諦めて、屋根の上に寝転んだ。
南の空には、オレンジ色をした13番
目の月が浮かんでいた。今夜は月が明るすぎて、流星を観測するには条件があまりよくないんだよとねこおうじが言った。なるべく暗いところを見ればいいんで
すよねとうさばっちが答える。ねー流れ星もいいけどあのお月さまもキレイだよねーといぶねこが言う。そうですね、でも今日は月じゃなくて星を見に来たんで
すよとひろねこが答える。こんな夜中だっていうのに、みんなとても元気だ。
その姿を見ているうちに、いつの間にか俺の機嫌も直っていた。なんだか平和な夜だ。とても静かで、なおかつ賑やかだ。・・・・こいつらのせいだけどな。
「あっ!!いま見えたよ!ながれぼしー!!」
むらいぬが北西の方角を指して叫んだ。
えっ!どこどこ!?見えなかったよー!本当に?
それぞれが感嘆符の付いた言葉を口にしながら、むらいぬの指した方向に目を向けた。
すると、むらいぬの言葉が封切りの合図だったかのように、ひとつ、またひとつと、星が流れ始めた。
「あー!見えた!今ボクにも見えたよー!」
「ぼくも見ました。きっと同じ星ですね、いぶねこさん」
「あ、今こっちにも流れたぞ。うさばっち見えた?」
「はい!私も今、ねこおうじさんと同じ星を見ました!」
「流れ星を見たら、願い事をすると叶うっていう迷信、皆んな知ってる?」
「しょまはむお前、なんてこと言うんだよ。迷信だとかさー。うさばっちは楽しみにしてたんだから、流れ星に願いかけるの」
「迷信かも知れないですけど、ロマンチックじゃないですか。実はぼくも願い事、考えてきたんですよ」
「ひろねこの願い事って何?」
「あはは、ナイショです☆」
「えーーずるい!それならボクも願い事考えてナイショにしーよおっと♪」
「えっでも、いぶねこがねがうのは、きっとあのことだよね?」
「さーて、どうかなー??」
こんな風に楽しげに話している間にも星は流れ続けた。決して数は多くなかったが、俺はかえって安心した。
流れ星に願いごとをすると叶うという話とは別に、もう一つ迷信があったことを思い出していたからだ。
星がひとつ流れる時は、命がひとつ消える時。
確か昔どこかで、そんな話を聞いたことがあったような気がする。
だから俺は、流星群を観察しようという話に乗り気じゃなかったんだ。
昼間のそんなことが頭のどこかに残っていたから、あんな夢を見たのかも知れない。
夢の中の俺だった誰かは、あれからどうなったんだろう。
あのまま、引き金を引いたのだろうか。
それとも、敵兵の弾丸の餌食になったのだろうか。
それともあのままあそこで、失血死したのだろうか。
あれがもし、ずっと昔、66年前の今日本当に起きた出来事だったのだとしたら、あと数日早く戦争が終わっていれば彼らは生きて帰って来れたのかも知れないんだと、俺は思った。
もしも流れる星の数だけ、命が失われているんだとしたら、今夜はどこかで大勢人が死んでいるということになる。B29が空を飛び、大量の焼夷弾の雨を東京に降らせたあの日のように。
あの日の夜も、たくさんの星が流れたのだろうか・・・・。
・・・馬鹿馬鹿しい。そんなことがあるわけがない。やっぱりこれは、ただの迷信に過ぎない。
だからどうせなら俺は、もうひとつの迷信の方に賭けてみることにした。
ふとうさばっちを見ると、昼間持っていたあの折り鶴を手のひらに乗せて、じっと空を見上げている。
ねこおうじと隣同士で仲良く空を見上げるその表情はとても穏やかで、満ち足りているように見えた。なのに何故かどこか悲しげな印象を受けたのは、きっと俺の思い違いだろう。
そんなことを考えていると、視線を感じたのかうさばっちが振り返り、俺を見た。
「じゅりいぬさんは、何をお願いするのですか?」
俺はわざと夜空を見上げたまま答えた。
「決まってるだろ。俺の願いは、ただひとつだ」
ふと表情を崩し、うさばっちは笑った。
「そうでしたね。愚問でした」
それを聞いて、ねこおうじが言った。
「その願い、本当に叶うのかな・・・・」
しょまはむが答えた。
「それはきっと僕達次第、じゃないのかな」
ひろねこが言う。
「ええ、きっとそうです。ぼくたちならできます、きっと」
いぶねこがはしゃぐ。
「あったりまえじゃん!みんながいれば、絶対ぜーーったい、叶うはずだよっ♪」
そしてむらいぬが言う。
「ぼくらにできることを、ちゃんとやろう。あきらめないで、ひとつひとつ、ちゃんと・・・」
その横顔はとても逞しく、頼もしく見えた。
「そうだな・・・・まずそのために、俺ができることは・・・」
よっ、と短く掛け声をかけて起き上がり、うさばっちの手のひらの上に乗っている折り鶴の尻尾の部分をつまんで持ち上げた。そしてそれを自分の手のひらの上にそっと乗せた。
「こいつの作り方を教えてもらうことだな」
俺がそう言うと、えーーーっ!?とみんなが一斉に俺を見た。
「な・・・・なんだよ、可笑しいかよ?だって千羽折らなきゃならないんだろう?なぁうさばっち」
昼間の会話を思い出したのか、うさばっちはとても嬉しそうな顔で頷いた。
「・・・はい、そうです!千羽折るんです。みなさんも、手伝ってくれますか?」
「・・・そうか、千羽鶴」
しょまはむが微笑んで言った。
「みんなで折れば、きっとすぐですね」
ひろねこが頷いた。
「俺にできるかどうかわかんねーけどさ、でも祈りながらひとつずつ折ることは、できるかも知れない」
俺は折り鶴の繊細な造形を見ながら言った。俺が折ったらきっと、グチャグチャになっちゃいそうだけどな。
「形なんてどうでもいいじゃん。気持ちがこもってればなんでもアリだよね?」
「そうだよ。ぼくにもおりかたおしえてね、うさばっち」
「・・・・・でもじゅりいぬが鶴を折ってるところなんて、長い付き合いだけどおれにはとても想像できないな・・・プププ!」
「・・・・おいねこおうじ、お前もう一度言ってみろコラー!」
「あ!見てください!!!」
うさばっちの声に、俺たちは一斉に空を見上げた。
西の空に、ひときわ大きく光る流れ星がひとつ、長い軌道を描いて落ちてゆくのが見えた。
それはとても明るく、輝いていた。
みんなで同じ夜空を見上げ、同じ星を眺めている。
今ここに居ないあいつも、きっとどこかで同じ星を見上げているに違いないと、そう俺は思うことにした。
今夜はきっと、幾千もの星が流れるのだろう。
そのほんの一部しか、俺たちの目には届かないけれど。
その星たちの一つ一つに願いをかけて、それがすべて叶ったら、きっとみんなが暮らしやすい、平和な世の中になるんじゃないかって、そんな幻想をいだいてみたりして。
千の星に願いをかけることはできないから、人はきっと千の鶴を折るんだろうな。
そのひとつひとつに、ゆっくりと、大切に胸の中であたためた、祈りを込めて。