5月のこの時期、遠路はるばるインドネシア方面から繁殖のため我が国に渡って来る鷹ハチクマが飛んで来て、広島市街地の上空を東進していくことがあります。

 

三篠のわが家でベランダに椅子を出して観察していても、稀ですが高い空を飛ぶハチクマの姿を認めることがあり、日々の楽しみがひとつ増えているのです。

 

本当は連日山に上がってもっと近いところからハチクマを観察したいところですが、病院通いをしているうえ、ハローキティ新幹線の終焉が近いので、どうしても手軽な新幹線の撮影を優先してしまうのです。

 

何しろ新幹線の高架は自宅のすぐ近くなのです。橋を渡ればすぐに山で、新幹線を見下ろせるお立ち台もあり、重たい機材を担いで歩かないといけないハチクマよりもクルマから降りてすぐ三脚が立てられる新幹線で楽をしているということです。

 

三滝にあるお立ち台からハローキティ新幹線(撮影日:2026.5.13)

 

この日は鉄道カメラマンの中井精也さんが、「てつたび」で広電の特集で来広したときにも撮影地のひとつにした高台に上がってみました。

 

実はこの場所、ハローキティ新幹線の初日(2018.6.30)にここから撮ってやろうと待ち構えていたものの、当日東広島駅構内で線路立入による捕り物があって、結局目当ての新幹線は撮らずに帰ったという想い出の場所なのです。

 

あの日から8年経ちました。その後ドクターイエローはここから何度も撮影したことがあるのに、ハローキティ新幹線は一度も撮影したことがないことに気づき、最後の一枚になるかも?とやって来たというわけです。

 

定刻よりちょっと遅れて姿を現したハローキティ新幹線、同じようにちょっと遅れてやって来た上りの「のぞみ」と見事に被ってくれました。

 

お題をつけると、『邪魔師が来た!』といったところでしょうか。

広電の循環線の運用が始まり、稲荷町交差点が循環線と5号線(広島駅~広島港・比治山下経由)とが平面で十字に交わるダイヤモンドクロッシングとなりました。

 

全国的に見ても数か所しかないという珍しい運行形態です。

 

その稲荷町交差点が俯瞰できるミナモア(広島駅ビル)の屋上に上がってみました。

 

最初にダイヤモンドクロッシングに差し掛かった循環線(内回り)の車両は、嬉しい事に旧神戸市電のアニマル号でした。(撮影日時:2026.5.11 13:59)

 

訪れたのは平日の午後、曇って幸い陽光は雲に遮られ涼しい風も吹いていました。awakinは広場のベンチに座ったまま電車を待っているので居心地はよいのですが、循環線の平日の運行は内回り、外回り共に1時間に多くて3本しかなく、一本通り過ぎてしまうと次がなかなかやって来ません。

 

旧神戸市電1156号車が循環線を通過して約3分後、今度は5号線の停留場(稲荷町交差点南詰)に単車が2両姿を現しました。

 

狙いはこの時点でダイヤモンドクロッシング上を循環線(内回り、外回りどちらでも)を電車が通過している風景なのですが線路上はがらんとしています。

 

早々タイミングが合うはずがありません。

 

10分程待つと、被爆電車(651号車)が循環線(外回り)を走ってくれました。

 

ところが今度は南北の線路に1両の電車も見えません。

 

この後あちこちで買い物する予定があり、最初から循環線は3本までと決めておりました。運命の3本目はどうだったでしょうか?

 

う~ん、残念!、3本目は12分後にやって来た循環線内回りの被爆電車(652号車)でしたが、やはり稲荷町停留場に停車している車両はありません。

 

もう少し通過するのが早ければ、手前に写っている連接車(3900形)と絡んでくれたのですが、これはもうタイミングだけの問題で運が悪かったということです。

 

これも生みの苦しみです。後日再挑戦することにし、今度はicocaで電車に乗れるようになってから、被爆電車で循環線を走りながら車中からの撮影を楽しんでみたいと思うところです

昔三篠の自宅からバス停二つむこう、新庄橋を渡ったところに岸本牛乳がやっていた『新庄薔薇園』があり、こどもの頃に家族で日曜の午後など、よく遊びに行っていたものですからバラの花には馴染みがあり好きな花です。

 

今広島市立植物公園では恒例の「ローズフェスティバル」が開催されており、薔薇園に植えられている広島ゆかりの平和の薔薇を愛でたくて足を運んでまいりました。

 

薔薇園の一角に広島にちなんだ薔薇ばかりが植えられたコーナーがあります。

 

薔薇を愛でることで平和な世界の実現を目指した広島の外科医・原田東岷さんの名を冠した薔薇も多くの花をつけていて、その昔交通事故に遭って生死の境を彷徨っているawakinの命を救ってくれた先生に思いを馳せてまいりました。

 

ドクター・トウミン

 

ヒロシマ・アピール

 

ピース・メーカー

 

ヒロシマ・スピリット

 

平穏な広島で日々暮らしていることに幸せを感じるとともに、世界中のひとびとが争いを止めて、皆が平和に暮らすことはできないものかと思うところです。

秋、ヒヨドリが大挙して西進している頃には近所にたくさんスズメが居たのですが、冬が来る前に渡って来たハイタカが近くに居ついてしまうと、狩られるのを嫌ってか途端に姿を見せなくなってしまいました。

 

おそらく太田川放水路のむこうに聳えている低山に逃げ込んでしまったのでしょうが、正月のしめ飾りの稲穂が今年はスズメに食べられることもなく、その後も自宅周辺でスズメの声を聞くことはありませんでした。

 

それが4月の初めにヒヨドリが東進を始める頃にハイタカは大陸に帰ってしまったのでしょう。ベランダに出てみるとスズメが帰って来ていて、そこらじゅうを飛び回りチュンチュン鳴いている姿が見られました。

 

そして5月、自宅上空を渡っていく鷹(ハチクマ、ツミ、ノスリが狙い)を観察しようとベランダに座って探鳥していると、留鳥の面々(スズメ、カラス、トビ、カワラバトなど)は繁殖行動に入っていて、巣材を咥えて飛んでいたり、雛に与える餌を運んでいます。

 

興味深いのは種によって繁殖時期が微妙にズレていることで、今だと鉄塔に巣を掛けているハシボソガラスはすでに雛が大きくなっていて盛んに親に餌をねだっていますが、カワラバトはまだ巣作りの最中のようで枯草を咥えて飛んでいる姿が見られます。

 

そして最も身近なスズメはこの時期もう黄色い嘴をした雛が巣立っていて、隣家の屋根の上に停まっては盛んに親を呼んでいます。親は虫を捕えて飛んで来るとすぐに雛に給餌するのです。

 

 

 

スズメの親子の給餌風景。

 

この給餌の様子はとても愛くるしくて、awakinの好きな風景の一つです。

 

たかがスズメですが、されどスズメです。

 

小さな小さな鳥さんでも表情があるもので、その表情から読み取れる親子の絆は我々人間と比べてもまったく遜色ないと思うのですがいかがでしょうか。

エヴァンゲリオン新幹線がハローキティ新幹線に塗り替えられたからずいぶん経ちますが、使用されている500系新幹線が引退する話が出たかと思うと、ぼやぼやしている内にアッという間に時間が経ってしまいました。

 

気づけば一週間後の17日を最後に、ピンク色に塗られた特別な新幹線が見られなってしまうのです。

 

運転初日に観に行ってトラブルで逢えなかったハローキティ新幹線ですから、見納めに記録を残しておこうと思い立ち、awakinが住んでいる三篠の地を見下ろせる高台に上がってみました。

 

本川(太田川本流)を渡って三篠へ入って来たハローキティ新幹線。

 

横川駅上を通過。

 

太田川放水路を通過するハローキティ新幹線。

 

撮影地の高台には初めて来ましたが、この場所は昭和43年に完成した太田川放水路を造る過程を記録した映画『太田川放水路』の中で、建設省太田川工事事務所の担当者の方が映画の冒頭に上がって工事現場全体を眺めるシーンで使われた場所です。

 

一度上がってみたいと思っていたのがなかなか機会に恵まれなかったのですが、今回ハローキティ新幹線のおかげで上がることが出来、自分の住む土地が俯瞰できることを知って改めて感動を覚えたところです。(awakinが朝野鳥の観察で座っているベランダも見えました。)

 

映画『太田川放水路』の映像の一部をプリントスクリーンして保管させてもらっているので、今度60年前に撮影された広島と今回awakinが撮影した広島を比べてみたいと思うところです。