1泊2日の行程で、斐伊川河口域でまったり過ごしてまいりました。

 

探鳥目的ですがいつもの如く植木屋さんで花を愛でたり、道の駅に立ち寄ってシジミを買ったりしながらのの~んびり旅です。

 

心がけはそんなでも広大な農地が広がる斐伊川河口ですから、いろんな鳥さんとの出会いがありました。

 

最初の出会いはチュウヒでした。

飛んでいる猛禽を撮るのが一番好きなawakinですから、見かけると嬉々としてレンズを向けてしまいます。

 

電信柱とお地蔵さん

以前はここに来るたびに飛翔姿を見せてくれ喜ばせてくれていたハヤブサですが、最近は電信柱か畔に停まったまま動かないことが多いのです。

それでも時おり止水域にいるカモたちを襲うところに出くわすことがあることはあるのですが、そんな時はたいていハンドルを握っていて、『あ~っ!』と一声あげたら終わりになるのです。

 

葦原の忍者・サンカノゴイ

前に一度山口県の葦原で頭の上を飛んだのを見たことがある鳥さんですが、写真に収めたのは初めてでした。ポイントは鳥先輩から教わっていて、その通りに何度もクルマで走行していると、何となく違和感を感じたところにこの子がいたということです。

 

ひとりぼっちのナベヅル

ナベヅルは毎年山口の八代盆地へ観察しに行っているのですが、それ以外の地できっちり撮影できたのは今回が初めてかもしれません。

八代ではノスリが上空を飛んでも、ツルたちが恐々上空を窺うといった表情は個体までの距離が遠すぎて見たことがありません。ここ斐伊川ではクルマの中からの観察となるのでむこうの方から近づいてくることがあり、上空をチュウヒが飛んで、何となく不安げな表情で空を見上げているナベヅルを記録することができました。

 

斐伊川の中州を飛ぶチュウヒ

チュウヒは複数いてクルマで走り回っているとあちこちで飛んでいるのを見かけました。ハイイロチュウヒの♂も日中の明るい時間に4~5回は飛んでいるのを見かけましたが、いずれも遠かったり強逆光だったりで、きっちりと写真に残せなかったのは残念でありました。

 

マガンの群翔

コハクチョウは見かけませんでしたが、マガンはまだたくさんいてくれました。

大山バックや月に雁を一応狙っていたのですが、此度は天気予報が外れ、大山はおろか三瓶も見ることができないほど視程の悪い斐伊川でありました。

民俗学者宮本常一さんは、awakinが尊敬している人物のひとりなのですが、昭和9年8月に隣県島根の一畑電車に乗車されたときの事を次のように書き留めておられます。

 

『私がはじめてここへまいったのは昭和九年八月であった。隠岐へわたるために、大阪から大社まで汽車にのり、大社からこの一畑へ来てとまったのである。一畑へ来たのはここの方が宿銭が安いだろうと思ったからである。そのときの電車の車掌はつよい出雲なまりの人で、「次はウンスンフィラタ(雲州平田)でございます。」といったのが、いまも耳についている。じつに気のよい人で、平田から一畑までは客が一人もなかったので、そはにやって来ていろいろはなしてくれた。』(宮本常一著作集25巻 追記・「出雲への家族旅行」)

 

前に一度awakinはこの一畑電車の車内放送がどうなっているか確かめるために、雲州平田~出雲大社間を往復で利用したことがあるのですが、そのときのアナウンスは流暢な日本語と英語で、よどみなく『次の停車駅は、雲州平田、雲州平田です。Next station is Unshu Hirata. 』と放送されて少々がっかりしたのを憶えています。

 

その一畑電車の雲州平田駅、此度鳥見するのに一泊したホテルのすぐ近くにあり、宿泊した部屋の窓から眼下に駅が見えたので、ウンスンフィラタと宮本常一さんを想いながらシャッターを押してみました。

 

元京王帝都で東京を走っていた車両が、すぐむこうに見えている雲州平田駅に入線していきます。(撮影日時:2026.2.4 7:05)

 

車内ではおそらくアナウンスが流れていることでしょう。

 

宮本常一さんが戦前に車内で聞かれた強い出雲なまりというのは、松本清張さんが書かれた小説『砂の器』で事件解決のキーになったことでも知られておりますが、今回ホテルの隣にあるスーパーマーケットで買い物している最中に、たまたま隣にいた地元の老夫婦が話している会話が、ただの一言も何を言っているのかわからなかったのが強く印象に残りました。

 

『出雲は人情のあついところである。昭和九年八月、出雲路を歩いた時も多くのよき人に逢うた。一畑から松江へ行く電車の車掌の印象は今もあざやかである。訛りの強い人でハヒフヘホをファ・フィ・フ・フェ・フォと発音し、シがすべてスにきこえるほど訛っていたが、その言葉とともに沿線をこまかに説明してくれた好意が忘れられないのである。』(宮本常一著作集25巻・土と共に「親切な人々」)

 

電車の中で宮本さんと車掌さんふたり切りで、話し込んでおられる姿が目に浮かぶような気がしています。

鳥見主体で隣県の斐伊川を、一泊して楽しんでまいりました。

 

目的の鳥さんがいるにはいたのですが、羊田の中をウロチョロする鳥さんで、予後で弱った身体と精神には荷が重くすぐに諦めてしまいました。

 

なので他のみなさんは見向きもしないナベヅルやハヤブサ、チュウヒを探しながら広い農地を走り回って来た次第です。

 

斐伊川の夕景(2026.2.3 16:22撮影)

 

美事な光芒が見られました。

 

電線が見えない広々とした風景、ホテルの駐車場に着いて見上げると満天の星、そして真っ暗な夜空です。

 

『ここらあええとこですねえ。』とフロントの女性に告げると、『このへんはそんなにええとこじゃないですよ。』と怪訝な表情をされてしまいました。

予後を気遣ってなかなか野外を歩くことができないawakinです。

 

勇気を振り絞ってちょっとした坂道にも挑戦したいところですが、毎日寒いしお天気もイマイチですから、どうしても平地をほんの少し歩くだけで満足してしまい、ブログに載せられるような鳥さんとの出会いがほとんどないのです。

 

なのできょうは3年前、鳥見の途中に遭遇したインパクトある輩の写真を載せてみたいと思います。

 

約10mの距離で対峙したイノシシ(2023.2.3撮影)

 

こ奴との出遭いは3年前の正に今日でありました。

 

場所は魚切ダム堰堤に上がる途中にある公園で、カヤクグリを探したり、ルリビタキを追いかけたりしていたのですが、知らぬ間に奥のほうから出てきていたのです。

 

木陰からひょこひょこ出て来てフッと顔を上げたらawakinがいたという訳で、私が気づいたときにはもうこっちを見ていて、身動きひとつせずお互い5秒くらい見つめ合いました。

 

私のほうは特別焦りもせず、こいつは牙が生えていないからたぶん♀、もしこっちに歩いてきたら5mほど後方に置いているクルマに逃げ込めばええじゃろうと、高をくくっていたのです。(リスク管理面からすると最低の行動でしょうか。)

 

そのうちイノシシは緊張を解いて下を向き、お腹を空かせているのかミミズを捕まえようと地面を鼻で堀り始めたので、私は後ずさりしてクルマに戻ったのでした。

 

野外でイノシシと遭遇するのはこれまで数回ありますが、いつもむこうの方が先にawakinの存在に気づいて脱兎の勢いで逃げていたものです。それがこの時に限ってむこうが逃げずにいたせいで、手に汗握る時間をほんの少しですが体験できたということです。

 

とは言っても本音を申せば、もう一回同じ体験をというのは勘弁してほしいと思うところです。

梅花の便りを聞いて、久しぶりに市内へ出て縮景園を歩いてまいりました。

 

正直なところ梅の季節にはまだ早いのです。テレビニュースでは梅花は咲いたのが映っていましたが、たぶん編集されていて本当はチョロっと咲いているだけに違いありません。

 

なのでマクロレンズはバッグに入れず、望遠ズームだけで離れたところから梅花を写し、小鳥がいたら併せて写せればいいなと思ったのです。

 

園内にはミモザが植えてありまだ蕾ですが、虫がよくつく木なのかキクイタダキが停まっている写真がよくSNSに投稿されているのです。

 

こちらも近くで撮れたらいいな、くらいのスタンスで臨んでみました。

 

 

 

園内に群れていたビンズイ。

 

小鳥にレンズを向けるのは久しぶりなので、わずかな時間ですが楽しめました。

 

そのわずかな時間でも縮景園は大名が造った回遊式の広い庭園ですから、アップダウンがあって、病後の身には2,000歩程度歩いただけで息が上がってしまいました。

 

歩き回ってミモザのところに到着するとキクイタ狙いのCMが数人おられました。声を掛けると朝方に出たみたいですが、それからはハヤブサが飛んだくらいでずっと手持無沙汰にしているそうです。

 

体調管理と運動不足解消が主目的のawakinですから、息があがっている身では長居は出来ません。1時間程滞在しただけで速やかに退出したのは言うまでもありません。