時期的に夏羽のツバメチドリが入ってるかも?と隣県の田んぼをよく訪ねています。

 

でも飛んでいるのはツバメかコチドリばかり、航空祭も近いので築城からF-2が飛んで来て予行をしてくれないかと期待するのですがこちらもウンもスンもありません。

 

仕方なく地べたを這いずりまわる鳥さんを探してレンズを向けるのですが、左程探し回らなくても図体がでっかいために嫌でも目に入ってくる鳥さんがいます。

 

それはコウノトリ、見かけても『ああ、おるおる』くらいでそのまま通り過ぎることがほとんどですが、水浴びしていたり他種の鳥が同じ田んぼ内にいて図鑑とは違う画像が撮れそうなときは、ちっくし立ち止まったりしています。

 

田んぼのコウノトリは2羽入っていると聞いていたのですが、これまで撮影したのはいつも個体識別番号=J0916の個体ばかりでした。

 

こちらがそのJ0916。(2026.4.17撮影)

 

この個体は若い(こども?)せいか人間をまったく怖れません。車を停めて遠くから観察していると、すぐ横3mくらいの農道を人が自転車で通り過ぎてもトントントンと数歩横ずさりするだけなのです。絶対飛び去ると思ったのに驚いてしまいました。

 

それが昨日のこと、田んぼを再訪してクルマを走らせていると1羽のコウノトリが採餌しているのに気がつきました。彼女を見下ろすシチュエーションに車を停め、双眼鏡で識別番号を確認しようとすると、この子はさっさと茂みの中に身を隠したのです。

 

これまでにないことでとても警戒心が強い感じです。

 

もしかして別個体?とすぐに移動し、建物の陰から隠れて撮影に臨みました。

 

個体識別番号を確認するとJ0742で別個体でした。(2026.4.22撮影)

 

グーグルのAIの助けを借りて調べてみると、この個体は2024年生まれのメス。

 

同様にJ0916について調べてみると2025年生まれのメスだそうで、2羽いるのにいつも別々、一緒にいないのは同性だから?あるいは若すぎるから?などと理由を推定していましたが、やはりメス2匹だったようでこれではペアになるはずがありません。

 

もし今後オスの個体がこの田んぼに飛来してくるようなことがあれば、この2個体は争うことになるのでしょうが、そうなると勝つのはやはり年長者のほうでしょうか。

 

そもそも何歳から繁殖ができるようになるのかまったく知らないawakinです。

 

ほんの少しですが、コウノトリのことを勉強してみようかなと思い始めています。

年末に手術を受けたのと、鼻風邪を長引かせたりして、今年に入ってからほとんど鳥見をしていないawakinです。

 

それでも最近はだいぶん微熱が収まってきて咳もほとんど出なくなりました。でも食い気が以前と変わらずですから体重はうなぎ上りです。なので少しずつですが、なるたけ外に出てリハビリで少し歩くようにしています。

 

出掛ける先はクルマで1時間ほどで行ける隣県の田んぼで、海を見ながら堤防の上をゆっくり歩きます。それにこの時期はシギチの仲間が日替わりで飛来して採餌しているのが見られ、彼らを探して歩く楽しみもあるのです。

 

とは言ってもまだとっても疲れやすくて、すぐに休憩したくなります。そんなですから鳥探しもほどほどに、田んぼに長く居ついているコウノトリでリハビリすることが多いのです。

 

というのもこのコウノトリ、他の鳥さんに比べて番外ガタイが大きいので遠くにいてもよく目立ちすぐに見つけることができるのです。

 

ザリガニを捕食しているコウノトリ。

 

問題はこの眼です。

 

awakinが写真を撮るモチベーションは、家内殿と娘に①これいいね~、②かわいいね~、③かっこいいね~、と言ってもらえることに尽きるのですが、家内殿も娘もコウノトリの写真を見せると『なにこれ~。こわい~。』と言い、人気はすこぶる悪いのです。

 

それ故彼らが見ても怖くないコウノトリを撮ってやろうと腐心するわけで、田んぼではいろいろ考えながら撮ってみました。

 

まずは正面顔、六白眼がはっきり写らないよう遠くから撮影しました。

 

次に眼に注意がいかないよう羽繕い後の羽ばたきをパチリ。

 

 

続いて他の鳥と一緒に写して視点が分散するよう狙ってみました。

 

やはりコウノトリは怖い眼がはっきり写り込まないよう、遠くから風景の一部として撮るのがよいでしょうか。(ただそれだとこの鳥が持つ何とも言えん迫力は全然伝わらないとは思いますが…。)

隣県の広い田んぼではこの時期、さまざまな旅鳥が降り立って羽を休めています。

 

一期一会は詮無いですが、それでも一瞬の出会いを求めて時おり訪ねています。

 

先日は一羽のセイタカシギがいて、同じ田んぼにコウノトリもいたので一緒に写るタイミングを計ってシャッターを押してみました。

 

セイタカシギとコウノトリ

 

同じような色合いの鳥さんですが、大きさはだいぶん違います。

コウノドリは瞳が小さい六白眼?で見た目が怖くアップでは撮り難い鳥さんですが、このくらいであれば怖さは伝わらないでしょうか。

それにしてもシギの仲間の中でも大柄なセイタカシギがとても小さく見えます。だいぶ前ですが、同じ田んぼにいるハマシギを蹴散らしながら採餌するセイタカシギがいたことを思い出し、アーカイブを探してみました。

 

セイタカシギとハマシギ

 

田んぼで採餌しているハマシギの近くにセイタカシギが舞い降りてエサを探し始めました。どうするかと観察していると、まるでそこに何もいないかのごとく、ハマシギを無視してずんずん歩くので、ハマシギは慌てて羽を広げて道を譲ります。

 

相手が小さいので馬鹿にしている訳ではないのでしょうが、シギチの仲間は同種間でよく争っているのを見かけるので気性が荒い種だと思うところですが、相手がコウノトリだと勝手が違うのか、争わずにすごすごと退散するセイタカシギを現金な奴だと可笑しく思ったawakinであります。

先週のお天気がよかった木曜日に、とびしま海道へアビを探しに行ったのですが芳しくなく、目的を変更して島伝いにゆっくりドライブすることにしました。

 

まずは豊島・小野浦にあるSimauでアクセサリーを購い(店主の方が曜日を間違えて店を開けておられました)、そのあとは大崎下島の御手洗をひさしぶりに散策することにしてクルマを走らせました。

 

大崎下島の御手洗、旧い港町で小学校の教科書にも載っていた町です。ただ読み方を知らずにいて「おてあらい」と覚えてしまい、『冴えん地名じゃのう。』と思っていたのは60年近い昔のことでした。

 

 

御手洗の町並み。広島に4つある重伝建のひとつで、江戸時代から続く旧い町並みが表通りに関してはよく保存されています。

 

 

旧金子家住宅。

 

御手洗は町並みが古いだけでなく、参勤交代や廻船の中継地であったことから、大きく歴史が動いた幕末には坂本竜馬など多くの志士が立ち寄ったという歴史を持つと同時に、一大歓楽街であり、4つあった幕府公認の茶屋とともに「おちょろ舟」に乗った下層の遊女たちが日々暮らした花街でもあったのです。(awakinが訪れた時には4つあった茶屋のうち唯一残っている若胡屋跡は補修工事中で中に入れませんでした。)

 

こちらが「おちょろ舟」。

 

舟を漕ぐちょろ押しに沖合に停泊する船まで連れられて行く遊女の姿が目に浮かびますが、このおちょろ舟の模型を作ったのは「御手洗最後の船大工」と言われた宮本國也さんです。awakinは2012年1月に御手洗を訪れた際、作業場で宮本さんと長話ししたことがあり、その時場内に架けらていた古い写真をたくさん撮影させてもらったのを覚えています。

 

こちらは14年前に撮影した3軒長屋。(2012.1.14撮影)

 

長屋の1階、一番むこうの仕切りの前に一人乗りの電動カーが見えますが、このときすでに齢80を超えておられた宮本さんは元気な様子で木材を削り模型の舟を作られていました。おちょろ舟は確か25,000円で分けてあげると仰いましたが、持ち合わせがなく買って帰れなかったのが今も残念に思うところです。

 

こちらは現在の3軒長屋。(2026.4.16撮影)

 

郵便ポストを含め、町の景観はまったく変わっておりませんが、長屋の主は時とともに変わっているようです。宮本さんの工房だった一番むこうの部屋は閉じられ、真ん中の部屋も甘味処だったのが今は一棟貸の宿になっているようですが、予約がない日は開ける必要がないのでしょう。雨戸は閉まっておりました。

 

この3軒長屋、看板があって読んでみると元は旧宇和島藩、大洲藩が利用した船宿だったそうです。どのような身分の藩士がどのような目的で移動する際に利用したのか興味が湧きました。

 

参勤交代だと殿様は本陣に宿泊するのでしょうが、御手洗に本陣があった形跡はありません。津和野藩のお殿様も参勤交代では津和野から廿日市までの山中は籠に乗り、廿日市から船で出たうですが、どこをどう航海して江戸まで行ったのか、古びた船宿を目にすることで、想像が千里を駆け抜けていきます。

広島県の鳥はアビということになっています。

 

アビというのは冬に渡って来る水鳥の一種で、アビ、オオハム、シロエリオオハムの3種を区別せずに『広島県の鳥』に指定しています。

 

このアビ、昔はひと冬に万単位で渡って来て、その習性を利用したアビ漁が盛んでしたが、過剰な海砂採取でアビの餌となる魚(キビナゴ等)がいなくなり、必然アビも来なくなってしまったという悲しい歴史があります。

 

ただ昔アビ漁が行われていた海域は今も「アビ渡来群游海面」として船の立入が制限されています。

 

こちらは豊島・小野浦にある公園に設置された看板で、アビのことがよくわかる説明文が書かれています。「アビ渡来群游海面」は右下の地図内に黄土色で示された海域で、青色の部分は「特別保護指定区域」です。小さくて少々わかり難いので、県のHPから該当の部分をお借りしてみます。

 

こちらは広島県の「特別保護指定区域」の図です。

アビが渡って来なくなったためか、より限定的な「アビ渡来群游海面」は記載されておりません。ただこの「特別保護指定区域」、素人考えで指定された期間内はいっさい船の航行ができなくなるのかと思いきや、実はそうではありません。

 

例によって但し書きというのがあり、①漁業・農業・遊猟船業・船舶運航事業等を営なむために航行する船、②島の居住者が航行する船、③緊急避難の場合に航行する船、は除くとなっていて、要は区域内に入れないのは許可を得ていないよそ者の船だけということです。

 

長らくごく少数しか姿を見せなかったアビたちですが、昨年は千羽を超えて飛来し、今年も数は数えていませんが相当な数で渡ってきたようです。

 

きょうは「アビ渡来群游海面」の現状を、昨年と今年、現地で撮影した写真で見ていきたいと思います。

 

アピと遊猟船。(2025.3.28撮影)

 

アビと遊猟船。(2025.4.19撮影)

 

当時は何も知らずに『ひどいことをするのお。』と思ったものですが、彼らは但し書きに則った自分たちの仕事をしているだけで、法を破っているわけではないのです。

ただ遊猟船が近くにいるうちは全く姿が見えなかったアビたちが、船が移動していなくなるとどこにいたのか湧いて出てきて、海面がアビでいっぱいになるのを何度も目撃します。彼らはアビ漁が行われていた時代と違って、現代の遊猟船を嫌っているのは確かだと思うところです。

 

今年飛来したアビ(シロエリオオハム)。(2026.3.25撮影)

 

2026年の観察はこの日1回限りでした。飛来は確認できたものの遠くて写真にならず、再度訪れるつもりでしたが体調を崩してしまい結局2回目は4月16日、このときは高台に上がるとすぐ巨大な船が「特別保護指定区域」に入り込んで来て、即座にアビたちはすでに飛去してしまったのだろうと理解しました。

 

二窓島の手前を航行する巨大船。(2026.4.16撮影)

 

大子島と上蒲刈島間の狭い水道を航行する巨大船。(2026.4.16撮影)

 

この船、名を「おんど2000」と言い、全長30.7m、総トン数144tの国土交通省中国地方整備局が運用する海面清掃船(海洋環境整備船)です。

 

でも海を掃除しているようにはとても思えないアクセル全開、大波をたてながらスッ飛んで行きました。

 

この船が但し書きのどれに該当するのか知りませんが、こんなのが全速力で航行するような海にアビはもういないだろうと勝手に判断し、観察開始して間がなかったのですが、大崎下島の御手洗で散策を楽しもうと目的を変更したawakinでありました。

 

因みにこのときの「おんど2000」の航路は県民の浜の沖250~500mほどの所でした。昨年は同じ海域に浮かんでいるアビたちを多数撮影しているので、ほんの少しですが載せてみたいと思います。

 

鴨瀬灯台前に鳥山とアビ。(2025.3.30撮影)

 

二窓島を背景に凪の海とアビ。(2025.4.9撮影)

 

大子島の砂州を背景にアビの群れ。(2025.4.19撮影)

 

背景の砂州は上のおんど2000の後ろに写っている砂州と同じ砂州です。

 

1年前はアビたちがのんびり浮かんでいた海が、今年はごみ取り船が全速力で突っ走る悲しい風景に変わってしまったということです。