1月末に梅が咲いたと報じるTVニュースに騙され?、縮景園まで花見に出向いたもののほんの一部に花が咲いているだけで歩いて終わりでした。

 

それから1週間が経ってそろそろ花が咲いたかなと期待しながら再訪してみました。

 

前回は一輪も咲いていなかった枝垂れ梅にも花がついていました。

 

家内殿が好きな梅花ですから同じ品種が手に入るならわが家の豆庭に連れて帰りたいところですが、日当たりのあまりよくない豆庭ではこれまで庭師が植えた梅を何本も枯らしているので、ヤメておいたほうが梅のためになるでしょうか。

 

梅林の花は5~6部咲き、前回と比べるとだいぶん楽しめました。

 

花札よろしくメジロを探すのですが気配がありません。『メジロがおらんですね。』というのは、ここ最近当地在住のバーダーの挨拶文のようになっている言葉ですが、実際awakinがこの前メジロにレンズを向けたのは昨年のここ縮景園でありました。

そのときも少ない個体数に驚いたのですが、それ以上にCMの多さにビックリして数カット撮ったら退散したのです。しばらくするとメジロも珍鳥の範疇に入ってしまうかもしれないと思うと、何か寂しい思いがするところです。

 

メジロの代わりにキクイタダキ

 

病後でほとんどフィールドに出ていないawakinは知らなかったのですが、今冬はどこでも見られる鳥だそうです。

昨季は探し回ってもなかなか見られず、確か極楽寺山と緑化センターの高い松の上でほんの一瞬見ただけだったのです。年が変われば状況が変わるのは当然ですが、よく見られたあと逆にパッタリ見られなくなる(昨季はクロジが当たり年でした)のはよくあることですから、このキクイタにも来季以降はもしかすると会いづらくなってしまうのかもしれません。

此度広島にも雪が降りました。

 

例年なら大喜びで山の上やダム湖に繰り出して『雪中鳥図』の新作撮影に励んでいるはずですが、今年は術後で身体の具合がイマイチなうえ、どこも小鳥の出が少ないと聞いているので無理せず動かずにいるのです。

 

効率、非効率とかは全く気にするawakinではないのですが、命にかかわるような事態はさすがに避けたいのです。

 

それ故せっかく4WDのクルマに乗り換えたというのに真っ白な圧雪路を嬉しがって走ることもなく、ギュッギュッと雪を踏みしめながら凍った山道を歩くこともせずに、大人しく部屋に閉じこもって炬燵でのんびり読書しているのです。

 

とは言っても少しは動いておかないと本当にダメな身体になってしまいます。

 

ベランダに積もった15㎝ほどの雪を、洗濯物を干すのに邪魔にならないよう動かすことにして、一生懸命デッキブラシで雪をどかしていると眼下の駐車場で何かが動きました。猫?この寒いのに何しよるんかの?と、目を凝らすとカラスでした。

 

これまでカラスにレンズを向けることはまずありませんでしたが、このカラス、羽の一部が白く見え、もしかして白化個体?とスマホで瞬撮してみました。

 

 

駐車場をうろつくカラス。(2026.2.9 12:56撮影)

 

羽の一部が白っぽいこのカラス、自宅の裏手にある駐車場を歩き回り、水たまりで水を飲んだり、積もった雪を突いて食べたりしているのです。

 

歩く様は人間のようにスタスタと二足歩行なのでハシボソガラス?でしょうか。

 

ただこの個体、図鑑に載っているハシボソガラスと比べるとずいぶん小さいように見えるのです。横のクルマはスズキの軽4で、タイヤサイズは15インチ(約38㎝)なのですが、この個体は軽自動車のタイヤの外径と比べて相当小さくて、30㎝くらいしかないように見えます。(ハシボソガラスは成鳥も幼鳥も約50㎝)

 

もしかすると別種なのかもしれませんが、カアと1回鳴いたような気がしたので、たぶんハシボソガラスの白化個体なのでしょう。

 

この後駐車場に人がやって来てどこかに飛び去ってしまいましたが、10分ほどでまた帰ってきて、そのときは何か食べるものを咥えていました。

 

この場所が気に入ってしばらく居てくれるようなら、今度は望遠レンズを持ってきて今まで撮ったことのないカラスのどアップ写真に挑戦してみるのもいいかなと考えているところです。

雪景色はawakinが住んでいる広島では結構な珍風景です。

 

朝目が覚めて、外が白銀の世界になっているというのは、正味10年に一度くらいでしょうか。

 

今朝はその珍風景が目の前に広がる朝でありました。

 

広島市内では珍らしい凍結した街路。(2026.2.9 7:47撮影)

 

新聞を取りに出ると、ちょうど小学生が通学する時間だったのです。

 

むこうから朝日がいい感じで当たっていたので、十年に一度の風景だと思いながら瞬撮してみました。

きのう(8日)の午後3時頃から降り始めた雪は、午後8時頃まで降り続き、旧広島市街地の北の端に位置する三篠では20㎝近く積もりました。

 

温暖な広島ではとても珍しいことなので、この前はいつだったか調べてみると2017年1月15日で約9年前のことでありました。

 

きのうの15:30に撮影した豆庭

 

上の写真を撮ってから2時間後(17:40)のわが家のベランダです。

 

この後2時間近く結構な勢いで雪は降り続けました。

 

問題は今朝です。Everyday is Holiday. のawakinはまったく苦になりませんが、職場に出勤しなくてはならない娘は、雪の中出て行かなければいけません。

 

一応ネットで情報収集したところ、JR(山陽線下り)は2分遅れ、横川まで乗る広島交通のバス便は平常運行と出ていたので安心していたのですがこれが大嘘、バスはやって来ても満員で乗れず、運転手に次便は運行されるかどうかわからないと言われた娘は家に帰って来ました。

 

それなら横川まで連れて行ってやろうと支度し、ガレージで出て見るとマイカーはわずか20㎝程ですが前後左右が雪に埋もれていて、どかすのに結構な手間がかかるのです。

 

自分が出勤していた頃には、翌朝の雪を見越してクルマ全体を毛布で覆っていたものですが、のんびり暮らし始めて早6年、ぼ~んやり毎日を生きていることを実感しました。

 

結局awakinが苦労しているのを見た娘は歩いて横川まで行くと申し出て、遅刻を覚悟して出勤しました。

 

日常に埋没していると、次の一手が後手に回ってしまうと自省しているところです。

鳥を撮り始めて6年ほどになります。

 

以前のフィールドでは鳥探しばかりに時間を当て、食事する時間などもったいないとばかりにコンビニで買ったオムスビを車内で齧ったりしておりましたが、少々遠出するようになった最近は、広島とは違う所で食を楽しみたいと考えを変え、鳥見の合間にいろんなお店を訪ねてはゆっくり食事をするようになりました。

 

今回の斐伊川では以前から鳥先輩にその存在を聞いていたものの、訪ねる時間が遅すぎて一度も入店することが出来なかった蕎麦店・かくれ庵に、開店時間の11時に合わせて訪問し、目出度く蕎麦を手繰ることができたのでありました。

 

 

窓のむこうは広い農地が広がります。時おり雁の群れが通り過ぎ、食事中にはハイタカの姿も見られました。

 

出雲市斐川町・かくれ庵の割子そば

 

早い時間に訪問したため、店が開いているのか閉まっているのか分からず玄関を開けて声を掛けると、後ろの母屋からご主人が出て来られました。ほかに誰もいないので一瞬不安になりましたが杞憂で、部屋に通されて待っていると次から次へとお客が入って来てすぐに満席になってしまいました。

 

出雲で蕎麦というと、宮本常一さんのエピソードが思い浮かびます。

 

それは昭和31年11月のことで、宮本さんはご家族とともに備後落合の旅館に一泊した後木次線、山陰線、一畑電車を辿って眼病に霊験ある一畑薬師にお参りされました。

 

『寺の門前にはソバ屋があった。そこからは宍道湖が一望の中に入る。朝のまだ誰も参拝者のないこの静かなながめの中でソバを食べるのもよいと思って注文すると、店の女は、まずのべ板の上にソバの粉をおき、水でしめらせてねりはじめた。器用な手もとに見とれていると、やがてのべ棒でそれをのべ、庖丁できっていく。そして湯の煮えたった釜の中へ籠の中に入れてつけた。こうした手うちそばをたべるのも何年目であろうか。ここにはまだこんなにのんびりした商法がのこっている。そしてまた、注文してから、ソバをうち煮たてて出すまでの長い間をまっている客もここには多いのであろう。』(宮本常一著作集25 追記「出雲への家族旅行」)

 

70年前の家族旅行の想い出と言ってよいでしょうか。当時の出雲には今とはずいぶん違う鷹揚でゆっくりした時間が流れていたのです。

 

かくれ庵が満席になった後に来た客の中には、お店の人が少し待っていただければすぐに空きますよと声をかけられてもすぐに帰ってしまう者もいて、時間の経過とともに人心も土地土地の風情も変わっていくものなのだと感じ入った次第であります。