「つくった花」と「できてしまった花」 | 宇田 明の『もう少しだけ言います』

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たとえば、

市場担当者が入荷した切り花、

あるいは花屋さんがせり落とした切り花、

箱を開け、1束10本の日持ちを比べたとします。
おなじ生産者、おなじ品種、おなじ規格、おなじ出荷箱に入っていた切り花であるにもかかわらず、日持ちがバラバラなことに驚くでしょう。
それが1箱100本を調べれば、さらにバラツキが大きくなります。


花の栽培技術者、研究者なら、そんなバラツキは日常茶飯事、あたりまえのこと。
だから、日持ちについて

生産サイドの技術者、研究者の口は重い、

明確に発言しない、

「そんな場合もあるし、こんな場合もあるし‥、むにゃむにゃ、ごにょごにょ・・」
自分でもなにを言ってるのかわからない。


一方、

自分で日持ち試験をしたことがない流通、小売、関連企業のひとの発言は明確、断定的。
パンフレットや報告書に書かれているとおりにしゃべるのだから。
そんなひとが、農水省の事業をうけ、自分で日持ち試験をしてみると、急に口が重くなる。
これまでに何度もそんな場面にでくわした。
ものごとはパンフレットどおりにはすすまない。
パンフレットはきれいなデータだけを表示してある。

なぜばらつくのか?
見かけはまったくおなじでも、中身がちがうから。


今回のお題は、日持ちではありません。
切り花のバラツキ。
別の言いかたをすれば、

「切り花の勝ち負け」。
今回のお題にそっていうと、
「つくった花」と「できてしまった花」。
「できてしまった花」すなわち負けた花。

これまでなんども言ってきました。
生産者のプライド、
品評会で、金賞をとりたい、大臣賞をとりたい、知事賞をとりたい・・
経営では、
秀品率を高めたい、2L率を高めたい・・
市場の最高値で競られたい・・
日比谷花壇に買ってもらいたい、サトウ花店に買ってもらいたい
ブライダルでつかってもらいたい・・

これらは生産者のプライドであり、生き方であり、DNAに刻まれています。
わざわざ優品、良品、M・Sの切り花をつくりたい生産者はいません。

関西仏花用の輪ギク、小ギク、カーネーション、リンドウ、スターチスをつくろうと思っている生産者はいません。
秀2Lをめざして栽培していたが、うまくいかずに、できてしまったMサイズ、Sサイズ、あるいはSSサイズを、小売サイドが仏花に利用しているだけ。

言いかたが悪いですが、

生産者からすると、それらは失敗作。
植物どうしの競争に負けた株、あるいは茎です。
本来は流通する商品ではありません。
栽培期間中に間引かれるものです。
あるいは、選花中にはねられ、廃棄され、土にかえるべきものです。

生産者が「つくったMS」が、量は少ないですが、あります。
アジャストマム、アジャストフラワーとよばれている短茎規格の商品。



画像 通常規格90cmの輪ギクを、短茎規格70cm(アジャストマム)に「つくった」

 

「できてしまったMS」が、多くできてしまうのは、腕が劣る生産者。
反対に、

アジャストマム、アジャストマムのような「つくったMS」をつくる生産者はトップクラス、腕利きの生産者。


M・S、短茎は秀2Lのような高単価はとれません。
お手頃価格ですから、

面積当たり・時間当たりの収量・出荷量を増やし、生産コスト・流通コストを減らさなければ採算がとれません。
また指定された日に出荷することが必須の契約栽培。
そのためには高度な栽培技術と経営能力が必要で、それは全国トップクラスの生産者。


それを、

高齢者、女性、定年帰農者など花づくりの経験が浅い生産者にも可能にしたのが滋賀県の農協の取組みです。
県の技術者、農協が全面的にサポートしてアジャストマム生産を成功させました。



画像 滋賀県の高齢者、女性、定年帰農者などが県、農協の指導をうけ「つくった」短茎45cm小ギク

 

「できてしまった花」は、なぜ中身が劣るのか?


先に述べたように、競争に負けた切り花だからです。
ハウス、露地ほ場で生育している花は、すべて均一に生育しているわけではありません。
畝の通路側は光があたり、よく生育しますが、畝の内部は光があたらず生育が劣ります。
下葉が黄色くなることもあります。
ハウスでもおなじで、日かげになる部分、乾燥・過湿になる部分は生育が劣ります。
それらは光合成能力が劣るので、蓄積される養分が少なくなります。
蓄積養分の多い少ないは、野菜であれば、実の大きさや味のちがいとしてわかりますが、切り花ではボリュームのちがいぐらいでしかわかりません。
日持ちを比べるとちがいがわかります。

それを見える化したのが、輸出切り花。
米国東海岸への輸出は、大箱にぎゅうぎゅうに詰めこんで72時間かかります。
空港では野外に放置されたり、きわめて過酷な長時間輸送。
それでも日本の切り花は日持ちが長いと評判だそうです。


なぜでしょうか?


それは、日本のトップクラスの生産者の切り花を輸出しているからです。
見かけも立派ですが、光合成で蓄積された養分が多い切り花、中身が濃いチームジャパンの切り花。

切り花の日持ちをのばす技術開発は、最近は一段落しています。
収穫後の管理(ポストハーベスト)、前処理剤や輸送温度などの改善だけでは日持ち延長に限界があることに、流通・小売・関連企業のひとたちも、やっと気づいたからです。
もっと大事なのは、収穫前、栽培中の生育(プレハーベスト)であることに、うっすら気づいたからです。
虚弱体質の切り花に前処理だ、低温だ、バケットだといっても効果に限界があります。

農業の基本は、植物を健康に育てること。
健康に育った植物から収穫した切り花を前処理する、低温輸送することで、消費者に日持ちが長い切り花を提供することができます。



図 競争に負けた「できてしまった花」が日持ちが短くなるメカニズム

  船越桂市(1984)

 

仏花・墓花、ホームユース、サブスクの超コンパクト規格など、花であればなんでもよい、日持ちもそこそこでよい・・なら、「できてしまったMS」、本来存在すべきでない切り花でもよいでしょう。
それよりは造花がよいかもしれません。
優先するのは利益(率)ですから。



画像 造花と生花のハイブリッド関西仏花

    生花はお盆期間中に萎れ、残ったのは造花のホオズキとリンドウだけ

    造花の茎は緑色ビニルコーティングの針金

    花切りばさみで茎を切り戻すと、刃が欠ける

    ハイブリッド仏花は茎の切り戻しは想定していないようです

 

誇りをもって販売するなら、「つくったMS」を使うべきです。
「つくったMS」は、生産者と市場、小売が協働で取りくまないと供給されません。
「つくったMS」のさしせまった課題はリンドウ。
現状のようにだれもが誇りをもてない「できてしまったMSリンドウ」が氾濫していると、造花にとってかわられるのは必定。

「つくったMS」か「できてしまったMS」かは、仏花や墓花だけの問題ではなくなりました。
なぜならば、時代が求めている切り花規格が、家庭環境に合わせてコンパクト化しているからです。

 


画像 日本農業新聞(2021年10月14日)

 

先にお知らせしたように、切り花のマーケットは、推定で業務需要3割、ギフト2割、仏花・墓花などを含むホームユースが5割です。
2024年6月23日「切り花の高品質・高単価マーケットは3割しかない」
https://ameblo.jp/awaji-u/entry-12857037344.html

コンパクト規格の仏花・墓花を含むホームユースが、切り花消費の半分もあるのです。
そうすると、切り花流通の半分がいわば失敗作の「できてしまったMS」。
日持ちに自信がもてない商品を消費者に売っていることになります。

日本はものづくりの国。
生産者の技術と誇りでなりたっている国。
それなのに、失敗作が半分を占めて平気な産業ってなに?

生産者・花店が誇りをもてる「つくったMS」が必要です。

わかったようなわからないような長文駄文におつき合いくださり、ありがとうございました。

 

宇田明の『もう少しだけ言います』(No.443. 2024.8.25)

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