「つつがなしや」と挨拶する国で無農薬栽培は可能か? | 宇田 明の『もう少しだけ言います』

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「日出る処の天子 書を日没する処の天子に致す つつがなきや」 
(日出処天子至書日没処天子無恙云々)

 

607年、聖徳太子が小野妹子を隋に派遣。
煬帝にあてた有名な書状。
爾来、日本では「つつがなし(き)や」と挨拶するようになったといわれている。



画像 聖徳太子 小野妹子を隋に派遣  国書を託す

 

如何いかにいます父母(ちちはは)
つつがなしや友ともがき


文部省唱歌「故郷(ふるさと)」
高野辰之作詞・岡野貞一作曲

園芸的に解釈すると、
ツツガムシに感染していませんか?
お元気ですか?

お変わりありませんか?

ツツガムシとはダニの一種。
その幼虫がリケッチアを媒介し、急性発疹性の感染症(ツツガムシ病)を発症させることが発見されたのは明治になってから。
ということは、聖徳太子の時代には、現在のようなリケッチアによるツツガムシ病は発見されていなかった。
すなわち、「つつが」とは「やまい」の古語。
病気にかかっていませんか?

お元気ですか?

の意味らしい。

とはいえ、「ツツガムシはいませんか」というような挨拶が、

当地では、現在でも花農家どうしでつかわれている。
「だになにしぬで」
「なんもしなんなあ」
「そうよなあ」

解説するまでもないが、
「ダニにどんな農薬が効いていますか?」
「どのダニ剤かけても死なないですね」
「そうですよね」

世間では、SDGsや有機農業、無農薬・無化学肥料ということばが飛び交っている。
それらの国際認証をとらないと、農業、花づくりはやれないような風潮があります。


しかし、日本は「つつがなしや」や、「だになにしぬで」が挨拶になっている国。

そんな国で、営利農家が、無農薬で花を栽培することが可能なのでしょうか?

農村では、

すくなくともわたしの周りでは、

ダニ、スリップス、ヨトウムシ類など害虫被害に苦しんでいる(もちろん病気も)。
無農薬・無化学肥料栽培は話題にもならない。
技術者としてすごしてきたわたしも、耕種防除、早期防除、適期防除はすすめましたが、無農薬での栽培はメニューにありません。

そもそも、無農薬・無化学肥料で経営している花農家を見たことがない。
反対に、ダニの防除を怠り、あるいは失敗して経営破綻した花農家はいます。

全国の一流篤農家は、国際認証のMPSを取得されている方が多い。
MPSは当初は環境対策が主眼で、農薬の削減が大きな目的だったように思う。
それが最近は、目的があいまいになっているように感じます。
いきなり農薬使用量をゼロにするのではなく、相対的に前年より減らしていくと聞いたこともあります(あいまいですが)。


そうすると、前回の獺祭会長のはなし、前年比95%理論。
農薬使用量を前年比95%で減らしていくと仮定すると、
農薬使用量は10年で6割になり、
20年で1/3になる。
MPS取得農家の現在の農薬使用量は当初よりどれだけ減っているのでしょうか。
日本一のガーベラ生産グループで、

系統出荷のPCガーベラの農薬使用量はどんな方法でどれだけ減らし、しかも品質を向上させているのかを勉強したい。

というのも、農家は農薬を使いたくて使っているわけではない。
農薬は、消費者ではなく、農家自身に負担が大きい。

〇農薬は値段が高い。
効果が大きい新薬になればなるほど高い。
先日、人のアルツハイマーに効く新薬が承認されたと発表されていた。
日本での価格は決まっていないそうですが、先行しているアメリカでは患者1人当たり年2万6500ドル(約390万円)とか。

農薬も超高級ウイスキーやブランデーより高くなり、もはや違法ドラッグ並みの価格。
露地の坪当たり売上が低い品目では、効果は低くても値段が安い古くからある農薬しか経営的には使えない。
こんなはなしを日本一の小ギク産地、奈良県平群の技術者にしたら、平群は効果が高い新農薬を散布しているから、日本一の品質が得られているのですといわれてしまった。

〇農薬を散布する労力と時間
家庭園芸、趣味園芸で、キンチョールみたいなスプレーを噴射するのとわけがちがう。
1,000坪の温室、ハウスで、動噴のホースを引っぱって、農薬を散布するのがどれだけ大変か。
パートや研修生を多数雇っている法人経営・企業経営でも、農薬散布は経営者の仕事。
花切りやつぼみとりなどの作業が終わった夜に農薬散布することもある。
しかも、夏でもゴアテックスの防除着に、防毒マスクにゴーグル、それだけでもしんどい。

どうすれば農薬散布の経費と労力を減らせるのかは農家にとって大きな問題。

たとえば、30年前に開発普及した黄色蛍光灯。
タバコガの幼虫がカーネーションのつぼみに入り、壊滅的な被害。

 

画像 夜蛾の一種のタバコガ


画像 タバコガはカーネーションのつぼみに卵を産み、幼虫がつぼみに侵入し、食害

    (グロテスクな画像で申し訳ありません)

 

夜に活動する夜蛾(やが)類は黄色い光が目に入ると瞬時に昼と勘違いして活動しなくなるという性質を利用。
黄色い光→夜蛾が飛んでこない→カーネーションに卵を産まない→幼虫の食害がない=めでたしめでたし
設置費用とその後の電気料金はかかるが、農薬散布コストと労力、被害の軽減にはお役に立てた。
こういうのは10年に一度のヒット技術だが、すでに30年がたった。
技術革新なくして人類の幸せはありません。



画像 黄色等を点灯したカーネーション団地

    遠くに見える大観音像はすでに解体された

    黄色等の光も少なくなった

 

画像 黄色蛍光灯を点灯したカーネーション温室

 

無化学肥料は科学的にナンセンスですが、農薬はできるだけ減らしたい。


日本農業新聞2023年9月26日
「有機初のランキング 市町村別に農水省」
「面積割合1位は高知県馬路村」



画像 日本農業新聞(2023年9月26日)

 

農水省は、有機農業の取り組み面積の市町村別ランキングを初めてとりまとめた。
2021年度、耕地面積に占める有機農業の割合が最も高かったのは、高知県馬路村で81%に上った。
全農家が化学肥料・化学農薬を使わずにユズを生産し、ポン酢など加工品を全国に販売する。


画像 日本農業新聞(2023年9月26日)

 

高知・JA馬路村
「有機拡大 全部会員で」
「地域一体、実現後押し」
JA馬路村は、ユズの生産に特化し、独自のユズ飲料「ごっくん馬路村」をはじめ、加工品の開発や販売にも精力的だ。
同JAユズ部会では、185人全員が有機JAS認証に準じた栽培方法を守る。
JAや村も一体で農家の取り組みを支援する。



画像 わたしも大好きなユズ飲料「ごっくん馬路村」
    一度飲むとクセになります。


ひとりで無農薬・無化学肥料をめざす農家はいるでしょう。
しかし、馬路村のように185人の部会員全員が一体となって取り組むのはきわめてむずかしい。

どうやって、そんなことができたのか。
農家、指導者の強い意志。
馬路村ユズ農家、JA、村役場、県の技術者・・、に敬意を表します。

できれば地元でも、カーネーション部会員、露地花部会員一体となって、減農薬・無農薬に取り組みたいが、農薬をかけていても、「ムシあり」のクレームがある現状では・・。

 

「だになにしぬで」
「なんもしなんなあ」
「そうよなあ」

「ほなぼちぼちと」
 

宇田明の『もう少しだけ言います』(No.397  2023.10.1)

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