不登校克服!不登校に導かない育て方を考える⭐︎すえのブログ -3ページ目
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春休みに入り、
クミはフリースクールで出来た友達と
ネットやリアルで交流しています。
勉強は
かなり遅れました。
学校で授業を受けて
ワークに取り組む、
というルーティンが
一回崩れてしまうと
取り返すのは
とても難しいです。

本人が
勉強しないと、
と思わない限り
難しいです
少しでも良いので
習慣にしようと
ちょっとずつですが
始めました

ところで
今回は
「フリースクールの良いところ」について
考えてみました。
また、疑問なところについても
挙げました。
フリースクールの良いところ
- 申し込んだもののまともに通えなかった3ヶ月の間、先生がずっとサポートしてくれた
- 「居場所」となった
- 親以外に相談できる人ができた
- 痛みを感じた子からなるグループなので、ぶつかり合うことはめったにない(とりあえず、クミが入ってからは一度もトラブルがない)
- カウンセラーを含め、どの先生も一人一人の様子をよく見てくれている
- 話しかけるのが苦手な子が多いので、話せる機会を作ってくれる
- 「人間関係で困ったことがあった時にどう対処するか?」という授業が週に1回必ずある
- 学校との生活に関する連携が行き届いている
- 通学するようになって生活のリズムがより整った
- 可愛い「なんちゃって制服」を着ていける

フリースクールの少し疑問なところ
- 勉強が遅れる
- 授業について、学校との連携はできていない
- お金に余裕のある子しか通ってなさそう
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良いところの補足です。
1)の「サポート」について、
こちらから働きかければ
全力で対応してくれました。
クミは9月入学でしたが、
人々、特に同学年の子と
顔を合わせるのが恐怖で
11月下旬までは
まともに通えませんでした。
そんな時に
先生に相談しまくって
先生の力を借りて
徐々にスクールに慣れていきました。
不登校は受け身だと
不登校という暗いトンネルの出口が
見つかりにくくなってしまうのかもしれません。
自分から
色々な人を頼るよう
訓練することが大切だと思いました
中3も
フリースクールに行くと言っているクミですが、
終業式の日だけ
相談室に行きました。
前日に
担任の先生が
「最終日は来て欲しい
2年生の最後のけじめにもなるから」
と(クミに)伝えておいてくださいと
言われたので
そのまま伝えました。
おそらく、
この担任の先生でなければ
クミは修了式の日に
行かなかったと思います。
3学期、
突然の復学から
フリースクールに舞い戻ったことで、
クミにとって学校は再び
「人が多すぎて怖いところ」
になっていたからです。
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クミの担任の先生は
弱い立場の子のことを考えてくれる
良い先生です。
不登校になる前から
クミの相談に乗ってくれました。

不登校期間中は
私も何度も相談しました。
また、クミが突然復学した時には
グループ学習の時間を長くとって
クミに他の子と話す機会を作ってくれたり、
クミが相談室登校した時は
ほぼ毎回
相談室まで来てくれたそうです
先生も
クミのような子がクラスにいることで
心を痛めていると思います。
クミのように
クラスに居場所を見つけられなかった子が
いたとしても
先生の責任ではないと思います
と声を大にして言いたいところです。
クミはフリースクールで
楽しく過ごしていますよ
と伝えたら
喜んでくれました。
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たぶん多くの先生は
教師としてのプライドがあり
素直に喜べないと思います。
私がもし
教師の立場で
しかも
長年働いていたとしたら
「なぜ私じゃなく
フリースクールを選ぶのかしら
」
と怒りそうです。
しかし、この先生は
喜んでくれます。
クミの幸せを考えてくれているのだと
思いました。
世の中には
「自分と直接会わないと
卒業させません」
という先生もいるとか
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クミが少しでも
復学しようと思ったのは
本当に先生のおかげです。
こういう先生が
増えてくれると
とても嬉しいです
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3/31 追記:
先生は
今年度で退職されました。
まだ20代なのに。
本当に
心優しくて
たくさん傷ついてきたのだと
思います。
クミの不登校と
結局フリースクールを選んだということも
先生を傷つけたかも
しれません
もっと鈍感で
強い人でないと
先生として
続けるのは難しいのかな…
でも
心が強い先生ばかりだと
クミのような
繊細な子は
辛い思いを
するかもしれません。
本当に
難しいです。
クミの
担任の先生みたいな人が
フリースクールや
不登校受け入れ校や
公立の教育支援の場で
働いてくださると
多くの繊細な子が
居場所を見つけられるかもしれません
クミはどうやら
3年生に進級できることになったようです。
そこで、
来年度の給食を申し込むかどうかのお便りがあり、
返答してほしいということで
中学校に印鑑を持って行きました。
期限は17日。
とっくに過ぎていました。
いつもこんな感じで
先生に迷惑をかけています

そして来年度は
「給食を申し込みません」
に丸をつけました。
理由は
来年度も
フリースクールに行くと
決めたからです。
クミはフリースクールに
自分で居場所を作ったのだから
賛成しました。
ただ、正直いって
いまだに
複雑な思いはあります。
私は
「復学」がゴール、と
考えていたからです。
人間関係を学ぶには
中学のように
いろんな人のいる場所で
もまれて生活した方が良いかもしれません。
人間的にも
強くなれると思います。
また、勉強についても
日々の勉強だけでなく
ワークや宿題など、
さらに部活動をしながら
塾や塾の宿題などもやる…
たくさんの勉強をこなしているのが
普通の中学生です。
これを考えると
うちは
ADHDだし、自閉もあるし
私の思っているゴールからは
どんどん離れていく一方なので
ただただ焦ります。
しかし、
家庭でできるのは
旦那のいう
「学び」を深めることだけ。
給食の申し込みの紙ひとつで
色々考えたり
意を決して印鑑を押したり…
何も疑問を持たずに
印鑑を押して
期限内に提出する家庭が羨ましい、
と思ってしまいます。
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「復学がゴール」という考え方は
私を苦しめます。
昨年参加した
不登校の勉強会でも
目標は復学、でした。
少しずつ登って行って
最上段は「復学」。
苦しかったです。
私が考えたゴールは、
子どもが大人になった時に
地に足つけて
自分の人生を
胸を張って生きられるようになっていること
そう言い聞かせているのに
近くを見ると
ついつい焦るんですよね。
ゴールをぶれないように
設定していないと
時間が
過ぎて行ってしまう

また、
人一倍するどいクミにも
伝わってしまう

次は
フリースクールの良さについて
考えることにします。
昨年の夏から学校に行けず、
学校に行かないのが普通の時期もあり、
フリースクールに入ったものの
最初は全く通えず、
そのうち
午前中だけ、または午後だけ
登校するようになり、
今はコンスタントに
通えています

フリースクールが
クミの居場所になったからですね

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先日書いたように
「復学」を考えると
まだ心が揺らぎます。
フリースクールで
できた友達も
来なくなったと思ったら
復学したということでした。
でも、クミは
これからもその友達と
遊ぶそうです。
また、中学の友達とも
遊んでいます。
クミは
勉強や人間関係や社会のことを学ぶ場は
「中学校」でなければならない
とは思っていないようです。
私にとっての「学校」には
色々と選択肢があっても
いいじゃないか
中学校の他に
相談室、
サポート教室、
フリースクール、
習い事、
有志の運動サークル。
あと、家。
その中で私は
フリースクールを
自分の「学校」として選んだんだ。
と思っているようです。
そのせいか、
フリースクールのことを
「学校」と呼んでいます

以前書いたこともありますが、
数学者の広中平祐さんの本に
学びは教わる場でなければできない
なんてことはない
というようなことが
書いてありました。
クミが
もう少し大きくなった時に
この資格が欲しいから
学校に行こうとか、
留学したいから
学校に行こうとか、ではなく
こういう勉強しよう
学校に行くべきかどうかは
その後決める
と思えるひとに
なればいいなあ
と思っています

3週間ほど前でしょうか。
中学の担任の先生から
「近々、進級認定会議がありますが、
会議の前に
保護者様のご意向を伺いたいと思います」
と聞かれました。
日本の義務教育、
つまり中学校までは
年齢で学年を決定すると
思い込んでいました。
それなのに
なぜ、「進級認定会議」をするのでしょうか。
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確かに
辛いと思いながらも
頑張って中学校に通い続けて
課題もちゃんと出している子は
たくさんいると思います。
それにひきかえ、
中学校に通わず
課題もほとんどできない子が
同じように
進級できたら
平等ではないのかもしれません。
辛さに耐えて
進級できた子と
辛さに耐えられなかったのに
進級できた子
こうみれば、
後者の方が
ずるい印象を持つかもしれません。
また、学校の勉強がただ単に面倒で
休む子もいますよね。
そういう子でも
進級できれば、
辛さに耐えた子からしてみれば
たまったもんじゃないのかもしれません。
ただ、「ずるい」と思うのは
進級すること=良いこと
と考えているから
「ずるい」と思うわけですよね。
進級、卒業によって
すごく得をするなら
「ずるい」のかもしれません。
進級、卒業に
大した意味がなければ
「ずるい」と思わないでしょう。
ただ、中学校の場合、
卒業すれば
高校に進学するための「資格」が得られます。
でも、頑張れば、
進学できる高校の選択肢は
広がりますが、
ただ単に卒業しても
進学できる高校の選択肢は
ほとんどない、ということになるので、
結局
進級や卒業自体に
それほどの意味はないから
必然的に
進級認定会議にも
それほどの意味はないのかもしれません。
ずるいと思う必要も
なさそうです。
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なんて考えてましたが、
クミは
「早く大人になって
お金を稼いで
趣味に自由にお金を使いたい」
「こんな仕事がしてみたい」
など、
将来に対する夢を持っているので、
進級することは
クミにとっては得なことです。
よって、
親の意向としては
「進級させてほしいです」
と答えました。
ぐちゃぐちゃと考えた結論が
この一言でした。
思いは色々
詰まっていますが
先生は
何十人も相手にしているので
私がどう思おうが
そんなことはどうでも良いのだと思います

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そして
昨日書いた
親として教える
『学び』について。

とにかく
学校に行かなくても
学びは可能。
と旦那はずっと
言い続けていました。
旦那の言う「学び」は
テストの点を取ることでは
ありませんでした。
ものを実際に見たり聞いたりして
「考えること」
これが学びだそうです。
人との
直接のふれあいの他に
美術館
演劇
博物館
水族館
動物園
公園
お城などの史跡
神社やお寺
本
映像、新聞などのメディアなどなど
そして
道ばたのゴミも!
ガードレールにも!!
学びの材料は
いたる所にあり、
施設でも
子どもなら無料で入場できるところも。
フランスのオルセー美術館は
18歳未満は無料だそうです。
無料で
ゴッホの本物の絵を、
あの力強さと繊細さが入り混じった筆の跡を、
ものすごい近くで
堪能することができるそうです
そこまで行くのに
お金がかかるし
今は
コロナで行けないし
日本にあるもので
我慢しましょう。
あるいは
原田マハさんの本を読んで
ゴッホに
触れるのもいいのかもしれません
クミに与えた学びとして
私が誇れるのは
本の読み聞かせです。
小さい頃から
不登校の間も
関係なく
気が向いた時に。
半日かけて
一冊読んだりもしました。
旦那は
もう本は自分で読めるから、
それ以外のことを試みろと
私に宿題を出します。

さて
何をしようかな。
親から離れていく
あと数年の間にできることを
考えないと

