改めてパリオリンピック2024開会式を、録画で振り返った見た
まるで「オカマチックの祭典」が、芸術と正当化され、麻薬の踊りと合体しているセレモニーだ
平和が「歪曲化された自由」に意味合いを変えてステージでうごめき
地球を蝕む思想変化の感染源が、あらゆる場面で垣間見える
開放された人間の心が、自己流の思想を形成して
やはり「麻薬混在の世界観」に不吉な予感が消えない
今や、日本人も仲間入りして、「大自由」に吸い込まれて行くのが「民主主義の拡大解釈」に至っている
オリンピック祭典が学芸会レベルならいいのだけど、多様性に変貌する世界と言うより、「民主主義の恐さ」がショーの主役となって、人権平和を誘導している気がするのだ
世界の「スターの定義」が奇抜な人間の心を変え、天の邪鬼的人間の欲望を照らし出すパフォーマンス演技が平然と繰り出して異様だ
国柄の違いだと言う理由は、正解ではなく
ヨーロッパ諸国の平和のイデオロギーが
「人間の堕落観に酔う」危惧が有る
先進国アメリカもそうだし、日本も感化されて、ジェンダー思想が主役になっている
麻薬陶酔者の廃人的感覚まで、そのうち正当化されるダンスになるだろう
権威主義と民主主義が対比されがちだが、人間の倫理観や基本に戻る感覚には、
両方の「混在主義」は必要だと思う
国民への規律有る支配は、ある程度必要で
プーチンや習近平のリーダーシップは
欧州の民主主義に対抗する「貴重」なバランス効果がある
平等、平和主義(行き過ぎた個人尊重主義)が「堕落」していくなら
地球は人間の思想によって滅ぼされる
日本の先日の「衆議院議員補欠選挙や都知事選」の「あの体たらく」が、全てを伝えているのだ