こんにちは。。。最近は急に涼しくなって秋らしくなってきましたね。秋といういい季節はすぐに去ってしまいますから、短い秋を満喫しましょう。

 

 さて、最近うちのクリニックにはヒアルロン酸希望の方がたくさん見えます。一般的にヒアルロン酸と聞くと、ほうれい線や目の下のくぼみなどに入れる「しわを伸ばす、浅くする」イメージで入れることが多いのですが、最近は

 

「たるみを予防するために入れるヒアルロン酸の入れ方」があるのです。

 

 たるみはいろんな要素があるのですが、その中の一つに支持組織(靭帯)が伸びてしまうためにたるんでしまうということが言われてします。

 

 その靭帯を伸びないようにするために靭帯の上や下にヒアルロン酸を入れてストッパーの役割をさせてたるみを予防するという方法があります。

 

 これはすぐに見た目で効果を感じないのですが、将来的にはたるみの速度が遅れ、同年代の方に比べると相対的に若く見られるようになります。

 

 興味がある方はぜひ当院にお越しください。(美容は完全予約制です。TEL;054-260-7567まで)

 

 それでは「書道家の息子が医師になるまで…」第4弾です。

 

 部活では1,2年生前半ではいろんなことが起こりましたが、勉強の方は特にガリガリ勉強しているということはなく、親も家系があまり学歴があるわけでもなかったので勉強しろともいわれず、のんびりしていましたが、宿題と英語の予習は必ずやっていました。

 

 1年の時の担任の先生が比較的新任の若い女性の先生だったせいもあり、その先生をからかうために、その先生の言っていることをよく聞くことになり、それがほかの先生でも同じようにすることになって、それが授業を真面目に聞いていることになっていました。

 

 その結果、ほとんどのことを授業で覚えてしまい、テスト前は教科書をサラーっと読むくらいの勉強で、以前も書いたとおり、1年の中間テストは全教科で1位/学年。その後は3位以内が続き、1年は完全に天狗でした。

 

 その後、2年になり、部活でいじめなどを受けて、人生に絶望していたころに順位が20位くらいまで下がりましたが、ここで初めて親父に「本来勉強すればできるのにやらないのはおかしくないか?」と言われ、自分でももやもやしていることがなんとなくバカバカしくしくなって、少し勉強をするようになりました。

 

 そうすると成績はまた3位以内を取り戻し、部活も2年8月から自分たちが最上級生になり、いよいよ本格的に部活を頑張っていこうと思いたかったのですが、まだキャッチャーになることはすごく抵抗を感じていました。

 

 だから先生がいないときの練習では、わざとレフトに行ってノックなどを受けていました。そこで問題が起きます…。

 

 今日はここまで…。それではまたね。

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは。。。台風がゆっくりでなかなか進んでくれず、大きな被害が予想されるので、対策は万全に被害が小さくなるようみんなで願いましょう。

 

 さて台風が来るということはそろそろ秋が近づいてきています。秋は人恋しくなりますよね。今年の夏は暑かったので、日に焼けてシミも増えてしまった方もいると思います。人と会う時にシミだらけだと恥ずかしいですよね。

 

 まだまだ暑くなると思いますが、そろそろシミの治療を始めていくとシミだらけの老けた顔にならないので、ご興味がある方はぜひ当院の美容外来へお越しください。

 

 さて、延び延びになってしまっていた「書道家の息子が医師になるまで…」第3弾です。

 

 野球に夢中になっていた小学校高学年でしたが、勉強の方は5年生からなぜかうちの親が近くの個人でやっている小さな学習塾に入れ、そこに週2回通うことになりました。

 

 1クラスは7,8人。違う学校から来ている人もいて、女の子が多く、男は2,3人。ほかの生徒はほとんど中学受験を前提として通っていました。自分は中学受験などすることも考えていませんでしたが、ほかの人に負けたくないので何とか宿題などをこなしていくと、このころはそんなにうちの学区は進学に熱心ではない子が多かったので、成績はオール3からオール5(満点)に変わっていきました。

 

 学区の公立中学に入学し、当然のように野球部に入部しました。同学年の子は20人入部しました。

 

 当時は1年生は全く練習をさせてもらえず、ボール拾いとボール探しとグラウンド整備と試合では応援をすることしかやらせてもらえませんでした。親はキャッチボールすらやってくれなかったので、僕は野球部の同級生の父親に頼んで、部活が終わったあと、夜にピッチング練習やトスバッティングを週2~3回付き合ってもらってやっていました。(多分同学年でも自主的に練習していたのは僕だけだったと思います。一応プロ野球選手になる努力していました。)

 

 1年の夏が終わり、3年生が抜けていくと、2年生の〝天下”になります。そうするとようやく練習中にキャッチボールをすることができます。しかし、その時期に大問題が2つ起こります。

 

 1つは2年生からいじめ。2年生全員がそうするわけではなく、ほとんどの先輩は優しかったのですが、2年の先輩の中に〝や〇ざ”の息子が2人いて、その先輩が気に入らない後輩を部室裏に呼び出して、金属バットで「ケツバット」をします。また、年に2~3回「儀式」として、1年生が横一列に並ばされ、次々に「ケツバット」をされるということもありました。そのあとみんなで泣いてました。

 

 当時は今と違って、そういうことを先生や親に告げ口することはご法度だったので、みんな黙ってその仕打ちに耐えるしかなかったです。(「ケツバット」はある意味とても優秀でものすごく腫れて内出血がひどく出ますが、骨折や肉離れなどは起こらないため、病院に行くこともできず、1~2週間ひたすら痛いのを我慢するしかなかったです。)

 

 でもここで〝ただでは転ばない”のが僕のいいところで、小学生時代にピッチャーをしていて、コントロールがよかったので、怖い先輩のバッティング練習の時に、ピッチャーをして、その先輩の得意なコースに投げるといい当たりをして、機嫌がよくなるので、同学年の中でも2番目に「ケツバット」をされるのが少なくて済みました。

 

 そういうことで、そういう嫌な人とうまく付き合う方法を学びました。(その経験は社会勉強になり、働き始めてからもすごく役に立ちました。)悪い経験も今となっては必要だったのかもしれません。いじめは絶対だめですけど…。(今では考えられないですよね。)

 

 もう1つはピッチャーの決め方。当時の顧問の先生は前学校でバレー部の顧問をしている人でした。その人が急に野球部の顧問になりました。最初は以前からいたコーチなどの意見を聞いていましたが、そのうちそういうコーチがいなくなり、その顧問だけになりました。

 

 その顧問が3年生が抜けた後のある日、「1年の中でピッチャーを決めるからキャッチボールをするように。」と言われ、1年生が並んでキャッチボールをしました。

 

 一通り顧問が見て回った後、ピッチャーが発表しました。結果は…背の高い順に3人!?(僕は背の高さはその当時は真ん中くらいでした。)

 

 僕は小学校時代からピッチャーをしていて、自信もあったので、当然納得がいかないけど、昔は先生は絶対的な存在だったため、文句も言えませんでした。

 

 そして、背の大きくなかった僕は、肩がよく、勉強の成績がよかったため、(たまたま1年の1学期の中間テストで150人中1位を取ってしまった。)キャッチャーにされました。

 

 今でこそキャッチャーは故野村克也監督や古田敦也選手などの活躍により地位が上がりましたが、当時は「ドカベン」という漫画の主人公みたいに「デブがやるポジション」というイメージで、目立ちたがり屋だった僕にとっては、最大の屈辱でした。

 

 ピッチャーの決め方や自分が気に入らないキャッチャーにされ、先輩には「ケツバット」をされる三重苦が重なり、徐々に野球をすることに嫌気がさしてしまいました。(1年の中でピッチャー3人とキャッチャーの僕の4人のみが2年生の練習に参加できていて、そのほかの同級生はまだ球拾いしかさせてもらえなかったので、それでも恵まれていた方なんですけどね。当時はそんなことを考えるほど人ができていなかった。)

 

 何とか上級生の2年〝天下”の1年が過ぎ、ようやく僕らの〝天下”がやってきました。(ちなみに小学校時代から一緒に野球をしていた上級生のA野さんは野球推薦で静岡高校に進学しました。僕の憧れでした。)〝天下”になっても、またいろんなことが起こります。

 

 と今回はここまで…。また気が向いたら書きます。それではまたね。。。

 

 

  こんにちは。。。今は夏真っ盛り。毎日暑いですが、体調に注意して毎日過ごしていきましょう。

 

 さて、世間では学生は夏休み、一般の人はもうすぐお盆休みですね。そういう時期はうちのクリニックでも、普段できない手術の予約が入ってきます。

 

 特に、逆さまつげは学生の方が、また眼瞼下垂の手術は腫れる期間が若干長いため、こういう機会に手術される方が多く、今年はさらに多くの方が希望されて来院されています。

 

 まだ夏休み中で若干手術の枠が空いているため、もし手術したいと考えているのなら、早めに受診をお願いします。

 

 さて、当院は先週の7/25~8/1まで夏休みを頂いていました。

 

 今年は円安だなんだといわれていたので、どうしようかと思いましたが、うちの奥さんが一生のうちに絶対に行っておきたいといっていたグランドキャニオンに行くことにしました。

 

 成田からバンクーバー経由でラスベガスに行き、ラスベガスでホテルを取りながら、1泊2日で車でグランドキャニオンに向かいました。

 

 ラスベガスからグランドキャニオンまでは車で6時間くらいかかるため、出発は早く、ずっと車に乗っている感じでした。(今回は現地のガイドさんの車で行ったため、実際は乗っているだけでしたが…。)アメリカの高速は無料でひたすら走るだけなので、単調で眠くなります。ガイドさんが寝ないように話しかけながら15時ごろにその日に泊まるホテルにつきました。

 

 少し休憩して、16時ごろから現地まで出発。30分くらいで到着しました。つくまではあまり景色が見えなかったのですが、現地について駐車場から少し歩くと広大な景色が見えてきました。

 

 

 

 

この景色を見ると、普段のちっぽけな悩みなんて吹っ飛びました。広大すぎて地球を感じました。写真では広大さが全く感じ取れませんが、現地に行くと何とも表現しがたい感情になります。みんなが来たくなる理由がわかりました。

 

 

 

 最後にサンセットまで見ることができ最高な気分で帰ってきました。(でもサンセットを待っている時にすぐ近くに雨雲があり、雷が鳴っていてとても怖かったです。感電しなくてよかった…。)

 

 最終日にラスベガスを散策しました。みんなに「ベガスと言ったら、ギャンブルでしょ。」って言われて少しスロットをやってみましたが、もともとギャンブルが嫌いで博才はないので、すぐに数ドル負けておもろくもないと思ってギャンブルは早々に切り上げました。

 

 

 

 ラスベガスは世界中からギャンブラーが集まるだけあって、さすがに欲望が渦巻くとこうもギラギラした感じになるのかというくらい活気がひしひしと伝わってきて、日本もこういう活気を感じて、少しは危機感を持たないといけないのではないかと思いました。頑張れ日本。。。

 

 それではまたね。。。