- 前ページ
- 次ページ
昔、普通の学校教育を受けた私は、
日本はかつて、アジア諸国を植民地にして
酷いことをしたと思っていた。
就職して、神宮球場が近かったこともあり、
判官びいきだったので、巨人には目もくれず
ヤクルトを応援していた。
明治神宮崇敬会に入るとオープン戦が
無料で行き放題と知り入会した。
ある年、お弁当が出るというので、
記念大会に出席したところ
インドネシアの独立記念日に、
現地の人たちが高らかに
日本の軍歌を歌っている映像が流れた。
インドネシアが独立できたのは
日本のおかげだと感謝していた。
あれ?日本てアジアで悪いことばかり
してたんじゃないの???
せっかくこんなに感謝されているのに
なんでTVではやらないの?
クエスチョンマークがたくさんついた。
その後、
東京裁判のドキュメンタリー映画を観て、
またまた驚いた。
A級戦犯て、
司法の世界では禁忌とされる
事後法で裁かれていたの?
人道に対する罪なら
原爆を2発も投下したことも
当然裁かれるべきだが、それはなかった。
そして、戦犯たちは、よりによって
当時の皇太子殿下の誕生日12/23に処刑された。
私たちは長い間、
あたかも「日本(だけ)が
アジアを侵略し、多くの人を苦しめた」
日本…悪 米英…善
であるかのような物語を信じ込まされてきた。
しかし、
考えてみれば、19世紀~20世紀前半
アジア諸国は、日本とタイ以外、
軒並み列強の植民地支配を受けていた。
支配の仕方は苛烈で、
あからさまな白人優位が前提にあり
現地の人たちは一方的に搾取されるばかりだった。
そんな折も折、1919年(大正8年)
日本は第一次大戦後のパリ講和会議で
「各国の平等及び公正待遇の原則」で
人種差別を撤廃しようとの画期的提案をした。
16名中11名という賛成を得たにもかかわらず、
議長の米大統領ウィルソンが、突如
こういうことは全会一致じゃないと無効!として
廃案にしてしまった。
議決権がなかったオーストラリアも
白豪主義を死守すべくイギリスと共謀していた。
その後、日本は戦争に突入
アジアの国々を支配する欧米列強と闘った。
1945年の8月15日、日本敗戦
日本が敗れたことで、欧米列強は再び
アジア諸国を植民地にすべく戻ってきた。
歴史はここで大きな転換点を迎える。
アジア諸国の人々は、以前のように
唯々諾々と植民地支配に
甘んずることはなかった。
そこにいたのは、戦前とは違う人々だった。
思うに、アジアの人々は白人にはかなわないと
思い込んでいた(洗脳されていた)。
そこへ、自分たちの同じ肌の色の日本人が来て
あっという間に、
彼らを駆逐するのを目の当たりにした。
それにより、洗脳が解けたのではないだろうか。
インドネシアでは、日本敗戦後の
オランダの植民地支配に対する
独立戦争がはじまった。
母国が敗戦したのに
現地に残ってともに闘った日本兵は
1000人に上る。
明治神宮で観たインドネシア独立記念日の
映像の意味が分かった。
インドネシアだけではない、ベトナム、
インドやビルマでも日本兵が敗戦後も現地に残って
欧米列強と戦って独立を勝ち取った。
日本は敗戦し、アジアの解放に失敗したが、
欧米列強に支配され続けるしかないという
当時は鉄板であった秩序が崩壊した。
その結果、アジアの諸国民が立ち上がって
欧米列強の植民地支配は終焉を迎えた。
「軍事的には日本が敗れた。
しかし政治的には西洋が敗れた。」
~新しい現実(1989年)
ドラッカーが語っているとおりである。
植民地支配にしても、
国そのものを豊かにしようと
インフラ整備から行った事実がある。
所詮は日本の支配のためという論もあるが
ウィンウィン現地の人が潤ったのも事実である。
現に台湾の近代化は
台湾は日本統治後に
特にその差を感じやすかった故かもしれない。
もちろん、
日本が無謬で絶対正義だった
などというつもりはないし、
戦争を美化するものでもない。
しかし、
相対的にどっちもどっちだった
ということでもない。
日本だけが悪かったかのような戦後教育は
明らかに間違いである。
戦後81年いい加減、
たこつぼ自虐史観から抜け出し、
先の戦争の歴史を
アジアと世界の歴史の中に戻したく思う。
今一度、ドラッカー
日本は軍事的には第二次世界大戦で
「歴史上もっとも決定的な敗北」を喫した。
しかし、政治的には西洋が敗北した。
日本は西洋をアジアから追い出し、
西洋の植民地勢力の権威を失墜させた。
その結果、
西洋はアジア、そしてアフリカの
非西洋世界に対する支配を
放棄せざるを得なくなった。
~「新しい現実」より
その後のベランダ苺たち
6/12
6/13 孫株も着々と着床
6/16
立派になった三姉妹
こちらの三姉妹は長女が元気
これから色づくものもあり
6/17 1日で赤みが増して
6/21手前は食べごろ
実は小ぶりですが、
味は、より甘みが増しているように思います。
これから色づくものもあり
イチゴは夏の季語
夏は痛みやすいので早めに
うっかり気づかないと
ドライフルーツになります💦
見た目はイマイチですが、
甘みが濃縮されて結構いけます。
そろそろ花も終わり
長きに渡り、ありがとうございました😊
久々の賞味期限切れチャレンジ!
キッチンの大掃除をしていたところ
電子レンジの後ろから発掘された
こちら、
賞味期限はなんと、9年前‼️
2017年5月
普通のインスタントラーメンなら
(微生物汚染はなくても)
油が酸化しているから即廃棄だが、
今回はこんにゃくラーメン!
表示を見てみると
脂質はなんと、
1食あたり0.4グラムしかない!
つまり、酸化の対象たる脂質がほとんどない!
さらに、こんにゃくはアルカリ性で
微生物汚染されにくい上に、
PEとPAのラミネートと推定される包材
(ガスバリア性高)でしっかり
真空密閉されている。
取り出して状況確認
異臭はなし
スープは流石に固まっていた。
酸化もしているだろうが、ま、いっか!
所定量のお湯を注ぎ
煮卵ほかをトッピングして
7月4日、米🇺🇸独立日に
美味しくいただきました。
7/8現在、特に健康被害はありませんが、
良い子は、できるだけ期限内にいただきましょう。
2026年6月20日曜の極まる夏至の前日に
この世のお勤めを終えた美輪明宏さんの言葉
「心の綺麗な人がいちばん偉い」
心の綺麗な人は当然ながら〝真摯な人〟でもある。
ドラッカー『マネジメント』の一節にこうある。
「部下たちは、無能、無知、頼りなさ、
不作法など、ほとんどのことは許す。
しかし、真摯さの欠如だけは許さない。
そして、そのような者を選ぶマネジメントを
決して許さない」
ドラッカーも真摯さを最重要視していた。
稲盛和夫氏も自身が提唱した
人生の方程式🟰能力✖️熱意✖️考え方
で、考え方が最も重要だと述べていた。
他人を蹴落としてでも
自分さえ成功すればよいという考え方
自分だけでなく周も幸せにしたいという考え方
言うまでもないことだろう。
美輪さん、ドラッカーさん、稲盛さん、
本質を知る人の考え方は似ている。
心の綺麗な人がいちばん偉い!美輪さんには
まだまだお元気でいて欲しかったけれど
日本の現状を憂いていたから
魂魄はまだしばらくは現世に
留まってくれているかもしれない。
日本の行末を見守っていて欲しい。
石破政権のとき
高市氏は消費前減税について
議論しないことに遺憾の意を表明していた。
自身がが総理になったら、当然、直ちに
積極財政と消費税減税に
取り組むものかと思いきや、、、
消費税の実態は売り上げ税!
苺の苗が我が家に着いたのは
もう10年以上前のこと
次男が小学校から持ち帰ってきた
ペットボトルを切った鉢に入った小さな苗
そのままベランダに放置
しばらくして鉢に植え替えたものの
やったことは、水やりくらい。
苺は春先に実るものと思っていたが、
少なくとも我が家のベランダでは
春先よりもむしろ初夏や秋にたくさん実をつけた。
正解は現場にあり😆
(2019年9月)
(2019年10月)
(2020年4月)
春先にあまり苺が実らなかったのは
ベランダに時折り来訪するヒヨドリが
赤くなる前の実を餌にしていた
からかもしれない。
暖かくなって巷の餌が
豊富になると現れなくなる。
写真は今年の3月。ヒヨドリたちは、
キャベツ芯から育てていた葉っぱ(写真左)の
柔らかいところを啄んで
きれいに平らげてしまった。
摘花もなにもしないので、
小粒のイチゴばかりだが普通に美味しかった。
(2020年5月)
(2020年8月)
(2021年5月)
暖かくなると、苺の苗は
ツル(ランナー)を伸ばして
サテライト基地を作る。
鉢の空いたところにサテライトを置くと
根を張って新たな株になった。
本来は株間は30cmほどなのだそうだが、
そんなことも知らず、
空きがあればテキトーに置いていったから
苺苗密度はギシギシ
株間1cmのものまである始末💦
土の上に着地できなかったランナーは
自然の摂理のまま枯れていった。
なすがままの我が家のベランダ。
株は随分と増えたが花が咲いても
実が膨らまない株がけっこうある。
飢える前に飢える
農業に興味を持とうと
仕事でも発信した手前、
まず隗より始めねばと
今年から放置ではなく
ちゃんと栽培してみようと決めた。
昨秋、終わり初物のように伸びた
弱々しいランナーを置いた鉢
根付いたものの今にも枯れそうだったので
日の当たるところに移動
(1月18日)
そのビフォーアフター
日の光は偉大だ!
1月頃から花が咲き始めたが
今年は咲くがままにはせず、
1株につき、花の数が
4〜6個くらいになるように
蕾のうちに摘み取った。
(2026年1月10日)
しかし、晩冬に咲いた花は
待てど暮らせど
実が膨らむことはなかった。
(3月29日)
調べたところ
日照不足や株が古いと
実が膨らまなくなることを知った。
こちらは実が膨らまなかった株
根本がカチカチの木のようになっていて
もう10年以上⁈かなり年季が入っている
もしかするとこれが小学校でいただいた
元株?なのかもしれない。
(4月26日)
苺農家は毎年ランナーから新しい株を
とっているらしい。
樹齢10年以上は貴重なのかもしれない
また、花が咲いて実を付けている最中は
栄養が実に行くようにランナーは
切るべきであったことを知る。
(3月29日)
今年は、伸びるがままにはせず、
実をつけている株のランナーは
切るようにした。
また、ファーストランナーが
元気が良いとのことで栄養が集中するよう
セカンドランナーは切り落とした。
また、親株から近い子株よりも孫株の方が
親の病気などを受け継いでいないので
良いとのこと。
こちらが我が家のベランダ
3月29日11時40分
やや東に傾いた東南向きのため
昼過ぎには直射日光は当たらなくなる。
写真左手奥の株たちは花は咲くものの
日照不足と株が古いことが相まって
実ひとつだに膨らまず!であった。
しかし、懸命に日の光を求めていたのだろう。
大人の手のひらが隠れるほどの葉を茂らせた。
最も大きい葉は、なんと15cmもあった。
(4月26日)
葉っぱが茂ったのは、、
私がほったらかしている苺を
不憫に思った家人が秋冬に週一
そっと液肥を施していたらしい。
その時期、窒素系の肥料を与えると
葉っぱばかりが元気になり
実を付けづらくなることを後から知った。
今年は、摘花や葉かきをしていたが、
膨らまない実が多かった原因の一つは
窒素系の肥料なのかもしれないが、
バリバリ光合成してCO2の削減に
貢献したことは間違いない😆
(4月26日)
春先に膨らまなかった株も
暖かくなってから咲いた花は
(4月11日)
膨らむ確率が高くなる。
(4月26日)
(4月26日)
(4月28日)
(5月2日)
摘花のおかげか、花を見つけ次第
筆で受粉させたせいか、今年の実の大きさは
放置していたときの2〜3倍のものが増えた。
(5月2日)
10年以上前に埼玉で育てられていた品種と
香りが強いことや形から推測するに
「あきひめ」らしいが、定かではない。
5/30 半分にカットした画像もつけて
ちゃっとGPTに聞いてみたところ
家庭菜園でも育てやすい
「宝交早生」が有力とのこと
(5月2日)
今年いちばんの大きな実を付けた株の
(5月11日)
根本はかなり太く、
おそらく数年は経っている古株と思われた。
高齢でも元気な人あり苺あり
人も苺も一義的に語れるものではないようだ。
若くても、実が膨らまないものもある。
土もテキトーだったので、
そのせいかもしれない。なぜなら
この鉢の株が全てそうだったから
(5月12日)
(5月3日)
これまで鉢の隙間にテキトーに
置いていたランナーも
今年からは、ちゃんとポットに固定
我が家のベランダに来てくれて
美味しい実をつけてくれて
今までありがとう。おつかれさま
一期一会の出会いに感謝
追伸 2026年その後の収穫の記録
5/24
5/28
6/1
大きさもまずまず
6/7 それぞれ別の株で大きくなった3粒
6/9 先の方が少し形が悪くなっているのは
受粉が十分できていなかったからか
新しい花もまだ咲いてきていて
いつまで収穫できるか見ものです。
恒例となったGWの四尾連湖
5月3日は全国的に風の強い日でした。
七重八重 十重に二十重に恋ひ焦がる
待ち人きたる なごりの桜
雲間より光の剣 湖面刺す
疾風や 葉っぱ そろって裏返り
突風や 湖畔サウナは開店休業
光合成フル充電の準備中
萌え出ずる初夏を観る
一隻のボートだになし波揺れて
富士八湖記す石碑の刻む時
尾崎龍王鎮座
真っ直ぐに湖畔を護る杉檜
枯葉踏む 音や静かに消えにけり
突風や松ぼっくりの華落ちる
春風や湖畔を走る風の紋
杉、檜 春の嵐の落とし物
散らずに待っていたよと山桜
花蘇芳
ツツジ
サクラソウ
水明荘のゆるキャン△展示
美味しいチャイをいただきました。
昨年の五月晴れの四尾連湖の様子は
こちら↓をどうぞ
夜は雨になり、
翌5月4日みどりの日
南アルプスから八雲立つ
巨大なレンズ雲
この世界で生きてゆく
ここ最近、鳥居の下を覆っていた
いたずら防止のカバーは撤去されていた。
日本酒の酒樽前は外国人でいっぱい
萌え出る初夏
御製と御歌
大祭に参列
当初5/3参列予定だったが、
予定が変わり前倒しにしたお陰で
晴天に恵まれた。
5月の日差しの下待つこと30分
能・狂言、合わせて1時間
太陽がジリジリと暑かったが
良いものを見せていただいた。
写真撮影は禁止なので
明治神宮ホームページより↓
半能「敦盛(あつもり)」
熊谷直実(くまがいなおざね)が僧となり、蓮生(れんしょう)法師として一ノ谷の合戦で手をかけた平敦盛(たいらのあつもり)を弔(とむら)うため、その古戦場を訪れます。
そこで出会った草刈りの男と言葉を交わすと、実は敦盛のゆかりの者だと言い捨てて姿を消してしまいます。僧は夜もすがら念仏を唱えていると、敦盛の霊が現れ、平家の都落ちへの感慨などを語り、最後の戦の有様を見せ、直実の弔いを喜び、姿を消してしまいます。
本日は半能の演出で、後半の敦盛の霊の登場、戦の場面を中心にご覧いただきます。
熊谷直実(くまがいなおざね)が僧となり、蓮生(れんしょう)法師として一ノ谷の合戦で手をかけた平敦盛(たいらのあつもり)を弔(とむら)うため、その古戦場を訪れます。
そこで出会った草刈りの男と言葉を交わすと、実は敦盛のゆかりの者だと言い捨てて姿を消してしまいます。僧は夜もすがら念仏を唱えていると、敦盛の霊が現れ、平家の都落ちへの感慨などを語り、最後の戦の有様を見せ、直実の弔いを喜び、姿を消してしまいます。
本日は半能の演出で、後半の敦盛の霊の登場、戦の場面を中心にご覧いただきます。
狂言 「口真似(くちまね)」
余所(よそ)からいただいたお酒を誰かと飲みたい主人。その飲み相手として、太郎冠者(たろうかじゃ)が連れて来たお客は酒癖が悪い人らしい。太郎冠者は主人に「言う通り、する通りにしなさい」といわれ同席しますが、その言葉通り、主人の口真似をしてしまう太郎冠者でした。
余所(よそ)からいただいたお酒を誰かと飲みたい主人。その飲み相手として、太郎冠者(たろうかじゃ)が連れて来たお客は酒癖が悪い人らしい。太郎冠者は主人に「言う通り、する通りにしなさい」といわれ同席しますが、その言葉通り、主人の口真似をしてしまう太郎冠者でした。
■敦盛 半能(金春流)
【シテ】本田 芳樹
【ワキ】村瀨 慧
【笛】成田 寛人
【小鼓】大山 容子
【大鼓】安福 光雄
【後見】山中 一馬
【地謡】髙橋 忍 辻井 八郎 山井 綱雄
中村 昌弘 雨宮 悠大 後藤 和也
■口真似 狂言(大蔵流)
【シテ】大藏 教義
【アド】大藏 彌太郎 大藏 基誠
【後見】上田 圭輔
太郎冠者の口真似に笑いこぼるる
敦盛の思いを能面一つで演じ切る凄さ
奉納生け花
筍も生け花になる日差しかな
金春流の地謡の方々⁈に遭遇
おつかれさまでした。
五月晴れ萌葱の木々や立ち登る
コロナ以降、柄杓が消えた手水舎
御苑で直会
風が爽やか
直会の弁当開く風薫る
今年はハスの花のもなく
菖蒲はこれから、
暖かい日が続いたせいか
ツツジは終わっていた
カメが甲羅干ししているいつもの場所に
すっぽんがいた。御苑で見るのは初めて
清正の井戸まで足を伸ばした。
それなりに並んでいた。
都会のど真ん中で
こんこんと湧き出る水
御苑を出て再び参道へ
日本一の鳥居
何が日本一かの覚え書き
我が国で最も大きい木造の「明神鳥居」
崇敬会の入会キャンペーンをやっていた。
崇敬会会員も世代交代の時なのだろう。
会員になったのは、もう30年前のこと
動機は神宮球場のオープン戦が
最大5人まで無料だったから
野球好きな後輩たちと
イチローが現役の時の
オリックス戦を観に行ったっけ
会員は入場料無料
明治神宮ミュージアムの催し
展示されている馬車の、
多色刷りでつくる絵葉書にチャレンジ
なかなかきれいに仕上がった。
今年もありがとうございました。
神恩感謝❣️どうぞ
日本の行く末をお守りください。
追伸
昨年5/3の大祭の様子です。昨年は
あやめ、ツツジ、蓮の華も咲いていました。





















































































































































































