苺の苗が我が家に着いたのは

もう10年以上前のこと


次男が小学校から持ち帰ってきた

ペットボトルを切った鉢に入った小さな苗


そのままベランダに放置


しばらくして鉢に植え替えたものの

やったことは、水やりくらい。


苺は春先に実るものと思っていたが、

春先よりもむしろ初夏や秋に

実をつけることをベランダで学習した。

正解は現場にあり😆


(2019年9月)

(2019年10月)

(2020年4月)


春先にあまり苺が実らなかったのは

ベランダに時折り来訪するヒヨドリが

赤くなる前の実を餌にしていた

からかもしれない。

暖かくなって巷の餌が

豊富になると現れなくなる。

写真は今年の3月。ヒヨドリたちは、

キャベツ芯から育てていた葉っぱ(写真左)の

柔らかいところを啄んで

きれいに平らげてしまった。


摘花もなにもしないので、

小粒のイチゴばかりだが普通に美味しかった。

(2020年5月)

(2020年8月)

(2021年5月)


暖かくなると、苺の苗は

ツル(ランナー)を伸ばして

サテライト基地を作る。

鉢の空いたところにサテライトを置くと

根を張って新たな株になる。


本来は株間は30cmほどなのだそうだが、

そんなことも知らず、

空きがあればテキトーに置いていったから

苺苗密度はギシギシ

株間1cmのものまである始末



土の上に着地できなかったランナーは

自然の摂理のまま枯れていった。

なすがままの我が家のベランダ。


株は随分と増えたが花が咲いても

実が膨らまない株がけっこうある。


飢える前に飢える

農業に興味を持とうと

仕事でも発信した手前、

まず隗より始めねばと

今年から放置ではなく

ちゃんと栽培してみようと決めた。


昨秋、終わり初物のように伸びた

弱々しいランナーを置いた鉢

根付いたものの今にも枯れそうだったので

日の当たるところに移動

(1月18日)

そのビフォーアフター

日の光は偉大だ!

(5月12日)


1月頃から花が咲き始めたが

今年は咲くがままにはせず、

1株につき、花の数が

4〜6個くらいになるように

蕾のうちに摘み取った。


(2026年1月10日)


しかし、晩冬に咲いた花は

待てど暮らせど

実が膨らむことはなかった。

(3月29日)


調べたところ

日照不足や株が古いと

実が膨らまなくなることを知った。


こちらは実が膨らまなかった株

根本がカチカチの木のようになっていて

もう10年以上⁈かなり年季が入っている

もしかするとこれが小学校でいただいた

元株?なのかもしれない。

(4月26日)


苺農家は毎年ランナーから新しい株を

とっているらしい。

樹齢10年以上は貴重なのかもしれない


また、花が咲いて実を付けている最中は

栄養が実に行くようにランナーは

切るべきであったことを知る。

(3月29日)


今年は、伸びるがままにはせず、

実をつけている株のランナーは

切るようにした。

また、ファーストランナーが

元気が良いとのことで栄養が集中するよう

セカンドランナーは切り落とした。


こちらが我が家のベランダ

3月29日11時40分

やや東に傾いた東南向きのため

昼過ぎには直射日光は当たらなくなる。


写真左手奥の株たちは花は咲くものの

日照不足と株が古いことが相まって

実ひとつだに膨らまず!であった。


しかし、懸命に日の光を求めていたのだろう。

大人の手のひらが隠れるほどの葉を茂らせた。

最も大きい葉は、なんと15cmもあった。

(4月26日)


葉っぱが茂ったのは、、

私がほったらかしている苺を

不憫に思った家人が秋冬に週一

そっと液肥を施していたらしい。

その時期、窒素系の肥料を与えると

葉っぱばかりが元気になり

実を付けづらくなることを後から知った。


今年は、摘花や葉かきをしていたが、

膨らまない実が多かった原因の一つは

窒素系の肥料なのかもしれないが、

バリバリ光合成してCO2の削減に

貢献したことは間違いない😆


(4月26日)


春先に膨らまなかった株も

暖かくなってから咲いた花は

(4月11日)


膨らむ確率が高くなるようだ。


(4月26日)


(4月26日)


(4月28日)


(5月2日)


摘花のおかげか、今年の実の大きさは

放置していたときの2〜3倍のものが増えた。

(5月2日)

10年以上前に埼玉で育てられていた品種と

香りが強いことや形から推測するに

「あきひめ」らしいが、定かではない。

(5月2日)

今年いちばんの大きな実を付けた株の

(5月11日)

根本はかなり太く、

おそらく数年は経っている古株と思われた。

高齢でも元気な人あり苺あり

人も苺も一義的に語れるものではないようだ。


一方で、日当たりの良いところにおいても、

若くても、実が膨らまないものもある。


土もテキトーだったので、

そのせいかもしれない。なぜなら

この鉢の株が全てそうだったから

(5月12日)


暖かくなっても実が膨らまない株は
印をつけ、子ランナーを着床させたら
さよならをするつもり

(5月3日)


これまで鉢の隙間にテキトーに

置いていたランナーも

今年からは、ちゃんとポットに固定


我が家のベランダに来てくれて

美味しい実をつけてくれて

今までありがとう。おつかれさま

一期一会の出会いに感謝

恒例となったGWの四尾連湖

5月3日は全国的に風の強い日でした。


七重八重 十重に二十重に恋ひ焦がる

待ち人きたる なごりの桜



雲間より光の剣 湖面刺す


疾風や 葉っぱ そろって裏返り



突風や 湖畔サウナは開店休業 


光合成フル充電の準備中


萌え出ずる初夏を観る


一隻のボートだになし波揺れて


富士八湖記す石碑の刻む時


尾崎龍王鎮座



真っ直ぐに湖畔を護る杉檜



枯葉踏む 音や静かに消えにけり


突風や松ぼっくりの華落ちる


春風や湖畔を走る風の紋


杉、檜 春の嵐の落とし物


散らずに待っていたよと山桜



花蘇芳


ツツジ


サクラソウ




水明荘のゆるキャン△展示






美味しいチャイをいただきました。


昨年の五月晴れの四尾連湖の様子は

こちら↓をどうぞ


夜は雨になり、

翌5月4日みどりの日

南アルプスから八雲立つ



巨大なレンズ雲




この世界で生きてゆく

5月2日
文字通りの五月晴れ


ここ最近、鳥居の下を覆っていた

いたずら防止のカバーは撤去されていた。


日本酒の酒樽前は外国人でいっぱい

萌え出る初夏

御製と御歌



大祭に参列

当初5/3参列予定だったが、

予定が変わり前倒しにしたお陰で

晴天に恵まれた。

吹き抜ける風がとても心地よかった。

九条宮司から私利私欲に塗れた日本人が
増えてしまったとの話があった。
利権のためには女子供とて容赦はしない
人たちが本当にいることを
コロナ騒動で知った。

大祭とその後の本殿参拝は11:10に終了、
今一番必要な卦を出してくださいと
お願いしていたおみくじはこちら

まさに今の私にドンピシャな内容だった。


せっかくなので
11:45からの能・狂言を鑑賞することに
能舞台

5月の日差しの下待つこと30分

能・狂言、合わせて1時間

太陽がジリジリと暑かったが

良いものを見せていただいた。


写真撮影は禁止なので

明治神宮ホームページより↓


半能「敦盛(あつもり)」

熊谷直実(くまがいなおざね)が僧となり、蓮生(れんしょう)法師として一ノ谷の合戦で手をかけた平敦盛(たいらのあつもり)を弔(とむら)うため、その古戦場を訪れます。
そこで出会った草刈りの男と言葉を交わすと、実は敦盛のゆかりの者だと言い捨てて姿を消してしまいます。僧は夜もすがら念仏を唱えていると、敦盛の霊が現れ、平家の都落ちへの感慨などを語り、最後の戦の有様を見せ、直実の弔いを喜び、姿を消してしまいます。
本日は半能の演出で、後半の敦盛の霊の登場、戦の場面を中心にご覧いただきます。

狂言 「口真似(くちまね)

余所(よそ)からいただいたお酒を誰かと飲みたい主人。その飲み相手として、太郎冠者(たろうかじゃ)が連れて来たお客は酒癖が悪い人らしい。太郎冠者は主人に「言う通り、する通りにしなさい」といわれ同席しますが、その言葉通り、主人の口真似をしてしまう太郎冠者でした。


■敦盛 半能(金春流)

【シテ】本田 芳樹
【ワキ】村瀨 慧
【笛】成田 寛人
【小鼓】大山 容子
【大鼓】安福 光雄
【後見】山中 一馬
【地謡】髙橋 忍 辻井 八郎  山井 綱雄
中村 昌弘  雨宮 悠大  後藤 和也

■口真似 狂言(大蔵流)

【シテ】大藏 教義
【アド】大藏 彌太郎 大藏 基誠
【後見】上田 圭輔  

太郎冠者の口真似に笑いこぼるる

敦盛の思いを能面一つで演じ切る凄さ


奉納生け花


筍も生け花になる日差しかな














金春流の地謡の方々⁈に遭遇

おつかれさまでした。


五月晴れ萌葱の木々や立ち登る


コロナ以降、柄杓が消えた手水舎


御苑で直会


風が爽やか

直会の弁当開く風薫る


今年はハスの花のもなく

菖蒲はこれから、

暖かい日が続いたせいか

ツツジは終わっていた


カメが甲羅干ししているいつもの場所に

すっぽんがいた。御苑で見るのは初めて


清正の井戸まで足を伸ばした。

それなりに並んでいた。

都会のど真ん中で

こんこんと湧き出る水


御苑を出て再び参道へ

日本一の鳥居

何が日本一かの覚え書き

我が国で最も大きい木造の「明神鳥居」


崇敬会の入会キャンペーンをやっていた。

崇敬会会員も世代交代の時なのだろう。

会員になったのは、もう30年前のこと

動機は神宮球場のオープン戦が

最大5人まで無料だったから


野球好きな後輩たちと

イチローが現役の時の

オリックス戦を観に行ったっけ


会員は入場料無料

明治神宮ミュージアムの催し


展示されている馬車の、

多色刷りでつくる絵葉書にチャレンジ

なかなかきれいに仕上がった。


今年もありがとうございました。

神恩感謝❣️どうぞ

日本の行く末をお守りください。


追伸

昨年5/3の大祭の様子です。昨年は

あやめ、ツツジ、蓮の華も咲いていました。



高市内閣の棄民政策が
続々実行されている。

ばらまくときの財源は?
国民のために使うときは、必ず、
財源ガーと声高に叫ぶが
 
海外にばら撒くときは、なぜか言わない
財源はいずこ?

日本の子供が7人に一人が飢えているのは
支援せず、ボランティアの子ども食堂に丸投げ
まずは、日本の子供を支援してほしい。



日本の大学生が奨学金ローンで苦しんでるのに
海外留学生の支援も従前通り、見直しなし
授業料は無料、月14万の小遣い

国内が安定供給できているなら支援してもよいが‥
そうではない今なぜ? 

 

https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-04-15/TDIMWUT9NJLU00

 

 

総理就任早々ウクライナ支援

エネルギー安全保障上、これ以上

ロシアとの関係を悪化させてどうする。
そもそも、ロシア系住民が

多く居住するドンパス地方に
先に攻撃を仕掛けたのはウクライナ軍である。

https://www.jiji.com/sp/article?k=2025122100070&g=int

 

https://www.sankei.com/article/20260415-L2PEHKU3EZJ6TJBICXWRHCOSII/

 

 

エネルギー安全保障
国家の根幹、エネルギー安全保障

田中角栄は1970年代のオイルショック時、
石油メジャー依存から脱却し、独自ルートで

資源を確保する「資源外交」を展開

インドネシアやソ連、中東諸国と直接交渉し、
石油・ウランの安定供給を目指し、
対米一辺倒ではないエネルギー戦略をとった。
 

キッシンジャーから、
中東から石油を買うなと言われても
「その油、アメリカが回してくれるのか」と

断固拒否‼️
、「中東外交を巡りキッシンジャーと渡りあった 田中角栄 キッシンジャー 小長啓一」というテキストの画像のようです

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29918350X20C18A4X12000/


サナエさん個人として米国トランプlove

一辺倒なのは構わないが、
1人以上、オーバル・オフィスの画像のようです
日本は民間外交でも中東諸国とも
良好な関係を築いてきたのに、
一向に直接交渉しようとしないし、
ロシアとの関係も悪化させた。

 

米国からたった1艘(約半日分)

原油を調達でたと喜んでいる場合ではない。
建築資材、塗料、食品容器、次々欠品している


ほかにも、
不足することが分かっているのに

補助金付けてガソリンを大盤振る舞い
そのつけを払わされるのは国民

高市氏は、右派と言われているが、もしや
ABCD包囲網、先の戦争の

発端を知らないのだろうか。

 

 

能登の復興支援出し惜しみ

2年も経ったのに倒壊したまま家屋が

まだ、あちこちちで放置状態
政権が代わっても引き続き出し惜しみ状態

 

 

 

高額医療費は引き上げ

高市総理は「患者のみなさまの意向に沿うもの」

と国会で言い放った。しかし、

保団連が行っている、高額療養費の

限度額引き上げ撤回を求める

オンライン署名の賛同者は

4月10日午前7時半現在、29万5000人超

https://news.yahoo.co.jp/articles/3121cef9d2a21ff09b74a00df33176c042f3812c

 


主婦年金縮小

 


移民推進

有効な少子化対策をしないのに

7.3兆円予算の子ども家庭庁は

カツカツ日本人から徴収した税金を

日本に居住する外国の子どもたちにも

大盤振る舞い!

出典:こども家庭庁HP


まさかの移民の数の上限定めずで
リプレイスメント絶賛推進中↓
高市総理まさかの実質移民上限なし受け入れ! | 消費生活アドバイザーのドラッカー視点~徒然なるままに観る 社会・自然・芸術etc.

コメ増産取りやめ
石破前総理のコメ増産の約束を反故
国防の基盤は食とエネルギーの安全保障なのに
継戦能力のために、

ポンコツ武器を買うために2027年から

所得の1%を防衛増税としてサッサと実施決定


戦争を続けるために最も必要なのは

食料とエネルギーのばず、

ガダルカナルの多くの日本兵のように

また日本人を餓死させたいのか


農水省の予算はたった2.7兆円
(子ども家庭庁は7.3兆なのに)
日本人が食べるコメには相変わらず補助金なし

消費税減税実施せず

悲願と言ってしまった手前

国民会議の中に財務省主導の

実務者会議をわざわざおき、一方
消費税減税を主張する者は排除
 

一生懸命頑張ったけど、反対されて

できませんでしたと言うことにしたいのか?

ほんとうに悲願ならば2/3の議席で、

サッサとやれたはず。

コロナワクチン健康被害放置
就任早々の国会で、安全性に懸念なしといった。
この瞬間、国民の命も財産も
守る気がないことがわかった。
消費税減税の財源10兆円はないのに、
ワクチン95兆円の財源は
どこから出たのだろう。

 

先日の記者会見 
国もマスコミも騒がないから

国民はだまされたまま 

 

岩盤保守層が期待した高市総理は

自民党の棄民対策↓を更に悪化させている。

 

止めるためには

国民一人ひとりが気づくしかない 

タンロン大学を後にし

ホテルへ帰る道すがら

 

ベトナム国家銀行本部

フランス統治時代に建てられた

アールデコ様式

交差点と複合ビル

とにかく交通量がものすごい。

高齢者が少ないせいか😅

スレスレギリギリで行き交う

4月から日本の道交法は

自転車を追い越すときは1メートル空けて

となったが、バスの窓から見下ろすと

10センチくらいの隙間を

バイクが疾走していく。

 

交差点からのバイクの群

オート三輪のタクシー的乗り物

 

地震がほとんどないせいか

細長くて高い住宅が多い

1階が店舗で2階以上が住居のビル多し

道幅が狭い道路の至るところに国旗が、

路上で商売 雑貨品と花

採れたての果物や芋

 

午後3時半にホテル帰着

 

集合時間の17:45までホテルの売店や

特設⁈ステージで戯れる😅

思いのほかドレスの丈が短かったため

脚線美?はカットしました😆

 

道路は混んでいたが、

18:15にバスを降りると

お祭りの縁日のような様相。ここは

「Sen Tây Hồ Buffet(セン・タイ・ホー・ビュッフェ)」

まず目に飛び込んできたのは
コロコロがついたブタの群れ!

風船もぎっしり


風船職人さん🎈

この仕事はAIにはできまい😍

これからはテクノロジストの時代

by P.ドラッカー😆

写真いいですかの私のジェスチャーに

微笑んで返してくださいました。

敷地内にあるベトナム風の建物

青いランタンの廊下

散策する時間はなかったが

大きな一大テーマパークのよう

 

会場の2階の部屋のテラスから

西湖が見下ろせる

 

テーブルにはビールやファンタと並んで

餅米を蒸留したウォッカ?(焼酎?)も

テーブルに丸く盛り付けられた

ビッフェなのになぜかエビが運ばれて来た。

 

晩餐会の開会

隣の円卓にハノイ大学の学長と学部長

 

 

 

ここのビッフェは、とにかく規模が大きく

いろんな食材が広い会場に所狭しと並ぶ

部屋も幾つもあり、

賑やかな喝采の声が響いていた。

 

 

 

お刺身まであった。

全て味見をしたかったが、

物理的に無理😅

 

お腹が満たされたところで、

ハノイ大学学長より、

今回のシンポジウムの参加者一人ひとりに

証書が手渡された。

 

認定証(GIẤY CHỨNG NHẬN)

あなたは、令和時代における
日本芸術使節団の一員としてベトナムを訪問し、

「第2回ハノイ日本国際芸術展」に際して、
優れた芸術作品を「日本伝統芸術」にて発表し、

同時に2026年3月6日にハノイ大学で
開催された芸術展に参加されました。

ハノイ大学は、文化交流および
民間外交活動への積極的な貢献、

ならびにベトナムと日本の
友好関係の発展への寄与を称え、

名誉芸術講師の称号を授与いたします。

2026年3月6日
学長 グエン・ヴァン・チャオ

ありがとうございます

 

司会の加藤さんは日本の留学生

高身長でアオザイがお似合い

 

21時、晩餐会お開き

夜の帳が下り、ランタンが映える

水面に映る青いランタン 

写真は同室のIさんに

撮っていただきました🥰

 

パンパンのお腹とともにバスでホテルへ

パフォーマンスを終えてホッと一息

 

翌日は、9:30集合でのんびり観光

 

つづく

3/7(土)朝7時半

キャンドルホテルの朝食ビュッフェへ

中華麺、フォーはコチラから

お野菜はコチラから

 

ロビー集合は9時、朝5時ごろ目覚め

時間があったので朝食に行く前

せっかく洗濯機があるので使用してみた。

日本ではボタンひとつで全自動が

当たり前なのだが、

工程ごとrinse、spin、dryボタンを

選択しなければいけなかったことに

朝食後に気づいた。

 

慌ててすすぎだけして浴室に干し、

急いで、9時にロビーに到着も

スマホを忘れてきたことに気づき、

慌てて取りに戻った。

急がば回れ!

 

私のせいで9時5分出発となったバスの車窓から

花屋さんが見えた。花好きな国民性なのか

路上やバイクの花売りをよく見かけた。

 

9:40 タンロン大学に到着!

校内のブランコに興じる学生

ハノイ大学と並び称される名門校だが

私立ということで、

いわゆるお金持ちのご子息が多い印象

 

屋根付きの屋外でのパフォーマンス

 

まずはレセプション会場

大学のロゴの入ったガラスボトル

開会の挨拶

タンロン大学副学長のスピーチ

内容の日本語訳はスクリーンに投影

タンロン大学のロゴを配した壁面

タンロンとは昇龍の意とのこと

歓迎のよさこい踊り 

ハノイ大学とは別バージョン

ベトナムではよさこいが流行っているのか?

 

10:30よりパフォーマンスと体験会

昨日予備を使い果たし、

準備できたスクラッチシートは10枚

今回は、A5ケント紙とスクラッチと

初めに参加者に選んでもらうこととしたが

みなスクラッチシートのほうを選んで…

まぁ当然と言えば当然だな😅

自由な線が生まれてゆく

ベトナムのお嬢さまたちと

 

サインを頼まれ、

絵の雰囲気を壊さぬよう配置

 

頼まれて入れるサインはさくっと✍️


みなスクラッチの方を選択したため

なけなしの10枚は開始40分でなくなり

以降は紙に移行した。


ただの紙とペンで、どうなることかと思ったが、

体験希望者は引きも切らず

手直しを依頼され不思議な線を追加😆

 

 

 

12:10 ランチは

美味しいバインミー

ベトナムはフランスの植民地だった時代が長く

フランスパンが美味しいのだとか

 

ランチを頂いた建物内

ベトナムといえば竹🎋だがこちらは造笹!

メンテナンスの経費節減か

ホテルのロビーも造花だった。

 

図書館⁈の本は

英語のタイトルのものが多かった。

 

12:30 午後の部開始

スクラッチシートは色がでて面白いが

こちらはこちらで

純粋に線を楽しむことができる

 

 

ブタのような絵

ベトナムでは亥年は豚年で

ブタは縁起物なのだそうだ。

意図せず、手が動くままではなく

意図して花とお日さまを描いている?

これも自由で!まぁいっか😆

 

線は生き物!

大切なのはその勢いを止めないこと

 

とにかく手を動かせば形が生まれる

 

 

 

 

 

 

ベトナムの民族衣装アオザイのお嬢さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後2時半でお勤め終了

ハノイ大から出張通訳のリーさん

 

タンロン大学の鳩は

脚まで羽根で覆われていた。

そう言えば女子学生さんたちも

みなロングスタイルだったっけ

校内にはブーゲンビリア⁈の花

最後のお見送り、リーさんと目が合う

2日間、おつかれさまでした。カムオン

 

ベトナム芸術シンポジウム


ハノイ大学にて

生まれた〝線〟いろいろ


 

こちらのお二人は日本からの交換留学生

 

 

 

 

 

 


11:40 少し早めにランチ
会場はハノイ大学の学食

 

ビュッフェスタイル


 

青菜のスープ

どれもおいしゅうございました。

12:20 学食の2階テラスから
クルマやバイクが走っていて

バイクの荷台を作業台にして何かの修理屋さん?


12:30から午後の部開始

 

 

 

 

ここで、予備として持って来ていた

6枚のスクラッチシートもなくなってしまい、

パフォーマンス用として持ってきた

A4ケント紙に
描いていただくことに…


 

 

 

 

 


 

14:30 ここでA4用紙もなくなってしまい、
まさかの備えとして持ってきたA6サイズの色紙を使用

 


どの作品も個性的で自由に描けていた。
何を描くか特にイメージせずに手を動かすので
下書きの必要はないし、どんな線でも失敗はない
と伝えた。とらわれなくてよい。
心が解放されて自由に
手を動かしている様が美しかった。
 
私もちょこっと ペン画と

スクラッチ 
現地の添乗員のロンさんとツーショット

 

こちらは、通訳を務めてくれた

ハノイ大学4年生のリーさんの作品

卒論では日本とベトナムの
ことわざの共通点を取り上げるのだとか

大国アメリカに(絨毯爆撃されたり
枯れ葉剤をまかれたりしたのに)
負けなかったベトナムは
ホントすごいと思うと率直にお伝えしたところ
目をキラキラさせていた。
自国に誇りを持つことは
国を豊かにする礎になることだろう。


10:00~15:00
ハノイ大学での学生との交流終了

 バスまで構内を歩く

通訳を務めて下さった

学生さんたちが見送ってくれた。

カムオン❣️ おつかれさまでした。

 

夕食はベトナム料理

伝統的なベトナム料理セットメニュー

 


塩味のカリカリ揚げナマズ
ハノイの伝統的揚げ春巻き
甘酸っぱいレンコンサラダとロースト子牛肉
鶏肉とカシューナッツの炒め物

ハーブ焼き豚肉のグリル(バナナの皮に包んで)

とりあえず一通りいただいた

やや酸味のある魚のスープ

ベトナムのビールを少しだけいただいた

 ドラゴンフルーツとスイカ

どれも美味しゅうございました。


店内でのベトナムの琴の生演奏

 



もち米で作った焼酎を飲みながら

挨拶をするパフォーマンス

参加者全員に図柄の異なる版画の贈り物


龍を配した鳥獣戯画のような図柄の版画を頂いた
 
21時にはホテルに戻れたので、
明日の準備をして早めに床についた。

つづく
 

ちょうど1ヶ月前の3/5

午後休を取って成田へ

午後5時半 成田の空の日の入り

18:30 ANAで空路ハノイへ
機内で「TOKYOタクシー」を観た
ほのぼのした話かと思いきや

やや重めで気持ちが沈みそうだったが、
最後は、小切手の「0」の数に

沈んだ心が吹っ飛んだ。


午後8時過ぎの遅い夕食

白ワインを所望したところ

大き目紙コップにいっぱい注いでくださり

残さず飲んで酔っ払い状態に😅


夜11時半少し遅れてハノイ空港到着

空港の通路はベトナムを紹介する壁画

 

 これはチャン・アン

 壁画は続く

 あ!これは「2/2」ではないか❣️

 中島みゆき「夜会」の茉莉、莉花⁈

ベトナムを舞台にしたのは

そういうことかと納得し

ひとり勝手に盛り上がる

 最後は、ホーおじさん

 

バスで移動し 深夜1時に
キャンドルホテル到着

 

ウランバートルのホテルには
北京やソウルの時刻時計はあったのに
東京がなく、

日本の国力の衰えを憂いたが

ハノイ キャンドルホテルには

まだ東京があった!

 

部屋は17階

エレベータはカードをタッチしないと
階数が押せないシステム

スーツケースを転がしながら

同室のIさんに
先にお風呂に入っていいですよと
話ながら部屋に到着すると、
広々としたリビング

 

 キッチンに洗濯機

 ツインのベットルームと

広々としたバス&トイレ

 その奥に別途ダブルベットの寝室と

三角形のバスタブ

スウィートルーム並みの仕様だった

一人につき一部屋とバストイレ付で
どちらが先にお風呂に入るかは問題は霧散


中島みゆき「紅い河」聞きながら

明日の準備をし、

よく眠れないまま、朝となった。


3/6  リビングのカーテンを開け

サッシを開け、
ハノイの街に おはようございます

朝の6時半だったが平日金曜だからか

ホテル下の道路は既にかなりの往来だった

 

朝食はホテルのビュッフェにて


8:30ホテルロビー集合
ホテルの売店の招き猫に願掛け⁈

 

バスでハノイ大学へと向かう

現地ガイドのロンさんから昨晩の移動バスの中で
聞いてはいたが、とにかく、交通量
特にバイクの数がものすごい


バスの車窓から下を見ると、
傘つきのスマートフォンを、運転しながら操作

ベトナムは地震の心配がなく
高い建物が多い

バイクや車両は日本ではありえないほど
接近している。

ベトナム国旗と共産党(ハンマーと鎌)の旗が
あちこちではためいている


生花売り
バイク1台でこの数の花束を乗せている

 

ハノイ大学に到着

 

こちらが、パフォーマンス会場

画材を置いて

 

レセプション会場に向かう


道すがら、孔子を顕彰する建物が


レセプション会場に到着

学生さんよる歓迎のよさこい踊り

開会のあいさつ

ハノイ大学学長のスピーチ

まだかなりお若い

挨拶はベトナム語でその日本語訳

 

 

 

 

 

 

 

 日本芸術伝承記の授受


パフォーマンスと体験会


10人分くらいで良いとのことだったので
スクラッチシートを10枚予備を6枚と
念のためにハガキ大の用紙とペンを持参した。


「何かを描こうと意図せず、
自然の水の流れや風を意識して
ドローイングしてみてください」


「おしゃべりしながらで良いです」


さて、そこから

どのような線が生まれたでしょうか


つづく

3/29 シフのピアノリサイタル

事前のプログラム発表はなく

当日その場で演目がシフ本人から発表される


拍手の中着座し、

会場がしんと静まりかえったところで

バッハのゴールドベルク変奏曲


ピアノは愛用のベーゼンドルファー


透明感のあるバッハを弾き終え、

来場者への挨拶と

弾いたばかりの曲と

これから弾く曲が何か

訥々とした日本語で語られる


フランス組曲第5番

ところどころ装飾音を挟みつつ

軽やかに明るく


初めてこの曲を聴いた頃の自分を

思い起こしその時に

しばし戻れた気がした


時を超えるシフのピアノは

弾くというよりピアノから

自然に音が奏でられるというべきか


没個性というと語弊があるが

聞かせてやるといった気負いや

熱いパッションといった

自我のようなものが

微塵も感じられない


弾き姿も自然体

禅僧のように静かに座って

音が会場に溶けていく


静謐な空気感


バロックの響きから幕を開け、

バッハ、ハイドン、モーツァルト、

そしてベートーヴェンへと連なり、

時代をたどっていった。


シフの指先は、曲が内包する思想と

時代の息遣いまで表現しているかのよう



シフの「これから20分間の休憩です」に

会場からは笑いがこぼれる


後半は

叙情的なロマン派シューベルトを一気に4曲

色彩豊かに自由に音が会場に広がってゆく


最後はベートーヴェン晩年の傑作

ピアノ・ソナタ第30番で締めくくられた。


鳴り止まない拍手の後、

アンコールへと続く



拍手に何度も応えて

第3部とも言えるほどたくさんの

名曲を聞かせてくれた。


まだ、

まだ

まだ、終わらないアンコールに

一人また一人と立ち上がり

スタンディングオベーション


締めはバッハ

バッハに始まりバッハに終わる

時代がひと巡りしたかのようだった。


すっかり魅了され、終演後

書籍を買い求めようとしたが、

すでに完売


静謐な空気感は

書籍のタイトルでもあった


CDを何枚か買い求めた




公演のチラシ



「魂の輝き✨伝説を聴く」


チケットを取り忘れ、

すでに満席表示が出ていたが、

クリックしてみたところ

なぜかA席が1席だけ空いていた。

これもご縁なのだろう


当日配布のパンフ

どこか少年のような澄んだ瞳


ミューズ隣接の航空公園の

桜やボケも見頃だった。



魂の鎮めのバッハ桜咲く

高市政権が、家族帯同できる特定技能2号について上限なしで受け入れると先日の国会で明言しました(参政党の神谷代表質問への回答)。↓詳細はこちら

https://m.youtube.com/watch?v=RQIVytzm8n4

出典https://go2senkyo.com/seijika/163389/posts/1313493


これは、単なる外国人労働者の問題ではなく、日本社会を壊しかねない由々しき事態です。

特定技能2号の受け入れ要件

特定技能には「1号」と「2号」があり

  • 1号:比較的短い期間働く人向け。家族は基本的に呼べない。
  • 2号:より高い技能を持つ人向け。更新回数に制限がなく、家族も一緒に暮らせる。

2号要件は、

  • それぞれの分野ごとの「熟練技能試験」に合格すること
  • 数年間の実務経験があること

たとえば、建設、造船、外食業などの分野があります。

具体例としてよく挙げられるのが、インド料理店でナンをタンドール窯で焼く熟練職人です。流行ってなさそうなインド料理屋が潰れない理由として移民斡旋ブローカーからの資金流入があるからと言われています。

重要なのは、「医師や大学教授のような超エリートだけ」という制度ではないということです。30年前は日本の賃金は世界3位でしたが、今はOECD加盟国中25位で韓国より安月給。こんな日本に超エリートが働きにくる可能性は少なく、紛争地や経済的に困窮している地域からの移民が家族帯同で押し寄せることになるでしょう。

さらに問題なのは、

特定技能1号では、日本語能力試験(JLPT)N4程度などの基準がありますが、特定技能2号には法律上、統一された日本語試験の合格義務はありません。

つまり、日本語能力が十分でない移民が増えるということです。

家族帯同が意味すること

2号では、配偶者や子どもを日本に呼ぶことができ、在留更新に上限がないため、ずっと日本に住むことが可能になります。

そうなると、

  • 子どもは日本の学校に通う
  • 医療や社会保障を利用する
  • 地域社会の一員になる

となり、日本人の出生数が激減している今、子沢山の移民に置き換わることになるでしょう。これはイギリスで最も多い子供の名前がムハンマドであるとのニュースからも容易に想定されることです。

2号は日本語要件がないので、移民の子供たちが増えれば、日本語を使う日本人が少数派になる可能性も充分考えられるということです。

ヨーロッパの例

ヨーロッパ諸国では、労働力不足を補うために多くの移民を受け入れました。その結果、

  • 地域ごとの貧富の差
  • 教育格差
  • 移民問題をめぐる政治対立
  • 著しい治安悪化

を招きました。


特定技能2号は、単なる「外国人が働きに来る制度」ではありません。

日本に長く住み、家族と共に生活し、子供を産み育て、少子化で激減している日本人と置き換わるリプレイスメントに拍車をかけるということです。

イギリスやスウェーデンなど失敗の先例があるのに同じく轍を踏ませようとしている高市政権!


その場しのぎの労働力不足補い短期利益をあげたい経団連、移民を受け入れの補助金、移民ブローカー利権など、自民党のしがらの中にいて改革など出来るはずがないとの予想通りの展開になってしまいました。

岸田元総理の親族が移民斡旋ブローカーとのウワサがありますが、高市総理就任の時、テレビ画面右後方で岸田氏が満面の笑みを浮かべていて嫌な予感がしたものでした。


奈良の鹿をいじめる外国人を許さない!移民受け入れをゼロベースで見直す!日本人の命と財産を守る!などの威勢のいい発言に、保守層の多くが歓喜したようですが、残念でしたね。

さて、ドラッカーがリーダーに不可欠な資質としてあげたのが、integrity(真摯さ)でした。


integrityには矛盾がないという意味があります。ゼロベースで見直すと移民問題の解決を強く訴えていたはずが、まさかの2号の上限は青天井発言。

これは明らかに矛盾‼️ integrityが欠如していると言わざるを得ません。

とても残念なのは「致知」で人間学を学んでいるはずの人たちの多くがこのいかがわしさに気づかなかったということです。

3月号から

中西輝政氏

古参の姫路クラブの通信


ともに森信三氏の予言が当たったと湧き立っているようですが、そもそも森信三氏は予言者でも占い氏でもありません。

小泉竹中路線の時と同じ。靖国参拝や拉致被害者救出に沸き立ち、是々非々で考えねばいけないところ、人物信仰になり、新自由主義を呼び込み郵政民営化で日本人の財を外資に売り渡してしまった。いまや郵政サービスは悪化の一途。

今回の高市人気と被ります。防衛増税、独身税、ウクライナ支援増税をさっさと決める一方で、減税するときは広く国民の意見を聞いてから?? 2/3議席があるのだから、やろうと思えばすぐやれるはずなのに‼️

そもそも消費増税に反対する参政党や保守党、共産党には声すらかけない「国民会議」なるもので議論するなど、ただのアリバイ作り。初めから国会で議論すれば良い話ではないか? 

これから更に日本を強くするためにとの美辞麗句のもと更なる増税を仕掛けてくることでしょう。

よく見ればキャッチコピーは〝日本人〟ではなく、〝日本列島〟を強く豊かに。です。

つまり。心優しい日本人から気の強い移民に日本列島を受け渡し、日本列島に住む彼らを豊かにするということでしょうか。


追伸

高市総理擁護の保守層が特定技能2号は2千人程度しかいないとまことしやかに語っていましたが、2025年11月末現在6744人で、しかも増加のスピードが異常です。

さらに家族帯同、しかも養子も可となので、一人当たり✖️4〜10人くらいにもなりかねません。

ゼロベースで見直すとの前言を翻し、ヨーロッパで失敗した移民政策を推し進める高市総理にはもはや失望しかありません。