161217河口慧海研究会 | 森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

「世界の国の人と自然」を愛するヨメが
「岩と雪と氷」を愛したダンナと
日々のつれづれを発信します。

日ネ協会さん主催の、河口慧海生誕150年講演会に参加させてもらった。

慧海は、宇治の万福寺で修行中にチベット行きを決意したのだが、今日の会場は

その万福寺。


トップバッターの高山先生は、慧海研究の第一人者で、旅行記に記されず日記に

書かれていることや、そこに残る謎などをお話ししてくださった。

 

実は高山先生とは以前、ネパールから帰国の時に飛行機で隣り合わせたことがあり、

当時はまだ先生のことをあまりよく存じていなかったので、あまり深い話はなかった

ように思う。今から思えばもったいないことだった。


数年後、ネパールロビー(日ネ協会さん主催の研究会)でお会いする機会があり、

飛行機のことを出汁に、アフターまでご一緒させていただいた。その時はそれこそ、

亡くなった大西保さん(西ネパールや慧海の超スペシャリストでこってり系の山屋さん

笑)とも同席で、それはそれは贅沢な時間だった。


といいたいが、大西さんの豪快さと、そうそうたるメンバーに緊張マックスで、なんにも

覚えてない()  が、どうやら、祖父が慧海の親戚と知り合いだとその席で話した

ようで、数日後、高山先生、慧海研究をまとめた冊子を数冊私宛に届けてくださった。

その冊子は、万福寺内の黄檗文化研究所の『黄檗文華』に掲載されたものなのだが、

これまたピンときてなくて、漠然と読んでお蔵入り。十年以上の歳月を経て、やっと

私のなかで消化することができた。


さて、2番手の稲葉香さんの講義は同じくらいに素晴らしかった。香さんは、先日『冒険

野郎の報告会』を主催した人で、金剛山山麓のDolpo.BCのオーナー。大西保さんの

秘蔵っ子さん(香さん、こんな書き方よいでしょうか?!)で、今や次世代の慧海研究の

担い手的な存在の人。

 

秋に2ヶ月以上かけて、慧海の足跡を忠実に辿る山旅をしてこられ、その写真を使って

の説明だから、慧海の旅の真に迫るものがある。高山先生が撮影した50年前の写真と

図らずも同じアングルの写真が撮れただなんて…、跡継ぎせんかい!と大西さんの

天からの声が聞こえてくるのでは?(笑)


ラストに登壇された高野山大学の奥山先生は、どうやら参加者として申し込まれた

ような?! けど、先生の慧海研究はこれまた素晴らしく、堺でも講演をよくなさって

おられる。私ももちろん聞きに行ったことがある。堺では慧海と堺の話をよくなさる

けれど、今日は、万福寺と慧海の関連を話してくださった。


演者はもちろん、聴講されていた方も皆さん、ベテランさんばかりのようで、香さんの

写真を見ながら、あ~~あそこあそこ、とか、そうそうあんなんやった、とか…。


こんなアカデミック&マニアックな講演会に一緒にきてくださった枚方小町さんと久美子

さんに感謝感謝、ほんとにありがとうございました。
演者の皆さま、関係者さま、どうもお疲れさまでした。


シェルパニの格好、とてもお似合い!大西さんからプレゼントされたのだそう。

高山先生の講演

慧海直筆の日記







万福寺のヒマラヤ杉は、慧海帰朝を記念して植樹されたそう。

堺が作った慧海のバッジ