熊野古道 その4 | 森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

「世界の国の人と自然」を愛するヨメが
「岩と雪と氷」を愛したダンナと
日々のつれづれを発信します。

心を清らかにして翌日、那智大社を出発、小さな登下降を繰り返し、一泊二日で

熊野本宮大社までを歩きました。

京や江戸から、はるばる本州最南の地まで詣でた人々の心に想いを馳せ、いつもの

ようなおふざけもほどほどに、ひたすらに歩いてきました。

 

帰宅すると父が退院しており、ほぼ元の身体に復調し、ベッドで寝息を立てていました。

昨日と同じ一日が過ごせるありがたさを感じつつ、熊野の旅を終えました。

当時の雰囲気を残す大門坂

朝の参道

大雲取の苔むした石の階段道

円座石(わろうだいし)

 

阿弥陀さんと薬師さんと観音さん を表す梵字が書かれた円形の石で、三人がここで

お座布団 に座って談笑していたという。神さま仏さまなんて見たこ ともないのに、3人の

微笑ましい様子が想像できるから不 思議!

仏が衆生を救うために神の姿で現れる、神仏習合の解釈か ら、家津御子大神=阿弥陀

(本宮)、速玉大神=薬師(速 玉)、夫須美大神=観音(那智)となるそう。

熊野信仰は、複合性(神仏習合)、平等性(身分や男女の 差別なし)、開放性(誰でも

自由に出入り可)、広域性( 全国に熊野神社がある)と、閉ざされた宗教でなく、広く

  おおらかなことが特徴と語り部さん。

 

人々の生活に根差し た森羅万象が信仰対象ゆえに、千数百年の時を超えて、祈
りの
火が消えないでいるのだろう。


縦走2日目は雨だった。霧にくすむ山もまた良し。



本宮大社にあったポストは八咫烏が神さまに願いを運んで くれる特別バージョン。

藤原成一さんの「癒しの地形学」によると・・・、

熊野本宮の大 斎原から正しく真北に貫く線は、神武天皇即位の地、橿原 に至り、

さらには平城京、そして平安京に続く、日本の国 の生命線だったと書いておられる。

時空を超えた壮大な設計図を描いたのは一体誰なのだろう 。こんなことを考えると、

八咫烏が神さまに想いを運んで くれるというのもまんざら冗談ではない気がしてくる。