スリランカの山旅9 聖山アダムスピーク1 | 森中あゆみの「山と薬膳で、ココロとカラダをまるごと養生♩」

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「世界の国の人と自然」を愛するヨメが
「岩と雪と氷」を愛したダンナと
日々のつれづれを発信します。

いよいよ、今回のメインイベント、聖山アダムスピークの登山です。

標高差はありますが、コンクリ打ちされた階段の往復なので、難しさはありません。

けど、1000mの往復、6000段ともいわれる階段、夜間の登山ということで、それなりの

心構えと準備がないと、登頂できてもボロボロになります(笑)!


山麓の町、ナラタニアのロッジに投宿、仮眠後、未明の1時半に出発します。

ここのロッジはレストランがオープンスペースになっていて、鳥がちょこちょこ遊びに来て

いました。夕方は少しガスっていましたが、ここから本当に歩いていくの?という距離感で

アダムスピークが遠くに、そして急峻に尖っているので、夕食時は皆さん、不安そうな

お顔でした。が同時に、行ったるで~~的な闘志もむくむくと湧いてきます。皆さん、

さすがに山慣れされています!

スマホのズームで撮ったのが悔やまれますが…、薄暗くなると、徐々に頂上へ向かう

参道に立ち並ぶ売店の灯りがともり始めました。それはまるで、頂上へ向かって昇る

龍の姿にも見えて、龍骨をなぞりながら聖山に登るのかと思うと、登山というよりも

やはり、巡礼、という言葉を意識してしまい、心が引き締まります。


行く前に、藤原成一さんの『癒しの地形学』という本を読みました。


もともと藤原氏は日本文学や日本文化史がご専門だったようですが、そこに美術、建築、

演劇、思想、人類学、民俗学、宗教などを重ね合わせ、日本人の死生観や美意識、発想

の起源などを読み取り、日本人の真を解明する、そんな著作が多いようです。

『癒しの地形学』には、いくつか項があって、その中に今、私が取り組んでいる西国

三十三ヶ所観音寺の地形について書かれています。

風水でいうところの「四神相応の地」、つまり、背後に高い山、左右に小高い丘、前に

川や平野を配する地形に建つ観音寺、山の中にひっそりこもり黙々と修行ができるような

地形にある観音寺、どこからも見えずちょっとゆっくりと休めるような空間に建つ観音寺、

或いは、たどり着くには険しい山道を必死で登らねばならない山頂に立つ観音寺などが、

ほどよい感覚で配されている、という分析が書かれていました。


レストランから見たアダムスピークへのトレイルは、まさしく山頂に立つ、精神的にも

肉体的にも厳しいタイプのものだなぁ、なんて思いながら、ふんどし(締めてないけど)の

紐を締めなおして、食後は早めに休みました。

日にちが変わってすぐ起床。

ロッジで働いている15歳の元気なボクちゃんが、私の気配に気づき、起きてきてくれて、

お湯を沸かしてくれました。

起きてこられた順に、日本から持ち込んだミニおうどんを召し上がっていただき、身体を

少し温めてから、軽く準備体操をして、いよいよ出発です。

皆さんには、行動食として、飴や塩羊羹、ゼリーなどもお渡ししておきました。

夕食時にアルファー米とすし太郎で作ったバラ寿司のおにぎりも2つ、一緒にお渡し

しました。朝ごはんは下山後、ロッジに戻ってからになります。たぶん9時半ごろ。

なのでこのツアーは毎回、ツアーリーダーの個々のアレンジで行動食を予め用意して

います。

巡礼のシーズンは、12月から翌5月くらいまで。それ以外は雨期で、登る人はあまり

いなくて、だからお店なんか閉まっていて、真っ暗なトレイルルを歩くことになるそうです。

ビスケットや飲み物を売っているお店から、帰りにお土産として買っていく香港フラワーや

花瓶、ミサンガみたいな役割のブレスレット、足のマッサージ屋さんもありました。

この神さまは、サマン。スリランカにもともといた先住民ヴェッダーの土着神で、山を

行き交う巡礼者は、サマンサマンと声をあげながら歩いています。大峰などで、

「六根清浄~」と掛け合っているような感じといいましょうか・・・。


あるグループはケタケタと笑い遠足でも行くかのように、あるグループは袈裟を着て、

恐らく初めてここに登るのであろう小さな小僧さんを支えるように、またあるグループ

は、年配のおばあちゃんのアシストをしながら、み~んなサマンサマンと声を出して

歩いておられました。


山頂には、大岩の下に聖なる足跡があるとされています。

仏教徒は仏陀の足跡と、ヒンドゥー教徒はシヴァ神のものだと、イスラムでは

アダムが地上に降りた時のものだといい、キリスト教では聖トーマスのものだと信じ、

皆がそれぞれの信仰心をもって、お山に上がります。


一般的には、紀元前に、このあたりの洞窟に身を隠していた王様が、シカを追って

山に登ると山頂でシカは消え、よく見ると、そこに聖なる足跡があった、という伝説から

この山の信仰が始まり、11世紀ごろには盛んに巡礼が行われたそうです。なんと、

マルコポーロも登ったという記録があります。


お釈迦様は3回この山に登っておられ、最初に会ったのが先住民のヴェッダーだった

そうで、彼らの山岳信仰がこの巡礼の起源ではないか、という説もあるそうです。

涅槃仏がありました。

足を見ると、両足の親指がずれていました。つまり休息でなく、涅槃に入っていることを

意味しています。

歩き始めて1時間ほどの場所にある橋。

去年来た折には、ここで禊をしている人がいました。

橋を渡ったところでは、無事に登って降りてこれるよう、お坊様が祈願してくれています。

ここには、すごい本数の針と糸が。

糸は階段に沿って、ず~~っと上まで伸びています。

お釈迦様が登られた折、ここで法衣が破れて縫ったことから、ここに糸と針をお供え

する習慣が出来たそうです。


予定コースタイム3時間半、実質休憩も入れて4時間で山頂直下に到着しました。

昨年より若干速いピッチで登ってきました。

足が揃っていたこともありますが、皆さん、山頂で仏足石を拝みたい一心で、頑張られ
ました。昨年は見ることができなかった、と私が前夜話したからです、きっと・・・。

仏足石は、夜が明ける直前に門が閉まり、プジャ(お祈り)の時間になってしまうんです。

下山する時間もまだお祈り中だったので、昨年は見れなかったんです。なら、夜明け前、

門が閉まる前に拝みに行こう!ということで、今年は見事、お参りすることが出来ました。