アート家飲みインテリアのブログ -11ページ目
パーカッション・ソロなので
激激激マニアックです。

5月28日(土)に
横浜市民ギャラリーに行ってきた。





ここでもう一度、
5月6日に相模湖交流センターで開催された
イベント概要を書かせていただくと、
音楽を志す若者を応援するプロジェクトとして
『アーティスト・インキュベーション』と銘打ち、
ソロ・パフォーマンスの場を与える
『ガラ・パフォーマンス』で幕開け。

(インキュベーションとは保育器
(インキュベーター) から派生させた造語で
優れた素質も、然るべき保護を加えて
育てなけらばならないとする趣旨 )

『Kuniko Plays Reich』は表題のとおり
加藤訓子さんのソロ・パフォーマンス。

最後にオープニング・レセプションの3部構成だったのが
初日のプログラムで、
当方が行くことができなかった
7・8日も含めて3日間のイベントだった。

こうした初日のプログラムのうち
最初の『ガラ・パフォーマンス』の
オープニングを飾ったサウンド・インスタレーションでの
パフォーマンスを務めたのが
野川菜つみさんと岡瑞恵さんのお二人。

5月18日アップのブログで
書かせていただいたとおり
野川菜つみさんと岡瑞恵さんのお二人の演奏は
『鍾乳洞の中で静かにしたたる澄み切った水の音。
いっきに非目常へ誘う、素敵な演奏&演出』。

ところで、この28日は、
すみだトリフォニーで
トーマス・ヘル氏をソリストに迎えての
下野さん指揮 新日フィルの演奏会もあった。

6月3日の同氏ソロ=リゲティの前に
一度「腕前拝見」したかったのだけど、
ヘル氏との協奏曲以外も現代曲のよう。

器楽の現代ものは好きだけど、
オーケストラの現代もので
好きなものは本当に数少ない。
我ながら本当にわがままな聴き手。

一方、ピアノか、パーカッションの現代ものは
ほぼすべてОKなので、
ではでは、パーカッションにしょうと横浜に来た。

また、蛇足ながら
28日はダービー前日でもあった。
レースの格など、どうでもいい当方なのだけど
レーシング・プログラムは欲しい。
目下、競馬のデータ・ベースはこれだけにしてるので。

奇しくも、すみだトリフォニーのある錦糸町にも
横浜市民ギャラリーがある日の出町の
どちらにもウィンズがある。
どちらに行っても、
レー・ブロをもらってライブに行けるのは
非常に好都合。


あっ、話を野川菜つみさんに戻します。

で、当方、横浜市民ギャラリーヘは
初めて行ったのだけど、
文字通り市民の作品を展示してあるようで
特に2階の広いスペースいっぱいに
ゆうに数十点絵の絵画作品の展示があった。

ちょっと、わが身を振り返ると、
メンタルが半壊、いや4/5以上損壊したとき
損壊に至るまでの1年くらいは
音楽を聴かなくなり&美術館にも
まったく行かなくなり、だった。
心が折れかかっているときに
いわば心の栄養が欠乏して、
決定的にメンタルが不調に陥るのだと思う。

一方、ある程度気持ちに余裕がないと
アートものには気が向かない、もしくは
アートどころじゃないという場合もありうるけど
逆に言えば、アートを自ら作成、
出品できる器がある、
そうした環境にいれば
メンタル面で不調に陥っているヒマはないわけで
そんな環境を行政がサポートしてくれるのは
素晴らしいことだと思う。


さて、野川さんは横浜市民ギャラリーの
地下の2室の展示スペースを使い
うち1室を音と映像 (影絵) で構成したインスタレーション。

もう1室をライブ・パフォーマンスの場として
打楽器を並べていた。

前出のフライヤー裏面記載のプログラムより
2曲引用させていただきます。

Jacob Druckman : Reflections on the nature of water

https://www.youtube.com/watch?v=vZ_od-Pyayg

Frederick Rzewski : To The Earth

https://www.youtube.com/watch?v=vxkvbf41wSQ


ストリート・ミュージック系は
ほとんど聴かない当方なので
ごく表面的にだけど、
ラップ系のリズムは、ドンカマの打ち込みで
フィル・インは画一的で、テンポ・チェンジもない感じで
声のみが抑揚を付け、曲に表情を与えている感じがする。
(あくまで表面的な私見です)

ところが『To The Earth』の語りには、
あまり抑揚をつけないので
逆にリズムが多彩なので、
逆転の発想で非常に面白くて良かった。


約45分のライブ・パフォーマンスが終了すると
設置してある打楽器群は、自由に触らせてくれ
当方を含むすべての聴衆が実際に音を出していた。


(画像は一部加工してあります)

当方のように
「相模湖行ったよ、ここにも来たよ」 らしき人もいて
そんなファン層には
打楽器群に触れられるのは本当に楽しい。
楽器は演奏家の分身みたいなものなので
もちろん大事に扱いました。

訓子さんも会場にいらした。
kuniko kato arts project の
ディレクターとしての見守りなのでしょう。
それにしても、
ライヒやクセナキス等の演奏の技術と表現力をお持ちなのに
気さくでフレンドリー。
おバカな当方も覚えていただけたよう。


最後にもう一度野川さんに話を戻します。

楽器と共に譜面も置いてあったので拝見した。
『To The Earth』での語りの一節
"continue to praise you with my music"
が印象的でした。
5月6日に相模湖で、訓子さんが仰っていた
『確信を持って音楽を続けられるように』
に通じますね。
さらなるご活躍を、と思います。

え~っ、
趣味趣味&恣意全開の当方ですので
最後に好きな勝手なことを書かせていただきます。

バルトーク演りませんか?
ライヒの『シックス・ピアノス』の1/3のピアノと
クセナキスの『ル・ボン』+αくらいの打楽器群と
小編成??? なので???


https://www.youtube.com/watch?v=ALGJhtOFe3E
(非オフィシャルだと思われますが、
引用させていただきます)

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高橋アキさん ピアノ・リサイタル 2016





開演。

ピ一ター・ガーランド: Blessingway(2012) [日本初演]

ガーランドは "The Day Run Away" のイメージが、
当方には強かった。
サティの『ベクサシオン』の840回の反復
延べ18時間の演奏時間には及ばないけど
約18分間、ほぼ同じフレーズを反復する。
『ベクサシオン』は「嫌がらせ」を意味するようで
そう感じさせるフレーズとも感じられるけど、
"The Day Run Away" の反復フレーズは、
もっと力なく、脱力感をも伴う感じ。

また、プログラム後半に置かれた
シコルフスキがヨーロッパにおける
ミニマリズムの創始者とされているようなので、
前述の "The Day Run Away" も
ミニマム的手法の作品なので、"Blessingway" も
同様のコンセプトのミニマムな曲調を予想していたところ、
見事にハズレ。(相場も競馬も競艇も、
音楽予想もすべてハズレって、かなり自虐的ですが)

実際にアキさんが弾き出した"Blessingway" は、
現代曲現代曲しておらず、
強いて言うならチック・コリアのソロ・ビアノかな?
もっともこれは、さきの相模湖での、
加藤訓子さんのビブラフォンから
ビブラフォン ⇒ ゲイリー・パートン ⇒ チック・コリアと
出てきたような気もしたけど。
(華麗(加齢)な当方なので、
コリア&パートン=ピアノとビブラフォンの
デュオのデビュー作を持ってましたし)

あ、話をアキさんに戻して、
プログラム・ノートには "Blessingway" は
「ネイティヴ・アメリカンの画家にインスパイアされた作品」と
あるイメージとおりの作品で良かったです。

エリック・サティ: 天国の英雄的な門への前奏曲
同: メドゥーサの罠〈ピアノのための7つの小品〉

ごく個人的には、サティの作品の中では
印象が薄かった両作品。

がっ、
アキさんが目の前で奏でると、特に前者が素晴らしくて。
フライヤーのアキさんのコメントによれば
両作品とも戯曲に関係があるとのことでしたが、
この時点では、前者がアンコール・ピースと
関わりがあるとは、知る由もありませんでした。
また、後者は、プログラム後半に置かれた
檜垣氏の「家具のピアノ」と
呼応しているようにも当方には感じられました。
※ 注:事実はフライヤー裏のアキさんの解説によるとおり。
以下、引用させていただきます。
「メドゥーサの罠」は、サティ自身が書いた“戯曲"です。
ナンセンスでユーモアに満ちたこの戯曲は
「ダダ以前のダダの演劇作品」として高く評価されています。
引用ここまで。

フランツ・シューベルト:ソナタイ短調 D784

ここで、改めて前フリ。
当方、音大出身でも、アカデミックにクラシックを学ぶスタンスもなく、
ひたすら趣映趣味に、己の感性=恣意全開に
(以前に書いたような記憶がありますが)
ただし、スコアを紐解き、
表現してくれるアーティストの言葉は大切に
(なので、演奏者と話してみたいのです)
聴いております。

そんな当方のイ短調の一つは、
まず、マーラー 6番の第一楽章。
第二もしくは第三楽章に置かれる
アンダンテの叙情性が大好きなのですが、
この第一楽章は
「マーラーさん、何もそんなに思いつめないで」。
すっごく濃いんですね、この6番の開始は。

もう一曲、グリーグのピアノ協奏曲 イ短調
冒頭の、ピアノの崩れ落ちるかのようなフレーズ。

「話を聞いて」と言われ、
軽い気持ちで聞き始めた次の瞬間
号泣してしまう女性、
「私は世界の不幸を一身に背負っているのよ」
みたいな話が始まり、そろそろ気が済んだ、
もう終わって解放されるね、と思ったところ
またまた振り出しに戻りで、
まるで『ベクサシオン』のように反復される?

シューベルトの14番もイ短調で、
上述のイメージとリンクするように当方には感じられる。

なので、弾き手によっては
「暑苦しい」(繰り返し:私見です) 感がある14番。
ところが、アキさんの演奏では「暑苦しさ」はなく
かといって、冷めすぎてもいない、ちょうど良い温度感。

それでもイ短調は、シューベルトの深刻な状況を現わしているわけで、
その深刻な状況とは梅毒への感染。
同じシューベルトで、チャーミングなイ長調の13番と
聴き比べると、その差は歴然。

残念ながら、
手持ちのアキさんの音源は著作権上アツフできないので、
以下を引用させていただきます。


https://www.youtube.com/watch?v=HsMHHlDYlMM

プレイ・ボタンを押すと、
サンドストームになりますが
この動画はYOU TUBEでご覧ください」の
ダブル・クリックでリンクします。


https://www.youtube.com/watch?v=bwZTY_ofzWY


こうして現代曲現代曲していないガーランド、
サティを経て、シューベルトで締めくくられた
プログラム前半はピュア・クラシックな印象。


約15分の休憩を挟んでの、プログラム後半。

檜垣智也: 委嘱新作( 2016) [世界初演]

客席の照明は消され、場内はフルコンの上に
置かれた小さなテーブル・ランプ2台の明かりのみとなった
(客席は真っ暗)

それから、ほどなく聴こえてきたのはトイ・ピアノ。
プログラム後半は、ここで一気に現代にシフト。

作曲した檜垣氏の言葉を引用させていただきます。

今年はエリック・サティの生誕150周年、
さらに高橋さんの亡夫・秋山邦晴さんの没後20年でもあります。
高橋さんは、秋山さんと共に、
演奏会、録音物、楽譜、書籍の出版などを通じて、
サティブームを牽引しました。
そこで、この作品にほ、それぞれを記念して、
サティと秋山さんの仕事を作品の内容に反映させ、
高橋アキさんに捧げました。
この作品は、事前に演奏を録音した音響パートとのアンサンブルします。
引用ここまで

「事前に録音した音響パート」はラジカセから流され、
トイ・ピアノとアンサンブルする。
その響きはガムラン風。
奇しくも、カスヤの森現代美術館で拝聴したケージ‣ブロ。
当方の知る限りでは、
プリペアドと、トイ・ピアノ使用の発案者はケージ。
それにしてもアキさんがトイ・ピアノとは!!!
フェルドマンの『バニータ・マーカスのために』では、
ラモーのピアノから数十㎝の超ニア・フィールドで、
また、前回の現音協会主催のイベントでは
あたかも氷の彫刻のような湯浅譲二作曲の
『内触覚的宇宙Ⅱ』を拝聴しているので
それらのとのコントラストで余計にびっくりした。
アキさんの表現に関する探求心に
終わりはないのだと、今さらながら感心した。

以下、再び檜垣氏の言葉を引用させていただきます。

題名の「家具のピアノ」は、
サティの「家具の音楽」という
室内楽作品から着想をえました。
この作品はあまり演奏されませんが、
現在の環境音楽や現代音楽の先取りとして、
音楽史上で重要なポジションが与えられています。
音楽批評家の秋山那晴が「リビングル・ルームの壁紙や家具のように、
自己主張しない音楽」と評したように、
当時としては珍しいバック・グラウンド・ミュージック
(BGM)を想定した作品」
(中略)
ところでピアノは、一億総中流時代といわれた、
かつての日本の成長の象徴といえるものでした。
経済の急激な成長に合わせて普及していき、
多くの人がピアノ演奏を楽しみました。
しかしそのピアノも、今では誰も弾かなくなり、
家具のように部屋に鎮座し、
粗大ゴミとまではいかないけれど、
扱いに困っている、そんな家庭もあることでしょう。
音楽を餐でる楽器という本来の役割から解放され、
ラジカセや本、小物が置かれている
ただの大きな台になっているピアノ.
(中略)
このように家具や装飾品に
なってしまった悲しいピアノは、
経済の停滞、文化と教養の軽視など
今日の日本の状況と重なってしまいます。
そこで私は、木裏の役割を終え、
家具になってしまっている
ピアノたちへの追悼と
皮肉をこめて作曲することにしもました。
(引用ここまで)

「家具のピアノ』は
1. 無教養な異国趣味
2. 千鳥足、怒りの日
3. ねじれるコラール
4. もっとも有名な3拍子にのせて
の4曲からなる。

1.でトイ・ピアノが披露され、
4,の「もっとも有名な3拍子にのせて」とは、
ジムノベディでの左手の動きを思わせる伴奏を
ラジカセから流し、
アキさんは手袋をして、
ここではフルコンのほうの鍵盤を
グリッザンドしまくるというもの。
ここでもグリッサンドには、偶発性が感じられるため
ケージの影が見えるような気がした。

当方の知る限り、作曲に偶発性という
要素を取り入れたのもケージ。

もっとも「家具のピアノ」というタイトルも
アキさんの『サティ・ピアノ音楽全集』に収録されている
ケージによる『家具の音楽エトセトラ』をも
意識してのものだろうから
いわば秋山氏、サティに、
さらにケージというスパイスを加え
アキさんに献呈した作品のように当方には感じられた。


トマシュ・シコルスキ: ヒムノス(1979)

前述のとおりシコルフスキは、
ヨーロッパにおけるミニマリズムの創始者とされているよう。
当方、偶然にも同じくミニマムとされるライヒと、ペルトを
さきの加藤訓子さんで拝聴しているけど、
表現された作品はそれぞれまったく違う。

ライヒ → 音数は多い、変化がミニマム。
ペルト → 音数がすくないがために、ミニマムな曲調。
シコルスキ → 変化がミニマムなフレーズが
何小節かごとに繰り返されるが、
あるフレーズと、次のフレーズヘの変化が
暴力的というか激変する感じ。

シコルフスキはアルコール中毒で死亡したよう。
何の脈略もなく次々に現れる
幻覚や幻聴の影響なのかもしれない。
それにしてもアキさんの引き出しはいったいいくつあるのやら。

坂本龍一 : AK12.2(”ハイパー・ビートルズ”より (1992/2016) [改訂初演]
この『AKI 2.2』で、いったん後半プログラム終了。

アンコールに
武満徹:ゴールデン・スランパー (1992)
サティ: ジュ・トゥ・ヴー (1900)

『AK12、2』は、ご自身へのご褒美でしょうか。
『ゴールデン・スランパー 』は
亡夫秋山氏の没後20年と共に、
没後20年の武満氏へのオマージュ。

プログラム前半に置かれた
『天国の英雄的な門への前奏曲』は、
サティ人生唯一の恋愛であった
シュザンヌ・ヴァラドンとの短い季節が終わった
1894年頃作曲された。
『ジュ・トゥ・ヴー』は「お前がほしい」と訳され
「お前」とはヴァラドンのこととされる。

『天国の英雄的な門への前奏曲』、
『メドゥーサの罠』、
『ジュ・トゥ・ヴー』の3作品で
演奏時間はざっくり15分強。
15分程度のごく短時間で
多彩なサティの一面を余すことなく伝えるのが、
やはりアキさんならでは。
( 檜垣氏のアシストもありますが)

2時間があっという間のバラエティーに富み、
充実したリサイタルでした。

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激マニアックです。



どうでもいい前フリ

現音ものより、ちょっとは聴き手が多いであろう
プログレッシブ・ロックなので
激が2つ減ってます。

ところで、思い出せない&物忘れがひどい当方なので
予定表の5月22日に、「プログレ」と書いておいて
本当に良かった。
でなければ、22日は競馬と、江戸川競艇のW開催日かつ、
翌日はアキさんのリサイタルでは
プログレ・フェスを思い出すことはできなかったと思う。



本編に関わる前フリ

大失敗。

オープニング・アクトも+15分くらいから開始だろうとみて、
コンサート会場に近くなった15:50頃
“One of These Day”が聞こえてきた。
「しまったあぁぁ~ッ  ̄○ ̄」
フロイドのトリビュート・バンドで
“One of These Day”を見逃すとは…。

ワーグナーで言えば
『ニュルンベルグのマイスタージンガー』の
前奏曲を聞き逃すようなもの。

「う~んっ」
ちょっと悩んで、
コンサート会場に、ほど近いとこで聴くことにした。
野音なので、ステージは見えないものの
音は聞こえる。
今月は支出が多いので、
マネー・セーブということで。


本編




前フリのとおり、オープニングは
ピンク・フロイドのトリビュート・バンドという原始神母。
“One of These Days”でスタートして
次いで、フロイド初期の
”Set The Controls for The Heart of The Sun"
当方のようなオールド・ファンには嬉しい一曲。


“The Dark Side of The Moon”から
“Time”~“The Great Gig in The Sky”等を披露。

クロージングはバンド名にもなっている
原子心母”Atom Heart Mother”

おバカで涙腺の弱い当方。
目頭が熱くなりました。

コンサート会場周辺はまだ明るく、
また、周囲には当方のように
会場の外で聴いている人もいるため、
理性が涙を抑えたか。

個人的には、フロイドは、
たしかおせっかい=”Meddle”
原子心母=”Atom Heart Mother”を経て
“The Dark Side of The Moon”をリアル・タイムで聴いている。

“The Dark Side of The Moon”は、
当時のオーディオ・ショップのデモの定番音源になっていた。
ちなみに、その頃の秋葉原にサブ・カルはなく、100%電気街。
フロイド次作の”Wish You were Here”は
JBLのスタジオ・モニター4343で聴いた。
その寒色系の音を、今でもはっきり覚えている。



原始神母の原子心母­=”Atom Heart Mother”

https://www.youtube.com/watch?v=wyr6-dEEsoA

上記添付のYOU TUBEより
プログレ・フェスでの原始神母は
スティーヴ・ハケットとキャメルを迎えるためでしょうか
キーボードはよりメタリックで、
それは、同年代のバンドなら、
イル・バレット・ディ・ブロンゾ(伊)の
金属質のメロトロンのよう。
(マネとかいう意味ではなく)

また、ヴォカリーズ系のアレンジは、
よりパワー・アップしていて、
『カルミナ・ブラーナ』も彷彿させで、
本当に良かったっ‼‼‼。

約30分のセット替え時間を挟んで
スティーヴ・ハケット(敬称略。以下同じ)のステージ。
当方、同氏のソロを1枚持っているのみだけど
その中からの”Shadow of The Hierophant”披露してくれた。
サリー・オールドフィールドもいたら
多分当方の涙腺壊れたかも。

さらに時間軸を遡り、
ジェネシス時代の”The Lamb Lies Down On Broadway”も。

たしか、この前後にフィル・コリンズは
ブランドXという
超絶テクニカルなバンドも結成したんだっけ。

ちなみに”Easy Lover”を歌ったのはずっと後。
いや、懐かしかった。


https://www.youtube.com/watch?v=5pteh5hdZlg

”Atom Heart Mother”の牛と同じく
ヒプノシスの手になるジャケット。

フェスティバルのフライヤーが
ロジャー・ディーン風なのも
この当時のブリテッシュ・ロックのメインストリーム。


同じく30分程度のセット替えを挟んで、キャメルのステージ。

「”Never Let Go ”やってくれないかな」と
思っていたところ、シンセのイントロの後
弾き出されたアルペジオがまさに”Never Let Go ”。

理性という堤防決壊、涙出た。
不意に、懐かしい人に出会い、
感涙してしまうことと同様なのが
当方にとっての懐かしい一曲なのだろう。


https://www.youtube.com/watch?v=DBrkbJhC4hk

アンディ・ラティマーは骨髄線維症という
重病に侵され、一時は再起不能と言われたそう。

そんな病を克服しての16年振りの来日だそうだ。

個人的に、キャメルのアルバム中で
最も好きな”Rain Dances”から”Skylines”も披露され
たっぷり1時間強のステージ。

プログレ・フェス3回目までは、
各バンドのステージは1時間を少し切っていたような
記憶があるので、聴きごたえがあって良かった。

また、ピーター・バーデンスがいない分
バンド・サウンドをけん引しているのもラティマー。
奇をてらったとこがまるでない
本当に正統的なブリテッシュ・サウンド。

そうしてステージ・セットが一通り終了しても、
鳴りやまない拍手。
オーディエンスもキャメルを”Never Let Go ”
(行かせはしない)で,アンコールに。

そうしてステージにカムバック(見えませんが)、
メンバー紹介の後、弾き出されたのは
何と”Lady Fantasy”

多くの場合、アンコール・ピースは数分程度のところ
”Lady Fantasy”は12分に及ぶ曲。

最後も本当に個人的で、
思い入れ全開になりますが
”Lady Fantasy”は、遥かな昔、当方が高校生だった頃、
ベース・パートをフル・コピーした一曲。


https://www.youtube.com/watch?v=HSFa0lbRJdM
(非オフィシャルのようですが、引用させていただきます)

当時のキャメルのヴォーカルは
ベースのダグ・ファーガソンで、
口の悪いプログレ雀たちに(当方含む…)
「宇宙人」と言われていたヴォーカル。

今回もちょっとダグしていたかな?


こうして3ステージ、堪能させていただきました。
音だけでも本当に良かったです。

今回4年ぶりの開催だったそうですが、
毎年でなくても良いので、また開催してほしいものです。

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再度、激激激マニアックです。

これまた、どうでもいい前フリから。

エマールさんの『鳥のカタログ』拝聴のため
約3時間睡眠を減らして臨んだ
15時間の夜勤。
通例の朝方の必須業務の一つが
本日は発生せず、かなり負担軽減された。

やがて日勤者に引き継ぎを終え
慎重に自分の体調をみる。
どうやらいけそうだ。

「来てね」
頭の中で訓子さんの声がした
(イリュージョン③)


ダッシュでフィットネスに行き
サウナ、シャワーを済ませる。
夜勤の上がりのとき、体感上だけど
体温が下がってるみたいで、
採暖すると体が目覚め、
それからシャワーを浴びると
寝てない=だるい気持ちもリセットされるみたい。

次いで24時間営業のディスカウント・ショップに行き、
サングラスを調達。

前回の訓子さんのクセナキス:ルボンで
ビデオ・シューティングしているとは
夢にも思わなかった。
当方後姿でだけど、映ってしまった^~^;

お世辞にもフォトジェニックではない当方なので、
サングラスで防御策というわけ。


本編に関わる前フリ

13時スタートのイベント会場である
相模湖交流センターに11:30に到着できた。

さっそくイベント・スペースをのぞいてみると


いきなり訓子さんに遭遇。
あいさつしてくださった。
(リアル:本当①)

ごあいさつをお返しして
腹ごしらえ。


当方が食べ終わった頃
食堂に入ってきたイベント出演者の方々も
一様に驚くコス・パ¥500。
中央線の中で、何とか30分寝れたものの
早い到着最優先で、
飲まず食わずですっ飛んで来た当方だったので
よけいに美味かった。

もう一度イベント・スペースをのぞいてみたら、
再び訓子さんに遭遇。

「いつも聴きにきていただいて、ありがとうございます」
(リアル:本当②)
「いえ、とんでもないです」
(社交辞令だな、と思いつつ、かなりうれしい。
ちなみに当方、本日で2回目なので)

「3日間来ますか?」
(イベントは5月6日から8日までの3日間だった)

「いえ、明日は仕事なので」

本当は明後日から仕事だけど
5日間の強化合宿状態のシフトに加え
6日目にお受験なので、
体力温存&試験対策で断念せざるを得ない。
非常に残念っ ‼‼



本編

5月6日(祝)
13:00より出演者によるガラ・パフォーマスンス。

音楽を志す若者を応援するプロジェクトとして
アーティスト・インキュベーションと銘打っている。
その出演者によるガラ・パフォーマンス。

インキュベーションとは
保育器(インキュベーター)から派生させた
訓子さんの造語。
優れた素質も、然るべき保護を加えて
育てなけらばならないとする
訓子さん主催のプロジェクト。

開演前の会場



マリンバは左からSAITO、ヤマハ、アダムス。
アダムスが訓子さんの愛機。



オープニングはサウンド・インスタレーションで
野川菜つみさんと岡端恵さんという
二人の打楽器奏者による、
陶器の破片のような物を叩いて、静かに開始。

強いて例えるのなら、
鍾乳洞の中で静かにしたたる
澄み切った水の音。

いっきに非目常へ誘う、
素敵な演奏&演出でした。


アーティスト・インキュベーションは
前述の野川さんと、岡さんの他に
11人の出演で、
個人的には、最後のお二方が強く印象に残りました。

そのうち大トリの前の出演者は
まだ演奏活動はなさっていないようなので
S.O.さんとイニシャル表記にします。

S.O.さんは、大学を卒業すると.
大学にあった多彩な打楽器が使えず
自分の手持ちの、
少ない打楽器でやりくりしなければならないので
それを勘案し作曲してもらった作品とのことで
S.P.シンメルード氏作
『トランジエンツ、フォーマッツ&ジェスチャーズ』の演奏。

開演前に、
「あっ、これも打楽器として使うのだろう」と
撮影させていただいた食器類


食器類の他に、打楽器のセット・アップは
スネア・ドラムとタムタムが2つ。

食器類はマレットで叩いたり、
バイオリンの弓でこすって音を出したりした後、
硬質なヘッドのマレットで食器類を強打する。
そうするとガラスの食器類は割れてしまうわけで、
破片となって飛び散る。

さらに、そうして小さくなった破片をも叩くという
視覚的にも面白く、魅せるパフォーマンス。

また、小さくなった破片は
弦楽器でいうと、コントラバス→
チェロ→ヴィオラ→ヴァイオリンと、
小さくなるほど高い音がでる要領で
当初の食器よりも、非常に高い音が出るのも
意外性に富んでいて面白かった。

さらに、こうしたパフォーマンスが
単なるギミックに終わらず
S.O.さんが目指したコンセプトのとおり
少ないセット・アップで最大の効果を演出していた。


トリは鈴木彩さんのマリンバで
演奏したのは末吉保雄氏の『ミラージュ』。

ごく個人的な感じ方なのだけど
訓子さんのマリンバは
リズム面と音列表現が高い次元で両立されているのだけど
どちらかと言えば
リズム面がちょっと勝っているように感じる。

一方、鈴木さんのマリンバは音列表現が勝っている感じ。
12人の大トリを務めただけに
その表現力のポテンシャルは高そうでした。

こうしてガラ・パフォーマスンスは16時に終了。

フレンドリーで話好きの訓子さん。
ガラ・パフォーマンスは
オープニングのサウンド・インスタレーションが
野川さんと岡さんが一緒のパフォーマンスで
他の出演者が11人なので
ざつくり15分×12で180分=3時間。
出演者によっては、その15分のうち
半分くらいの時間は訓子さんのトークだったような。



訓子さんのライヒは17時開演
それまで、あいにくの雨だったが、
相模湖散策。





17:00より Kuniko Plays Reich

プログラムは、

J.S.バッハ:コラール『マタイの受難曲』より
ライヒ:エレクトリック・カウンターポイント
J.S.バッハ:平均律グラヴィア曲集 第一巻 前奏曲
第1番 ハ長調 BNW846
ライヒ:シックスマリンバズ・カウンターポイント
J.S.バッハ:チェロ組曲 第1番 プレリュード ト長調 BWN1007 
アルヴォ・ペルト:アリーナのたダ)に
ライヒ:ヴァーモント・カウンターポイント
ハイウェル・デイビス:パール・グラウンド
ライヒ:ニューヨーク・カウンターポイント

ここでも話好きの訓子さん。
ご自身のコンサートでは
MCというより、レクチャーだった。

趣味趣味&恣意全開の
当方の私見を言わせていただくと、
「ライヒと、○ルックナーの交響曲は、金太郎飴みたい」
( あくまで 「みたい」 です、
どこを切っても皆同じ、とまでは断言しませんっ…)

なので、訓子さんのライヒのCDも、
ほとんど買う気はなかったのだけど、
コンサート直前になって、
訓子さんの解説読みたさにCDを買ったので、
レクチャーがよく分かって良かった。

また、CDに収録された演奏は、後述のとおり
素晴らしくリズミックで、
かつ変化に富み、
微塵も「金太郎飴」ではありませんでした。


訓子さんはどうしても
『エレクトリック・カウンターポイント』を演奏したくて
10年ぶりにライヒさんに (以下 敬称略) オファーしたそう。
しかし、ライヒは、スティール・パン ( 音程が不安定) ~
ビブラフォン~マリンバで構成するという編成に
“Problematic"と言ったそうだ。
(訓子さんは、たしか、こうおつしゃつた。
問題あり、のニュアンスかと)
そして、「あなたの頭の中にある音をデモにしてを送りなさい」
ということになった。

また、「自分が許可しないと、パブリックでは演奏できないよ」と、
自分の作品のアレンジに
非常に厳しかったライヒが
デモを聴いたとたんに、「CDは作らないのか」とまで
気にいってくれたよう。

ステージをドラム缶だらけにした
『スチール・ドラム・ワークス』を経たからこそ
ほぼ正確な音程をスチールパンから叩き出せる
自信があったのだろう。
そうして生み出された『エレクトリック・カウンターポイント』。

画像は『スチール・ドラム・ワークス』の中ジャケと、
現在の、いわばぎゅっと凝縮されたスチールパンを含み
スリムになったセット・アップ。




(画像は一部加工してあります)


『エレクトリック・カウンターポイント』は
前述の楽器編成、スティール・パン ~
ビブラフォン~マリンバで奏され
順にfast~slow~fastの3楽章からなる。

コンパクトなシンフォニーのような趣があり
個人的にはビブラフォンで奏されるslowが特に好き。
赤ちゃんの頭上でゆっくり回るベッドメリー
優しく流れるオルゴール、そんな感じがする。


ところで、手持ちの音源に、
ライヒ&フレンズの演奏があり、
まさに作曲家の意に沿った演奏なのだろうけど
ミニマムに変化していくという
コンセプトの面白さは分かっても
演奏自体はちっとも面白くない。

どうして面白くないかが、長いこと分からなかったが
訓子さんのCDを繰り返し聴いてるうち
ようやく、自分なりに分かった。

訓子さんは明確にアクセントを付けていて
自然に体が動いてしまうくらいリズミック。
なので、肩を揺らしながら
非フォトジェニックな当方がビデオに映ってしまうと
本当におバカなので
相模湖に向かう前にどうしてもサングラス要だったわけ。
あっ、これはどうでもいい話。

で、ライヒ&フレンズは、というと
意図的にリズムにアクセントをつけず
ひたすら淡々とリズムを刻んでいる。
ためしに、まったくアクセントを付けずに
両手で⒗ビートを刻もうとしても
当方にはまったくできん。
平坦で、つまらなく聴こえてしまっても
実は特殊なリズム感に裏打ちされているのだ
と、ここでもようやく分かった。
そうして表現されたものを好むか、
好まざるかは、聴き手の自由なわけで、
自分の好まないほうを
否定してはいけない、と反省。

訓子さんのライヒ、最高です。


全体にコンサートの流れは、
穏やかなテンポの、
ゆったりとしたバッハ等の作品を配することで、
ライヒの作品とで、緩急のコントラストが明白になり
互いに引き立て合う。

訓子さんの、
バッハの演奏に関しての発言をまとめると、
「バッハの時代にはマリンバはなかったが、
打楽器の響きと、バッハの作品との
マッチングを図るのが楽しいし、挑戦です」
というような趣旨だったと思う。

こんなことがあった。
とあるピアニストの演奏会で
バッハの、プゾーニ編曲のシャコンヌを拝聴した。
低域に拡張されたベーゼンドルファーのために
編曲されているところ、スタインウェイの使用で、
上から目線で申し訳ないですが
音離れが悪くて、何を弾いているのか分からなかった。

バッハの時代はチェンバロで、
その後フォルテピアノを経て、現代のピアノになった。
また、バッハの時代は音楽は貴族のもので
演奏会はサロン・コンサート規模なので
楽器はそれ程大きな音が出る必要はなく、
チェンバロもそうした背景を踏まえている。

大きな音が出ない、
また、特に現代のピアノのようには響かないわけで
そのためバッハはチェンバロ曲では
装飾音符をたくさん入れたと思われる。
逆に現代のフルコンで、バッハのチェンバロ曲を演ると
響き過ぎるために、コントロールが非常に難しいのだと思う。

一方、(児玉)桃さんのイタリア風協奏曲は凄かった。
スタィンウェイのフルコンで、
しかも響きの豊かなオペラシティのタケミツメモリアルで
一音一音くっきり、テンポも正確無比で
当方「すっげえぇぇぇ~っ」。

話を訓子さんに戻します。
バッハの作品をピリオド楽器でない楽器、
特に打楽器で奏するのは難しいけど、楽しい、
真摯にバッハと対峙しておられるんだな、
と、理解させていただいた。


ペルトの『アリーナのために』

SAITOの4.3オクターブのビブラフォン
(通常のビブラフォンは3オクターブだそう)
をライブでは初のお披露目とのこと。

ペルトとの作品は、宗教的な作品も多いので
この『アリーナのために』にも
そうした色合いが感じられるのだけど、
天空まで届くかのような倍音を持つ
(多分100kHz以上出てる)
スペシャリテのビブラフォンの
澄み切った音色で奏されると
あたかも、名もなき托鉢僧が自己の最期に
自ら打ち鳴らすレクイエムかのよう。

デイビス『パール・グラウンド』

(マリンバで)ピアニッシモで打鍵されるため
アタック音がほとんど聞こえない。
そのため、マリンバの共鳴管を経た残響のみが
ホールトーンでさらに響き、
残響のみが空間を満たしていく。

相模湖交流サンターは左手にダム、
右手に相模湖を臨むロケーションにある。
そうした豊かな自然の中
音の響きのみが空間を満たし、
また、ホールの照明は落とされ
ステージ上のスポット・ライトが照らす
訓子さんの影がまぼろしのように投影される。

打楽器なのに、打=アタック音を伴わない残響のみの世界。
音の立ち上がりが生命線のライヒ、
戦場の砲火を思わせるクセナキスの作品
(実際にクセナキスは、レジスタンス活動で顔半分損傷した)
とは対極の世界。

訓子さんはもう、次を見据えている。

作曲者のデイビスと、出雲大社で
とあるプロジェクトの予定があるそうだ。
う~んっ、東京から約8時間か。
ビデオ撮りお願いしますm(_ _ )m。

ライヒの『ニューヨーク・カウンターポイント』で
いったんプログラムは終了したが、
ほどなく、訓子さん再登場。

ハヴィエル・アルヴァレスの『テマスカル』という作品で
シンセサイザーの、主に衝撃音に合わせ
マラカスを振るという作品で、
訓子さんはステージを離れ
マラカスを振りながら客席間を歩き回るというサプライズ。

ありがとうございました
徹夜明けに寝ないで相模湖まで来て
本当に良かったです。



19:10 オープニング・レセプション

「ワインが飲めて、訓子さんと話せる。」
の期待どおりだった。



以下、リアル:本当③

「シックス・マリンバズ・カウンターポイントでは
⒗ビートが感じられるのですが、おかしいですか?
「間違いではないですが、ポリリズムです」

当方の⒗ビートとの思い込み。
自分の頭の中で処理できる事項に
事実を歪めてしまう現象。
この現象は面白いので、また別の機会に書ければ、と思います。

「バッハの作品でも⒗ビートが感じられるときがありますが
おかしいですか?」
「間違いではないです」
心優しき訓子さん、フォローしてくださった。
漠然とし過ぎていて分からなかっただろう。
すみません。

特に今日のプログラムでのバッハでは
ゆったりとしたテンポの作品が選曲されていたので、
お聞きするのなら
「バッハの、チェンバロ曲でカデンツァになる楽章などで
⒗ビートが感じられるときがありますが、
当方のリズム感はおかしいですか?」
じゃないと分からないだろう、おバカ。

「普段どんな練習をなさっているのですが?
やっぱりメトロニームに合わせて?」
「私、メトロノーム使いません、グルーヴ感です」
「(クセナキスの)ル・ボンのときも仰ってましたね」

さぞ地道な基礎トレーニングをなさってのテンポ・キープだと
思ったのだけど、そうじゃないんだね。
訓子さんの、ご自身の中でのテンポは絶対に狂わないんだね。
メトロニーム練習不要なのも、やっぱり天性のリズム感をお持ち。
じゃなかったら、マリンバ六重録音なんてできないよ。
以上は、当方の心の中で。

「今日はビデオ・シューティングしてたのですか?」
「いつもの子が来られなくて、今日は撮っていません」
当方、ほっと一安心。

フレンドリーな訓子さん。
結構長い間話してくださった。
もう一度お会いできたら、覚えてもらえるだろう。

いや、
「相模湖まで来てくれるけど、ポリリズムが取れない、
ちょっと軸がブレたおじさん」って
覚えてもらえたかも…。

訓子さんのライヒのCDの解説の最後に
「世界中のたくさんの人々がこのCDを聴いてくれることを
心から願っている」とある。

同感。

6月3日と4日に
ライブ・パフォーマンスもあるので
一助にでもなればと、PRさせていただく。






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激激激マニアックです。

どうでもいい前フリ。
当方シフト勤務のため、大型連休もな~んの関係もなし。
むしろカレンダー通り休める
他のスタッフの穴埋めで、逆に出番が増える。
そうして出番が増えた結果
5日間の合宿状態が1セットとなる。
そうして今回は、合宿が2セット続いた直後に
さらに業務命令の資格取得のための
お受験もからんだため
相場も、競馬や競艇のデータ取りもすべて休止、
ブログも完全休止になった。



本文に関わる前フリ(1)

メシアンの『鳥のカタログ』。
近・現代ピアノ曲を好む当方でも
CD3枚組のボリュームでは
長いこと手が出なかった。
ところが、児玉桃さんのリサイタル(25年12月)
拝聴後のある日のこと。

セカンドハンズのショップで
桃さんのCD『鳥のカタログ』を見つけた
当然、新譜より安いのだけど
「CD3枚組、ざつくり3時間強ッ…」
やっぱり手が出なかった。

何日か後に、
再び同じショップに行く機会があった。
桃さんの『鳥のカタログ』はセールで、
たしか20%オフになっていたような記憶がある。

メシアンといえば
ブーレーズやクセナキスにも
レクチャーしたとされ
前者がやがてトータル・セリエリズムを
後者はやがて作曲に数学的手法を取り入れる
動機にもなったとされる。

一方、桃さんは『ヴァイオリンとピアノのための幻想曲』の
ワールドプレミアを託されるなど
ロリオ夫人の信頼も厚い。

頭の中で、桃さんの声がした
『聴いて』(イリュージョン①)

で、CD3枚組を買いました。
しばらく聞きこんだところ
『ヨーロッパヨシキリ』が
当方のお気に入りになった。

本文に関わる前フリ(2)

加藤訓子さんのCDを買いにいった
渋谷のショップで、クラシック関係の
コンサート情報誌『ぶらあぼ』を手にした。

ページをめくって即、
「ロラン・エマールさんの
『鳥のカタログ』全曲演奏会っ!!!???」
ラ・フォル・ジュルネの目玉企画のよう。
すっ飛んで帰りました。

『鳥のカタログ』を
3回の演奏会で全曲披露というもので
すでに2回公演分はソールド・アウト。
ただこの2公演は当方の勤務目とダブるので
どちらにしても行けない。
でも、残りの1公演は残席があり、
かつ『ヨーロッパヨシキリ』が含まれるので
ネットで押さえようとした。

がっ…
カードの暗証がはねられてしまい予約不能、
おバカにも自分の暗証が分からなくなった。
「やっぱり行くな、ということか…」
と、断念した。

『ヨーロッパヨシキリ』を含む公演目は
当方、夜勤なので、
少なくとも3時間は睡眠時間を削って
エマールさん拝聴後、
原則仮眠のない15時間の夜勤を終えた朝、
そのまま相模湖まで加藤訓子さんの
イベントに行くことになる。
最近、加齢のため、
ほんの2・3カ月経つごとに
はっきりと体力の衰えを感じる。
悲しいかな、気力に体がついてこないときがある。


本文に関わる前フリ(3)

ネット予約を断念した翌日、
通常より2時間くらい早く起きてしまった。
直近のエマールさんの来日を思い出すに
バッハ・プロ →「エマールさんはバッハじゃないでしょ」
と、そのときは愚かにもそう、思った。
カーター・プロ →「カーターは好きじゃない」
もしくは当方まるで理解できん、で、行かなかった。

我ながら半端ない えり好みだ。
それが今回、好きな『ヨーロッパヨシキリ』だぞ。
ネットで取れないのなら
フォル・ジュルネの特設チケット売り場に行くことにした。
当方がネット購入を断念してからも
誰もがネットで買えるわけだから
もうチケットはないだろう。
チケット売り場でソール・ドアウトなら、完全にあきらめがつく。

がっ、売り場に到着、
尋ねてみたところ、
あるっ、
それも前日にネットで取ろうとした席が。

『聴きにきなさい』(イリュージョン②)
頭の中でエマールさんの声がし、
チケットを買ってしまった。

エマールさん~夜勤~訓子さんで
多分36時間以上寝ないで活動することになる。

その間断続的に3時間程度の仮眠がとれるか?
果たして、気力に体がついてくるのか?
かなり不安^~^;
しかも、その5日後はお受験だぞ…。


本編:ラ・フォル・ジュルネ

ラ・フォル・ジュルネには、桃さんの出演もあった。
エマールさんが『鳥のカタログ』全曲なら
桃さんは『ニワムシクイ』?と、
勝手に連想してプログラムを見ると
姉上と連弾でエトヴェシュの『コスモス』と
ストラヴィンスキーの『春の祭典』。
うはッ、マニアック。
桃さんはフランスものが得意、
姉上はベートーヴェンがレパートリーのようだけど
ハンガリーとロシアもの。


https://www.youtube.com/watch?v=RcsKVcLxXAI

これは聴いてみたかった。
「たら、れば」で、これが聴けたなら
5月から6月にかけて
エマールさん~桃さん~訓子さん~
アキさん~リゲティ(ヘル氏)と
趣味趣味当方にとって
最強のラインナップになったのに。

さて、エマールさん。
『鳥のカタログ』を3回に分けての全曲演奏で
1公演あたり約1時間という時間的制約を受ける。
なので、メシアンが配した曲順ではなく
エマールさんの選曲、曲順になるのが
また興味深いところ。

ちなみに、プログラムは
5月3日にパート1として、
キバシガラス《第1巻》から 
ヨーロッパウグイス《第5巻》から 
コシジロイソヒヨドリ《第6巻》から) 
クロサバクヒタキ《第7巻》から

5月4日にパート2として
カオグロヒタキ《第2巻》から 
キガラシコウライウグイス《第1巻から 
ノスリ《第7巻》から
イソヒヨドリ《第1巻》から 
ダイシャクシギ 《第7巻》から

5月5日にパート3として
モリフクロウ《第3巻》から
モリヒバリ《第3巻》から
ヨーロッパヨシキリ《第4巻》から

となっていた。


当方がもっと早く気付いていれば
行けない日のプログラムも含めて
エマールさんの演奏順に並べて聴いてみると
また違った発見があっただろう。
当方が拝聴する最終日のプログラムの楽曲を
演奏順にメモリー・プレーヤーに入れて
聴いてみただけでも
個人的には印象が薄かった『モリヒバリ』が
ごく静かな曲調のため
あたかもソナタ形式の緩叙楽章のように聴こえで、
好きになったりしたので。

さて、演奏会当日、入場すると、
いきなり曲順変更を告げる掲示があり
『モリフクロウ』~『モリヒバリ』~
『ヨーロッパヨシキリ』の順になっていた。
そうして着席して、開演すると
同時通訳付きのエマールさんの解説がスタート。
『鳥のカタログ』の楽曲それぞれに
プレリュードを依頼したとのコメント。

そのプレリュードは
実際の鳥の鳴き声を収録したもののようで、
メシアンは実際に鳥の鳴き声を採譜したとされているのを
レクチャーしてくださった感じ。

そうした静かな烏の鳴き声から
楽曲を開始するのだから、
ちょっとデモーニッシュな感じがする
『モリフクロウ』での開始より、
ごく静かな『モリヒバリ』で幕を開けたほうが
多くの人がメシアンの世界に
入りやすいと判断なさっての曲順変更かも、と、
当方には感じられた。

個人的にもエマールさんの音源は
同じメシアンなら『幼子イエスに注ぐ20の眼差し』、
リゲティのエチュード等を持っている。
近・現代曲を好む当方には
やはり欠かせない弾き手のお一人。

ところで、
「現代曲で間違って弾かれても分からない」
という一説を読んだことがある。
その意味するところは
弾き手が適当にやっているというものではなく
そうした間違いに気付く聴き手であれ、
みたいなものだった。

たしかに一理ある、と
絶対音感のない当方は
テンポを取るようにしているときがある。
(いつも、ではありません)

世界的な弾き手のエマールさんに
おこがましいなんてもんじゃないのだけど
学生時代~おやじバンドのリズム担当だった
(もはや完全な過去形だけど)ので、
走ってしまっているか、もたついているか
(テンポが速すぎるか、遅すぎるか)
は分かる(あくまで本人のテンポ感)。

で、ときに超大な曲は
演奏時間を計らせていただく、と
ちょっと姑のようなことも。
(同じく、いつもじゃありません)

『ヨーロッパヨシキリ』は
前述のとおりロリオ夫人の信頼も厚い
桃さんのCDで30:41。

1973年のメシアン国際コンクールの覇者でもある
エマールさんの生演奏時間も30分だった。
(秒までは計測していないけど)

譜面にこと細かに速度記号を入れられている
作品なので、お二人とも正確なテンポで奏でるから
ほぼ同じ演奏時間になるのだろう。

中川賢一さんのアナリーゼがあるので
アドレスを貼らせていただきます。
http://blog.goo.ne.jp/nakagawakenichi/c/428fdbc1abd46a449a322d5cc40ecbac
(コピ・べしてください)

重心がぐっと下がったような安定感のある
エマールさんの演奏で
趣味趣味な当方の好きな作品。
拝聴できて本当に良かった。


終わって、ホールの外に出てみると
1時間というリサイタルの時間は
すっと現実に戻れ、
これから仕事に向かわなければならない当方には、
むしろちょうど良い長さだったよう。

休憩をはさんでの、2時間のリサイタルだったら
完全に現実から離脱してしまうので
仕事になぞ行く気がなくなると思う。

ただ、それでもホールを出ると
フォル・ジュルネの会場である国際フォーラムの中庭は
オープンカフェになっていて、天気も良く、
日だまりの中、大型連休を楽しむ多くの人々がいたので
足早に通り過ぎた当方でありました。


おしまいにエマールさんのリゲティを添えます。

https://www.youtube.com/watch?v=oXsRlMneOS0

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