私は自然の中に、自然は私の中に -14ページ目

私は自然の中に、自然は私の中に

あるがままに♡
自然体の幸せ地球人(にまでなれた!)NOZOMIのブログへようこそ!
好きなことを気兼ねなく情報発信しています。

神奈川県の池川クリニック(産婦人科)の池川明先生は体内記憶で有名な先生です。ユーチューブをみると、体内記憶を話す子供達が見れてとても興味深いです。


私は体内記憶はないですが、、、、、、早く光の故郷に帰りたいというか、戻りたいという思いが常に頭の片隅にある感じです。


幼い頃から、何で私、生まれてきたんだろーって結構いつも思っていて、生まれてきた事を後悔していましたショック!


とにかく良く寝る子だったみたいで、20代までは寝るのが至福の喜びであり最大の楽しみでもありました。


精神世界の中で超有名なシルバーバーチ関連の名著が数々ありますが、それには寝ている時は死んだあとに行く世界に行って色々と準備をしたりしているという記述があります。


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^


(シルバーバーチについて、アマゾンから転載)


ヴァーノン・ムーア氏による“序”より抜粋

人間はいったい何のために生きているのだろうか? はたして地上人生には生きる意義があるのだろうか?
――これは誰しも抱く疑問ですが、この本はそうした疑問についての答えを模索しながら歩んでいる方々のために、
フランク・ニューマン氏がやさしく語ってくれたものです。言うなればスピリチュアルな巡礼の旅の道標です。

ニューマン氏は、れっきとした物理学者です。モーリス・バーバネルが霊媒をつとめる交霊会に出現した
“シルバーバーチ”と名のる聡明な指導霊からのメッセージとの出会いによって、それまで抱いていたさまざまな問題
――人生の疑問だけでなく専門の物理学の原理まで――を理解する上でのヒントを得たといいます。

かく言う私は、実は、そのシルバーバーチの交霊会に四十年から五十年ばかり出席したレギュラー・メンバーの一人でした。
「四十年から五十年」という言い方は変ですが、シルバーバーチの霊言と出会った頃の私は英国国教会の牧師で、
交霊会に出席した時はまだその説くところが容易には信じられず、何度も議論し、疑問点を質し、悩み苦しみ、
出席したりしなかったりしたあげくに、ついに得心して牧師職を辞しました。その迷いの期間が十年ばかり
あったということです。

シルバーバーチの教えをまとめると次のようになります。

(1)この地上生活は魂の幼稚園のようなもので、死後に始まる次の段階の生活に必要な体験を積む場所であること。

(2)物質の仮面をかぶっている実在の霊的世界について、少しでも多くを理解するように努めることが望ましいこと。

(3)「神」とか「大霊」と呼んでいるものは全存在の総計であると同時にそれを超越した存在であり、自然界のあるゆる
  側面に顕現していること。それは愛と叡智と真実の極致であり、それが法則となって森羅万象の営みの中で
  一瞬の休みもなく働いていること。

(4)「祈り」の霊的な意味を理解することが必要であること。すなわち、自我の内と外に存在する大霊のパワーとの
  つながりを緊密にするために、憧憬の念をもって常に祈ることを怠らないようにすること。

バーバネル氏は若い頃よくスピリチュアリズムについての演説をしたものですが、急用ができた時などに私に代役を
頼むことがありました。当時は酷いヤジが飛んだものでしたが、演壇から降りて解散した後に必ず一握りの真面目そうな
人たちが残っていて、キリスト教への疑問と不満を真剣な面持ちで私に語ったものでした。

その人たちのように、真剣に真理を求めながら在来の説に飽き足らず、あるいは大きな疑念を抱いている人が少なく
ありません。既成宗教から脱しようと思いながら、さまざまな理由で躊躇しているのです。本書はそういう人々にこそ
読んでいただきたいものです。


(転載終了)


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

これまで、早く光の故郷に帰りたいと思いながら生きてきた私にとって、寝るのが至上の喜びとなっているという事に、至極納得してしまいました。


どう納得したかというと、私が早く故郷に戻りたいっていうのは、現実的に苦労があろうがなかろうが、人生の状態とは関係のないレベルの話しだからなのです。


幼い頃から感じていた事は、今の私は仮の姿っていうか、この世が現実ではない事です。


それを子供ながらに感じていて、一時だけ滞在する所っていう意識がしっかりあったのですね。


周りで起こる事がリアルに感じられなくて。。。。未だにそうなんですが。


シルバーバーチにも書いてあるんですよね。死んだ後の世界の方がリアルに感じられる世界だと。


でも、よく考えてみてくださいよ。私達は可視領域の狭い波長域しか目に見えないのですよ。どこがリアルな現実なのでしょう!?


世界を感じる能力も五感しかないのですよ!耳だって、聞き取れない周波数の方が多いわけですよね。手で触るものも、波動の荒いもの(物質として認識しているものの一部)しか感じ取れないのですよ。


五感で感じたものを脳が解読して私達にそれを感じさせているわけで・・・・それをリアルな世界と普通は言うのですよね。常に同じ条件であるからこそ、そこに法則が生まれるわけで、人は人としての社会をこの星に作り出し、社会的ルールに則り生きていられるわけです。


全てを感知する事が出来ないお陰で、この世界で常に高周波音や低周波音に煩わされる事無く、うじゃうじゃいるウイルスや細菌に視界が遮られる事もなく、日々穏やかに暮らす事が出来ているのは有り難い事です。


ですが、私のこの超感覚が、二元性の世で生きる上では大変に困りものなのですね。一般的な感覚と私の感覚の足並みが揃ってないので、気をつけていないと、色々と会話や行動に不都合が生じてくるのです。


霊としての自分が強くあるので、なかなか生きにくい世の中です。


いま、スピチュアルティが流行っている!?様ですが、この世界に入るには覚悟が必要ですよ。


病気を患っているとか、大変な苦労の多い人生を歩まれているなど、そういった方以外の健常者の方が、耳障りの良さ!?に惹かれファッション的にスピリチュアルに嵌り出したら大変危険です。



どう危険なのかは、また別の機会に・・・・・・



それにしても、この世での人生とは、なんて短いのでしょうね。長生きしたとしても、たったの100歳前後までです。


ですから、魂が短い仮の姿で生きるこの現世で霊の本性を汚す事だけは避けたいものです。


私達は、紛れもなく魂を宿した霊であるのがその本性です。


この世から別の世へ移ってからの方が長く、本当の命は永遠に続くのです。


魂が宿すただ一つの良心という意識の思いのままに、生きていかなければなりませんねニコニコ




シンガポールではスパやエステ、マッサージ店が多く、私は最近、イオンフットデトックスに2週間に一度程度で通い始めました。



イオンデトックスをすると、体内の老廃物が+イオンとして足裏からでてきます。


+イオンとして排出された老廃物は、電解水と反応し、汚れのような目に見える形になって現れるのです。


イオンデトックスの時間ですが、血液は20分で体内を一周する事から、30分~40分位で設定されているのだそうです。


ネットでイオンフットデトックスを検索すると、眉唾もの扱いされていたりするんですね~。。。



日本においては、セラピー関係の多くが眉唾物とされている様なので、お決まりのパターンね。。。。って感じなんですけど、



全否定する方の意見では、色が変わるのは水に入れる機材の鉄のせいだとかとおっしゃっているんですね。


確かに、鉄が反応して色が変わってる部分はあると思いますよ。


その汚れの様に見える大半は恐らく電解水が鉄と反応しただけのものかもしれません。


なぜそう思うかというと、あんな汚れが約4~6リットルしかない血液内からでてきたとすると、血液は相当濁っているという事になり、それは生理学的に在り得ない事だと思うからです。


でも、人によって、脚を入れてる電解水の色が全く違いますし、浮いている浮遊物も違い、オイリーだったり、泡立ったりしますので、それはやはり、ひとそれぞれの微量にでてきた+イオンの老廃物の種類が違う為だと思うので、やはり老廃物は+イオンとして排出されているのではないかと思います。


イオンフットデドックスをすればするほど電解水の濁りも減少していきますしね。



私の場合は、これまで体のエネルギー測定をすると、重金属が必ず高い数値を示していたのですが、イオンフットデトックスでは、それを裏付けるかのように、重金属を表わす黒い斑点の様な物が結構浮きます。


電解水自体は、カタログに掲載されている体験した方々の写真程に、濁ったり泡立ったりせず、酷い汚れが浮いている方のスタート時くらいの色で終了します。


日頃から日常的には加工食品は食べず、出来る限りにおいて無添加・オーガニック食材を食べ、家の中の洗剤や石鹸なども全てノンケミカルの無添加やオーガニックを心がけています。南国なので汗もたっぷりかきますし、それほど老廃物が溜ってないのかなって思い安心しました。


でも、重金属の黒い斑点、これはやっぱりね~~~~という感じです。


侵入経路は、歯の詰め物からと、魚介類からだと思うので、魚介類はやはり控えなくてはいけないかな。


歯の詰め物の方は、今秋にはフィシオエナジェティックで測定した上で私の体にとって影響のないものに全て取り替える予定になっています。


それもあり、今年の後半は、デドックスに意識して生活していこうと思います晴れ


それから、泡立つ人の場合(→泡立つのではなく、白い斑点が見られる場合の間違いでした!(スミマセン!))は、酵母菌が体内に多い傾向があるみたいです。



ホメオパシー的にも、代替医療的にも、体内に酵母が多い傾向って事は、免疫が下がっているって事になりますけど、私は1回目が少し泡がでましたが、それ以降は全然泡立ちませんで(白い斑点も全くなかったです!)、安心しました。

ちなみに、ケミカルなものって、食材より皮膚からの方がダイレクトに体内に侵入しますので、無添加やオーガニック食材よりも、まずは家中の洗剤を見直した方がいいのですよ。


家中のものから食材まで全てを無添加で揃えるなんて、趣味かマニアとか信念があるとかでない限り一般的には無理がある事だと思うので、とりあえず、洗剤、化粧品を見直して、食用油を水素添加の精製油から低温圧縮オイルに変えて、特にフラックスオイルを意識して摂取する事から始められると良いと思いますヒマワリ









嵌っているもの、それはフラックスオイル。


オメガ3が豊富な低温圧縮オイルです。


これが、ちょっと苦くて、それがすご~く、くせになるオイルなのです。


市販のドレッシングはここ10年程は買った事がなく、

生野菜サラダは、時々自家製だったりする無添加ポン酢と、フラックスオイルをかけて出来上がり音譜




そして、これは、素麺の時もなくてはならないオイルです。


基本的に素麺は冷やし中華の様なぶっかけスタイルで食べます。


でも、錦糸卵もハムも載ってなくて、キュウリ、トマト、好みで大葉を刻んで載せます。


つゆは、時々自家製で作ったりする無添加のつゆと、フラックスオイルのみです。


フラックスオイルの美味しさを堪能するには、動物系の食材は無い方がいい感じがしています。


でも、茹で海老とか、茹でイカなんかのあっさりしたのは合うかもニコニコ



ポン酢+フラックスオイル



めんつゆ+フラックスオイル



この2バージョンでお野菜のお浸しや、冷奴や蒸し魚、シーフードなど、色々と使えます。


基本的にベジタリアンな為、オメガ3が不足気味なのか、私はこのソースが本当に大好きで、

つゆは飲み干してしまう位ですドキドキ


素麺はめんつゆに加えるとかなり味が変わるので、いつもの味に変化を付けたい方は、是非試してみてください。


フラックスオイルは、普通のスーパーには亜麻仁油という商品名で売っている場合もありますが、自然食品店なら必ずゲットできると思います音譜





心は悲しんだり、喜んだり、憂いたり、苦しんだり、、、、出来事によって様々に七変化します。


心はどこから生まれるかというと、自我から生まれます。自我はエゴともいい、欲望の塊です。


多くの人は、自我が抱いた願望や欲望が叶う為に生きているものです。


具体的に自我の願望とはどうゆうものかというと、


【それを手に入れたら】 

人に注目されるとか、、、、、

自分の株が上がるとか、、、、

偉い人に思われるとか、、、、、

尊敬される人になれるとか、、、、、、です。


また、


【それを手に入れなかったら】

ばかにされるとか、、、、、

仲間外れにされるとか、、、、、

変人だと思われるとか、、、、、

自分が価値の無い人の様な気分になるとか、、、、、、、です。


つまり、自分にとって、何かプラスになる(と思われるような)事が起こる事を望むのがエゴなのです。



多くの人は、自我から発生した目標というゴールを目指し、そこへと辿る道を生きています。

(そして、そのようにして自我の願いを叶える為に生きている自分を本当の自分だと勘違いしているのです。)


そして、目標へと辿る道を歩む中で起こった出来事に心が一喜一憂したり、結果に一喜一憂します。


自我は、自分の人生が自分の手の内にあると思っていて、自分には何でも出来ると思い込んでいる為に、思い通りの結果にならないと、現実を受け入れる事がなかなかできず、現実と理想のギャップに苦しめられ、次第に鬱状態に陥る事もあるのです。



人というのは、生まれつきの性質と環境による後天的条件付けで身に付けた性質で個性が決まりますので、全ての出来事の結果は個性を原因とし、全て辻褄なく起こった起こるべくして起こった出来事なのです。


だから、他人同士が同じ目標に向かって努力をしていても、目標に向かう過程が人それぞれ違い、結果が変わってくるのです。


ですから、どんなに努力をしようとも、結果的に思っていた事とは違っていても、悲しむ事はありません。


目標に向かい努力を惜しまなかったなら、それは精一杯の努力であり、自分なりの個性を最大限に発揮したという事です。人は、生まれつきの性質と後天的条件付けで身に付けた性質によるのですから、その人の個性を超えた結果が起こる事はないのですから。


私達に出来る事は、起こるべくして起こった結果に一喜一憂しない事です。


そして、過去の実体験から学び、後天的条件付けを変化させる事(習慣(生活、態度、思考回路など)だけです。


ですから、習慣を変えれなかった自分を後悔し、嘆く事はあっても、思い通りにいかなかった結果に悲しんだり苦しんだりする必要はないのです。


多くの人が、結果に対する態度や考えが間違っている為、同じ事を繰り返しています。


思い通りに行かなかった時、その結果に直面し、しばらくの間悲しみ苦しみます。そして、時間が経つと人間に備わっている生理により悲しみや苦しみは和らぎ薄れていき、普通の感覚が戻ってきます。そして、また淡々と普通の生活を繰り返す、ただ、これの繰り返しなのです。


結果は、自分の個性が導いたものであり、一喜一憂する必要はないと分かっていると、悲しんだりする時間が短縮されます。精神的負荷を背負う事無く、適切な判断のもと、上手くいかなかった過去の経験から、変化しなければならない事を見付けだし、今度は違ったやり方で前に進んでいく事が出来るのです。


つまり、人生とは、化学実験と同じです。実験では、上手くいかなかった結果を元に、反応させる物質の量を変えてみたり、媒体をかえてみたりしますよね。


化学実験と同じ事を、人生で起こる実体験で行いながら、変えていく過程を成長と呼びます。


ですが、人の人生の場合、化学実験のように薬剤の量を変えたり、種類を変えたりと、容易に出来る事ではありません。自分が変化しなければならない事が明確になったからといって、習慣(生活、態度、思考回路など)をすぐに変化させる事ができたら、何の苦労もありませんよね。


人は、習慣化されたものに一番の安心感を抱けるように遺伝子にプログラミングされていますので、自分自身に自分の力で変化を齎す事は、この世で一番難しい事だとも言えます。


ですが、自分が変わる事が出来れば、結果もおのずと変わってくるのが、この世の原因と結果の法則による理です。


病気も同じ事です。これまでの習慣(生活、態度、思考回路など)の延長に今の病気という結果があるのですから、これまでの習慣を変えれば、病気は消えてなくなるのです。


なお、病気の場合は、環境因子が大きく影響している事があるので、環境を変える事で劇的に症状が改善するという場合が多々あります。


しかし、人間の精神的成長に関しては、環境因子による影響は小さい方です。環境が変わった事で人の個性が劇的に変化する事は少ないからです。また、リスクの問題もあります、例えば、人間関係により職場環境を変えても、逆に前より悪化する場合もありますので、環境を変えるリスクより、自分自身が変わった方がリスクが少ないのです。


自我が強い人ほど、自分は何でも出来ると思っていますので、思い通りの結果にならないと大きく動揺するものです。そして、一喜一憂に翻弄され、自分自身が変わらなかった事が思い通りにならなかった最大の要因だと、自分を省みる事はありません。


では、自我の強い人とは?


完璧主義者・・・・・自我が強くない限り、自分が全てを完璧に出来るなどとは思わないものです。


自尊心の高すぎる人・・・・・自分が一番!自分は最高!だと思っているものです。


人のあら探しが得意な人・・・・自分のあらが見えていないので、人の短所ばかりが気になります。


などなど・・・・・


自我の強い人は、他者からの客観的な指摘に耐える事ができませんので、人の助言も聞き入れ難く、変われなかった自分に原因が有る事を受け入れる事が出来ないのです。


変化して色々と試す過程を成長というのですから、己の成長を拒むものは強すぎる自我だといってもいいでしょう。


人生は、自我のトリックだらけです。


自我の幻から抜け出し、真我の自分に目覚めた時、喜怒哀楽の世界から一つ上昇した別の世界が眼前に広がる事でしょう。


これまで、心から発生する喜怒哀楽の僕と化していた自分自身に気づいたら、本来の姿である、喜怒哀楽を僕としながら、この世の喜怒哀楽を楽しむ事が出来るようになっていくでしょう。


現在、思い通りにならない人生に嘆き悲しんでいたり、周りで起こる出来事に一喜一憂し翻弄される事に疲れている人(喜怒哀楽の僕と化している)ほど、自分自身を見つめる事が重要です。


まずは、自分の自我の強さを認識する事から始めてみてください。






週末に日本へ出張していた主人が、日本の食材を色々と買ってきてくれました。私が一番食べたいと思っていたのが、日本産の茄子と桃です。こちらの明治屋スーパーでも売ってはいますが、桃は一個1200円位しまして、日本ならどこでも売っている食材がこちらでは超高級食材になっています。


主人はメロンも買ってきてくれました。日本のメロンは皮のぎりぎりまで本当に甘くて美味しいですよね。日本に住んでいる人は、こんなに美味しい食材で毎日料理を作っているなんて、なんて幸せなんでしょう。。。

日本に住んでいたらそれはごく当たり前の事ですし、自分も日本に居た頃はそこまでしみじみ思った事もなかったんんですけどね。だってね~他国の食材事情なんて、実体験があるわけでもなかったですから、仕方ない事ですよね。


こちらのローカルスーパーでは、しおれた野菜は普通に売っていますし、トマトも茄子も日本の様に甘くて美味しいわけではなく、ナスは皮が硬かったですよ。バナナには見たこともない虫がついていましたし、明治屋さんのパパイヤコーナーでは、ゴキブリも見てしまいました。チャイナタウンの八百屋さんではさつまいもの上に3、4㎝はあろうかというゴキブリが鎮座していまして、クラクラしましたショック!


こちらのいいところも色々あるんですよ。例えばフレッシュライチがジューシーで物凄く美味しいとか、自然食品店ではオーガニックのストレートジュース用の果物や野菜が日本より安く手に入るとか。こちらでは生ケールも売っていたり、オーガニックハーブティが種類豊富だったり、日本では違うレベルで買い物が楽しいのも事実ですニコニコ


でもね、私って、生粋の日本人なんですよね。週末以外は、毎日日本食を食べていますし、日本が恋しいですもの。


日本という国は確かに島国で異民族に慣れ親しんでいない為、大人の世界から子供の世界まで虐めの問題があったり、原発の問題、政治の問題、独特な陰湿な部分もあります。でもね、閉鎖的な文化や政策のお陰で、農作物は守られてきて、世界一美味しい食材がどこにいっても手に入ります。それは、世界からみたらホントに稀な事です。日本の普通のスーパーはこちらの超高級スーパーレベルです。


こちらに暮らしてみて、本当に心底、日本の色々なレベルでの素晴らしさが身に沁みます。きっとまた日本で暮らす事になったら、以前よりも日々の暮らしに感謝しながら生活する様になると思います。


そして、この度は2泊3日という短い出張中にも関わらず、日本の食材をあれやこれやと買い込んできてくれた主人に心から感謝です。


8月13日のお墓参りの日に、お供え物の定番の桃やメロンを食べたり、日本産のナスで味噌炒めを作り日本食を食べたりでき、お盆らしく過ごす事ができました。私は、ご先祖様を大切に思う気持ちが強いので、お盆らしく過ごせた事が本当に有り難かったです。ありがとうございましたニコニコ