喜怒哀楽の僕~成長を阻み人生を翻弄させるもの~ | 私は自然の中に、自然は私の中に

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心は悲しんだり、喜んだり、憂いたり、苦しんだり、、、、出来事によって様々に七変化します。


心はどこから生まれるかというと、自我から生まれます。自我はエゴともいい、欲望の塊です。


多くの人は、自我が抱いた願望や欲望が叶う為に生きているものです。


具体的に自我の願望とはどうゆうものかというと、


【それを手に入れたら】 

人に注目されるとか、、、、、

自分の株が上がるとか、、、、

偉い人に思われるとか、、、、、

尊敬される人になれるとか、、、、、、です。


また、


【それを手に入れなかったら】

ばかにされるとか、、、、、

仲間外れにされるとか、、、、、

変人だと思われるとか、、、、、

自分が価値の無い人の様な気分になるとか、、、、、、、です。


つまり、自分にとって、何かプラスになる(と思われるような)事が起こる事を望むのがエゴなのです。



多くの人は、自我から発生した目標というゴールを目指し、そこへと辿る道を生きています。

(そして、そのようにして自我の願いを叶える為に生きている自分を本当の自分だと勘違いしているのです。)


そして、目標へと辿る道を歩む中で起こった出来事に心が一喜一憂したり、結果に一喜一憂します。


自我は、自分の人生が自分の手の内にあると思っていて、自分には何でも出来ると思い込んでいる為に、思い通りの結果にならないと、現実を受け入れる事がなかなかできず、現実と理想のギャップに苦しめられ、次第に鬱状態に陥る事もあるのです。



人というのは、生まれつきの性質と環境による後天的条件付けで身に付けた性質で個性が決まりますので、全ての出来事の結果は個性を原因とし、全て辻褄なく起こった起こるべくして起こった出来事なのです。


だから、他人同士が同じ目標に向かって努力をしていても、目標に向かう過程が人それぞれ違い、結果が変わってくるのです。


ですから、どんなに努力をしようとも、結果的に思っていた事とは違っていても、悲しむ事はありません。


目標に向かい努力を惜しまなかったなら、それは精一杯の努力であり、自分なりの個性を最大限に発揮したという事です。人は、生まれつきの性質と後天的条件付けで身に付けた性質によるのですから、その人の個性を超えた結果が起こる事はないのですから。


私達に出来る事は、起こるべくして起こった結果に一喜一憂しない事です。


そして、過去の実体験から学び、後天的条件付けを変化させる事(習慣(生活、態度、思考回路など)だけです。


ですから、習慣を変えれなかった自分を後悔し、嘆く事はあっても、思い通りにいかなかった結果に悲しんだり苦しんだりする必要はないのです。


多くの人が、結果に対する態度や考えが間違っている為、同じ事を繰り返しています。


思い通りに行かなかった時、その結果に直面し、しばらくの間悲しみ苦しみます。そして、時間が経つと人間に備わっている生理により悲しみや苦しみは和らぎ薄れていき、普通の感覚が戻ってきます。そして、また淡々と普通の生活を繰り返す、ただ、これの繰り返しなのです。


結果は、自分の個性が導いたものであり、一喜一憂する必要はないと分かっていると、悲しんだりする時間が短縮されます。精神的負荷を背負う事無く、適切な判断のもと、上手くいかなかった過去の経験から、変化しなければならない事を見付けだし、今度は違ったやり方で前に進んでいく事が出来るのです。


つまり、人生とは、化学実験と同じです。実験では、上手くいかなかった結果を元に、反応させる物質の量を変えてみたり、媒体をかえてみたりしますよね。


化学実験と同じ事を、人生で起こる実体験で行いながら、変えていく過程を成長と呼びます。


ですが、人の人生の場合、化学実験のように薬剤の量を変えたり、種類を変えたりと、容易に出来る事ではありません。自分が変化しなければならない事が明確になったからといって、習慣(生活、態度、思考回路など)をすぐに変化させる事ができたら、何の苦労もありませんよね。


人は、習慣化されたものに一番の安心感を抱けるように遺伝子にプログラミングされていますので、自分自身に自分の力で変化を齎す事は、この世で一番難しい事だとも言えます。


ですが、自分が変わる事が出来れば、結果もおのずと変わってくるのが、この世の原因と結果の法則による理です。


病気も同じ事です。これまでの習慣(生活、態度、思考回路など)の延長に今の病気という結果があるのですから、これまでの習慣を変えれば、病気は消えてなくなるのです。


なお、病気の場合は、環境因子が大きく影響している事があるので、環境を変える事で劇的に症状が改善するという場合が多々あります。


しかし、人間の精神的成長に関しては、環境因子による影響は小さい方です。環境が変わった事で人の個性が劇的に変化する事は少ないからです。また、リスクの問題もあります、例えば、人間関係により職場環境を変えても、逆に前より悪化する場合もありますので、環境を変えるリスクより、自分自身が変わった方がリスクが少ないのです。


自我が強い人ほど、自分は何でも出来ると思っていますので、思い通りの結果にならないと大きく動揺するものです。そして、一喜一憂に翻弄され、自分自身が変わらなかった事が思い通りにならなかった最大の要因だと、自分を省みる事はありません。


では、自我の強い人とは?


完璧主義者・・・・・自我が強くない限り、自分が全てを完璧に出来るなどとは思わないものです。


自尊心の高すぎる人・・・・・自分が一番!自分は最高!だと思っているものです。


人のあら探しが得意な人・・・・自分のあらが見えていないので、人の短所ばかりが気になります。


などなど・・・・・


自我の強い人は、他者からの客観的な指摘に耐える事ができませんので、人の助言も聞き入れ難く、変われなかった自分に原因が有る事を受け入れる事が出来ないのです。


変化して色々と試す過程を成長というのですから、己の成長を拒むものは強すぎる自我だといってもいいでしょう。


人生は、自我のトリックだらけです。


自我の幻から抜け出し、真我の自分に目覚めた時、喜怒哀楽の世界から一つ上昇した別の世界が眼前に広がる事でしょう。


これまで、心から発生する喜怒哀楽の僕と化していた自分自身に気づいたら、本来の姿である、喜怒哀楽を僕としながら、この世の喜怒哀楽を楽しむ事が出来るようになっていくでしょう。


現在、思い通りにならない人生に嘆き悲しんでいたり、周りで起こる出来事に一喜一憂し翻弄される事に疲れている人(喜怒哀楽の僕と化している)ほど、自分自身を見つめる事が重要です。


まずは、自分の自我の強さを認識する事から始めてみてください。