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生活救急車

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アメリカに住んでいたときのこと。

晴れた日曜日の朝にカーテンを開けると、裏の駐車場で拳銃を突きつけている男と、両手を上げて命乞いをしている男が視線に飛び込んできました。

どこからどう見ても二人とも悪人。

裏の駐車場にはゴミ捨て場があり、別の住人がゴミを捨てに建物から出てきました。
その二人のことにまったく興味のなさそうなその住人は、ゴミを捨て、また建物に戻ってきました。

まるでコメディー映画。

夏だったので、生ゴミが臭かったけど捨てに行きたくても裏の駐車場はハードボイルドな状態。

なんだこの図、、、、と思いながら、ゴミ捨ては諦め、カーテンを閉め何事もなかったように気持ちを入れ替え、朝のモーニングコーヒーを入れました。

住んでいたエリアではたまに銃声が聞こえるそうでしたが、そのときは何事も無く、次にカーテンを開けたときには二人ともいませんでした。

警察に通報しようにも引っ越してきたばかりで、電話がまだつながっていなかったし、、、、

ゴミ捨てに裏の駐車場に行くときに命がけって嫌なので、ボディーガードが欲しかったなぁ


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<strong>英語</strong>
この記事はブログルポの英語特集 の依頼により執筆しました。



今日は英会話についてどのように私が英語を習得したかについて書こうと思います。

10年ほど前に24歳の時に私はイギリスに渡り、2年留学してから、アメリカ東海岸へ移住しし5年間生活しました。


その海外生活の前の準備期間についてのことです。


留学までに4,5年間は留学費用を貯めるために働きながら、英会話学校へ行きました。

ペースは週2回2時間、月8時間のグループレッスンでした。
それをしながらラジオでFENを聞いてヒアリングを鍛えました。

でも通常はこれだけだと会話ができるようにはなかなかなりません。

驚いたのは某有名大学の英語の先生が私のクラスで一緒に学んでいたのですが、会話がまったくできず、ネイティブの英語講師が呆れていました。でもその方は文法だけはばっちりでした。

外国語でまず大切なのは、、、

1.耳を鍛えること。

2.覚えた言い回しを実際に使ってみること。


この2点にフォーカスできる環境を作ろうと決めました。

英会話学校の講師がたまにホームパーティーを開いて招いてくれました。

そのパーティーに来ていた講師の友人達と仲良くなり、週末に彼らがよく行くバーへ一緒に飲みに行くことにしました。そのバーは様々な国籍の外国人が来るバーだったので閉店の朝方4時くらいまで、いろいろな国の人と会話を楽しみました。皆さん、様々な英語のアクセントを持っていて、どれが正しい発音というのも無く、『どのように喋るか』ではなく『何を相手に伝えるか』についていつも考えるようになりました。

朝方4時になると、そのバーの友人の家に泊まり、日曜日の12時くらになるとバーの仲間とバーベキューをし、遊びながら英語に触れました。


さて、これだけ多くの時間を英語に割くと、どうしてもボキャブラリーを増やす必要が出てきます。
これは日々、自分で努力して勉強するしかありませんが、英語で喋っているときに相手が話している単語の意味や言い回しがわからない場合、、、、、、、、、


皆さんならどうしますか?


英語が第2外国語なのは相手も百も承知なので、恥ずかしがらずに聞きましょう。
コミュニケーションが成り立っているのであれば、相手も自分の言いたいことをあなたに伝えたいはずです。

親切に説明してくれることでしょう。

このような生活を5,6年続けたでしょうか。


イギリス、アイルランド、アメリカ、カナダ、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、インド、バングラディッシュ、スリランカ、パプアニューギニア、ドイツ、、、様々な国の人とこの東京で出会い、コミュニケーションは英語でした。


そして、ある程度お金もたまり英語についての自信もついたところで、イギリスへ渡りました。


が、、、、、、問題がありました。

イギリス人の多くも理解できない英語訛りで話すあの街、、、Liverpoolに移住したのでした。


英語は問題ありませんでしたが、Liverpool訛り(スカウスと呼ばれる訛り)を理解するのには時間がかかりました。

このように何事も準備しておくに越したことはないですが、実践で学ばないと身に付かないこともあります。

でも何よりも大事だったのは『勇気を出して最初の一歩を踏み出す』ことでした。

海外に出たら、泣いて笑っても人一倍努力するしかないのです。

昔に比べて外国人人口も増えているので、英語を話せる環境も増えているので英語を上達したい皆さん、頑張ってください。


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『夏のコンビニ レジでの出来事 パート2 過食症』

コンビニでレジをしているとお客さんの食生活が見えてきます。


その店では夜11時頃に1人寂しくやってくる常連の女性がやってきました。

ポテトチップスやお菓子、カップラーメンなどたくさんのものを買い物カゴに入れて無表情でレジまで持ってきました。


カゴ2つに目一杯詰め込まれたジャンクフードの数々。


黙々とレジを打ちました。


翌日、同じ時間にまたその女性がカゴ2つ分のジャンクフードを買っていきました。


毎日、毎日、毎日、、、、、


そしてどんどんどんどん太っていきました。


身体お大事にって声をかけてあげたかったのですが、仕事柄何も言えず、
黙々とレジを打ちました。

女性が歩くのもしんどいくらい太ってしまった半年後、ある日突然店に来なくなりました。

とても心配になりました。見ず知らずの方なのですが、、、、、

今でもそのお客さんのことは思い出しますが、本当は声かけてあげたほうが良かったのかも、と思います。

身体に悪いから止めたほうがいいと誰かに言われるのを待っていたのかもしれないのに、、、、

コンビニは心のオアシスになっている人多いと思います。

バイトで給料も安かったけれど、人間観察しながらとても社会勉強になる場所だと思います。

先日の中越地震でもコンビニが人々を救っていますね。

自分もそうでしたが、店員さんってお客さんが思っている以上にお客さんのこと見ているのですね。

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夏休みのバイトの思い出。

昔コンビニでのバイトをしていました。

働いていたコンビニではお酒を取り扱っていて夏になるとレジ打ちの合間にバイト仲間と交替で冷蔵庫に入り、ビールケースからビールを冷蔵庫の棚に補充するのでいつも長時間冷蔵庫の中に入っているので体温調節ができなくなるのが辛い仕事でした。

ある日の夕方、建設業関係のおじさんが夕方に仕事を終えて、レジにビール瓶とワンカップ大関を持ってきました。

『よ~~~、ビール瓶さ、、、ちょっと栓を開けてくれよ!』

私が瓶の栓を開けている間に、おじさんはワンカップ大関のフタを開け始めました。

栓を開けて『どうぞ!』と言って振り返るとおじさんはワンカップ大関を一気飲みしていました。

ビール瓶を渡すと、私はレジを打ち始めました。

お客さんに合計金額を告げようと顔を上げると、おじさんはレジの前で片手を腰に当てて、もう片手で勢いよくビールを一気飲みしました。

まるで湯上りのお父さん状態

その後で、お金を払ってもらいおつりを渡すと、『ありがとうっ、お礼だよ』と真っ赤な顔したおじさんにビール瓶とワンカップ大関の瓶を渡されました。


心の中でつぶやきました。


『お疲れっ!』


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今日は就職についての話をコンテストとして応募しようと思い、この日記を書きます。


10年前くらいにアメリカに7年ほど住んでいました。
ある時、友人の家へ遊びに行くと、日本から彼の友人(K君)が遊びに来ていました。
挨拶してから2時間ほど話をした後で、K君と連絡先を交換してから再会を約束して友人宅を後にしました。

K君はその後、無事帰国しました。

2002年にNYで同時多発テロが起きて、住みづらくなってきて査証も期限切れ間近だったので、7年ぶりに完全帰国を決心していた時でした。7年も海外にいると日本で仕事をゼロの状態から探すのはなかなか厳しいと思う不況時のことでした。


翌週帰国というときにK君からメールをもらいました。

今度新しい会社が来月から設立されるので、うちの会社で働く気持はないか?といった内容のメールでした。


帰国したばかりでまだ時差ボケも残っていた数日後、私はその会社の面接を受けていました。

もちろん面接官はK君。形式上の面接なので内定確定でした。

その翌週にはその会社で働いていました。新しい会社なのでオリエンテーションがあり、

初めて出会う同僚(S君)と挨拶を交わしました。

1年ほどS君と一緒に働いているうちに、副業を持っていたS君から、副業の仕事先で人手が足りなくなってしまったのだけれど、君の能力ならその仕事はぴったりなのでそちらでも一緒に働かないかといわれました。


翌週その会社に面接に行きました。面接官はS君でした。(笑)

あるIT企業から委託事業を請け負っていたその会社でそれから3年ほど働きました。


契約が切れたのでその仕事を辞めましたが、今度は委託元のIT企業から誘われました。

面接に行くと、その面接官も知り合いでした。その職場も1年半ほど働きました。

S君から誘われた副業の部分は今は引退しましたが、K君に誘われた本業のほうは5年間続け、

今も続いています。


副業を持つことは本業がうまくいっていないからだと思われる方も少なくないと思いますが、本業と副業を持つことで、収入のバランスをとることができるという考え方もできると思います。

1つの企業にエネルギーをつぎ込んで働くスタイル、複数の仕事をマルチにこなして人脈を広げていくスタイル。

自分にふさわしい仕事のスタイルを見つけて、自分らしく生きていくことこそ、本来の自分の力を発揮できる環境を確保する上でのポイントになりますね。

おかしな話ですが、帰国後まだ自発的な就職活動というのをしたことがありません。
人との出会いから人脈を作り、その信頼関係から仕事を築いていくという生き方が自分にはぴったりなのかな。


一番大切なのことはシンプルなことなのかもしれません。


人と接する時にはいつも『真心』で接するということでしょうか。


『初対面の面接官、求む。』


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