マルコによる福音

〔そのとき、〕2・13イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。14そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。15イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。16ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。17イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

 

 イエスはガリラヤ湖畔でシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとその兄弟ヨハネを招いたのと同じように収税所にいるレビに「わたしに従いなさい」と呼びかけます。レビも自分が生まれてきたのはこの人に出会うためだったと気づいたのかもしれません。

 彼はイエスを招いて大宴会を開きます。おそらくその後、レビはすべての財産を処分してイエスに付き従うつもりだったのだと思います。

 イエスとの出会いで、人生が全く変わることは今でもあります。

 

聖アントニオ修道院長については、女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=011701

マルコによる福音

 2・1数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、2大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、3四人の男が中風の人を運んで来た。4しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。5イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。6ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。7「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」8イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。9中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。10人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。11「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」12その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。

 

 新約聖書にはイエスが病人をいやす物語が数多くあります。

 イエスが病人を癒やすのは病人自身かその家族の懇願によることが多いのですが、今日の物語は病人を運んできた四人の男によってもたらされました。

 イエスは病気を癒やす前に、病人に向かって「子よ、あなたの罪は赦される」と言いました。イエスは目に見える中風という病気ではなく、目に見えないその人の罪を赦されました。病気を癒やしても、罪が赦されなければ、その人の苦しみは続きます。罪を赦した後、イエスはこの人の病気も癒やしました。

 この物語でわたしが注目するのは、四人の男たちがいなければ、この人の罪は赦されず、病も癒やされることはなかったということです。

マルコによる福音

 〔そのとき、〕1・40重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。41イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、42たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。43イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、44言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」45しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

 

新共同訳が「重い皮膚病」と訳している言葉を新約聖書翻訳委員会訳は「らい病」と訳しています。

「重い皮膚病」、「規定の病」という言葉では、この病気の見た目のおぞましさを表現することができないと思います。

新約聖書翻訳委員会の用語解説によれば、

言語は、七十人訳ではヘブライ語の「ツァーラアート」の訳語とされており、一般には「らい病」と訳されるが、必ずしも正確な訳ではない。これはハンセン病にとどまらず、さまざまな症状の皮膚疹的病理現象を総括する集合概念。当時は祭儀的に特に「穢れた」病と見なされ、患者は強制的に社会から隔離・遮断されて(レビ13:46参照)、公の場に出てくることは許されていなかった。また、病をしばしば罪の結果の罰と見なす当時の観念の中でも、「レプラ」(ツァーラアート)は特にその典型例であった(民12:9-12、代下26:20)。社会的な偏見と差別のあり方が、ここでの「レプラ」と日本の歴史上の「らい病」とでは類似しているので、敢えて「らい病」という訳語にした。協会共同訳は「規定の病(を患っている人)」と訳す。

神学生時代、年に二度、神山復生病院に患者さんを訪問していました。